40 悩むソーマ
翌日、高校が週末の休みに入る土曜の日。
俺は朝から何かにとり憑かれたように《小鬼の迷宮》第一階層を訪れ、ただひたすらにゴブリンどもを屠っていた。
と言うか、昨晩からまともに寝れていない。寝れるわけがない。目が冴えっぱなしだ。少し頭痛がする。
本来なら、今日だってダンジョンに潜るのは止めて休養日にしようと、楓先輩と事前に相談して決めていたはずなのだが……胸の中でグルグルと渦巻く衝動が抑えきれなかった。
危険な真似だとは理解している。いや、理解はしているはずだ。
それでも、人間は理性だけで動いている訳じゃない。どうしても、その行動には『感情』と言うものが介入してしまう。
ベルと父親の歪で一方的な関係。搾取される者と、する者。
その存在を知ってしまった以上、なにか俺にできることはないだろうか……そんな考えが、思考の片隅にへばりついて、中々消えてくれなかった。
あまりにも頑固なので、専用の洗剤が欲しくなる。
『記憶消去薬』とかそんなの、ポイントで買えませんか? 無理ですかそうですか。入荷待ってます。
一応、こっちに来る前に《換金店》に寄って、消費した回復アイテムの補充ついでに確認したんだがな。
何故か薬方面は回復薬や解毒薬などを除けば、毒薬とか睡眠薬とか麻痺薬とか媚薬みたいな、いかにもな怪しい薬しか売ってませんでした。セットで安かったから試しに買ってみたけど。小計300ポイントになります。
――まあ、それはさて置いておいて。
だから、俺はゴブリンを狩る。
話が若干繋がっていない気がするが、俺は気にしない。
このやり場のない思い、存分に受け取って貰おうじゃないか。
一匹目。首の骨を杖で叩き折って終了。
二匹目。体重をかけた杖の先端で胸を勢い良く突き貫いて終了。
三匹目。シンプルに頭を殴り付けて終了。
四匹目。趣向を変えて素手で挑むも、流石に少し厳しかったので途中から杖を使って首を締め上げる。窒息で終了。
五匹目と六匹目と七匹目。集団で現れたので、物は試しと買ったばかりの薬品セットから揮発性らしき麻痺薬を取り出し、瓶ごと投げつけてみた。面白いくらいに効いてこっちがビビる。その後は苦労して全員の首の骨を踏み砕いて終了。
それからも、八匹目、九匹目、十匹目――と、順々に魔物どもを駆逐していく。
なお、最初こそ数を数えていたが、途中からはそれすら面倒になってきたのでやめた。
無心になって、杖を振る。身体を動かす。
とりあえずその瞬間だけは、馬鹿みたいに何も考えずに済んでいる。
その爽快感と言うか、スッキリとした感覚をもっと味わいたくて、俺は目についたゴブリンたちを片っ端からポイントへと変えていった。
そうしている内に、気づけば時計の針は進みに進み、頂点へと大きく近づいていた。
俺はちょうど良く見つけた小部屋の壁に寄りかかりながら、深く息をつく。
「なーにやってんだか、俺は……」
いやうん、本当に。俺は何をしているんだろう。バカなんじゃないかな。
今朝からの行動を改めて振り返って、俺は頭を抱えながらしゃがみこんだ。三角座りである。
落ち込むわぁ……また刹那的な欲求に従って、ポイント無駄に消費しちゃったし。他のはとにかく、なんだよ媚薬って。使い道ねぇよ。
それに八つ当たりで魔物を討伐するのは別に構わないけど、せめて召喚獣の一体くらい保険で召喚しておこうぜ。危機管理能力どこいったし。
……なんて、色々と反省点は出てくるものの、本質的な問題はそこではない。
「はぁ……」
と、俺は再びため息をつく。
自分でも自覚できているが、どうやら俺は混乱しているらしい。
ある程度はゴブリン相手に発散できたから良かったものの、それでもまだ行き場のない思いは俺の中に燻っていた。
――俺は何をしたいのだろうか。
自分自身に問いかけると、答えは簡単に返って来る。
――俺はベルを助けたいのだ。
しかし『助ける』とは言っても、はたしてそれは、どのような方法を指すのだろうか。
そもそも、俺が本当に手を出す必要性があるのだろうか。
客観的に判断して、今の彼女は間違いなく不幸だろう。それに異議を唱える者はいないと思う。
けれども逆に、彼女の主観での幸福は何かと考え始めると、途端にわからなくなってくる。
ベルは言った。父親は唯一の家族なのだと。そんな大切な人のお願いだから、助けてあげたいのだと。
それについては現在、これ以上ないってくらいの形で叶っている。
けれども同時に、彼女はこの現状に疲れてもいる。どれほど父親の期待に応えようと、報われない毎日。それに絶望しかけ、死という終わりに安堵すら抱いていた。
問題の構造としては単純である。解決策だって思い付く。
だが、それらの点がベルの感情や思考の上に成り立っていることが、すべてをややこしくしていた。
人の精神は複雑だ。表面上では一見すると単一の願いを抱えているように見えても、実は裏では真逆のことを同様に望んでいたりする。
今回のベルは、まさにそのパターンだろう。
父親には幸せになってもらいたい。心からそう思っているから、彼女はダンジョンに潜り続けている。
それ自体は素晴らしい考えであった。俺も見習い、応援したいくらいだ。
だけど一方で、ベルはこの現状からの脱却を願ってもいる。これ以上戦うのは嫌だと、昨日の彼女からはそんな感情も見え隠れしていた。
どちらもベルの本心で、今の段階では前者に天秤が片寄っている。ゆえにウサギは動かない。
「あー、もうっ! イライラする!」
出口の見えてこない思考に鬱屈とした感情が溜まり始め、俺は思わず叫び声をあげながら髪をかきむしった。
どうして俺が頭を悩ませる必要がある? 結局は赤の他人じゃないか。
他所の家庭環境に口を挟んで、俺に何の得がある? 自己満足でしかない。
安っぽい正義感で首を突っ込むのはやめるべきじゃないのか? さらに現状が悪化したら、お前はどう責任を取るつもりだ。
幾つもの反対意見が湧き出してくる。しかも、それらすべてが正論というのだからタチが悪い。
だけど、しかし、けれども、それでも――
「あんな顔した子を、放っておける訳がないだろうが」
吐き捨てるよう、俺は心中を吐露する。
結論を出してしまえば、結局はそう言うことだった。
ただ、見ていられない。小難しい理屈を抜きに、俺はベル本人がもっと幸せになるべきだと思った。顔も知らない父親なんて知ったことか。
理由なんてそんなものだ。言ってしまえば、俺の我が儘でしかない。自己満足大いに結構!
誰もを救える英雄になりたいだとか、そんな大それた傲慢な目標を掲げるわけじゃないけど、せめて俺の目の届く範囲の人には、心から笑っていて欲しい。
大人が聞けば、子供っぽい理想論だと鼻で笑うだろうか? 青臭い夢物語だと切り捨てるだろうか?
だからと言って、俺がその思いを取り消すことはないんだけど。
ほら、だって俺ってまだ子供だし。大人じゃないなら、大人のシビアな目線で現実を語る必要もないよね。はい、お悩みしゅーりょー。
「さて……そうと決まれば、俺ができることからベルを手助けするか」
ローブの裾についた土埃を払いながら、よしっ、と俺は気合いを入れて、気分を入れ替えて立ち上がる。
ひとまず、あの命を捨てるような戦い方をやめさせよう。危険なんてレベルじゃない。無茶が過ぎる。
そうだな……時間が合う範囲であれば、楓先輩と相談の上でではあるが、一緒のパーティーを組むのが良いかもしれない。
見張りの意味を含めて安全性が段違いだし、何よりクロードの索敵能力があれば狩りの効率が圧倒的に変わってくる。今朝からのボッチ狩りでそれが良くわかった。
ちょうど同じ学生なのだ。中学生と高校生という違いはあるが、主にダンジョンに潜る時間帯は放課後で被っていることだろう。
昨日の別れ際に、あの場にいた全員とはデバイスで連絡先を交換してある。
もちろん、その中にはベルのものも入っているので、早速予定を尋ねてみようか。
俺はデバイスを物質化させると、画面を操作して連絡先一覧を表示させる。
が。
――――――――――
現在位置
カエデ――《ログアウト中》
クローバー――《粘液の迷宮1F》
ゴウキ――《ログアウト中》
レイナ――《ログアウト中》
ベル――《小鬼の迷宮2F》
――――――――――
そこに示された内容に、サッと俺は顔から血の気が引く思いを味わった。
ベル――《小鬼の迷宮2F》。
昨日の今日で、すでに第二階層へと挑んでいるらしき彼女に、俺は腹立ち混じりの言葉を呟くのだった。
「あんの……バカがっ!」




