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38 ベルと言う《冒険者》

 



 オーク肉とバフォメットのチーズ入りハンバーグ――250ポイント。

 コカトリスの山盛り唐揚げ――200ポイント。

 アングリーポテトのマッシュサラダ――100ポイント。

 スライムコアのシュワシュワドリンク――50ポイント×2。


 これらすべて、ベルが三十分にも満たない間に胃袋へと納めた料理である。占めて650ポイントなり。

 なお、代金はすべてゴウキさん持ちだった。太っ腹である。俺にも奢ってくれないかなー。ちらっ。


 現在、俺を含むボス攻略ツアーの面々にベルを加えた六人は、一度ダンジョンから抜け出し、最初の集合場所であった《酒場》に戻ってきている。

 いくら安全地帯と化したはいえ、ボス部屋よりもこちらの方が安心して話せるだろうという考えだ。


 まあ、そこに意識を取り戻すと同時に空腹を訴えた、とある腹ペコ少女の存在が関与していないと言えば嘘になるだろうけどさ。


 余談ではあるが、《酒場》での注文はすべてデバイスを通じて行われる。

 せっかく雰囲気のあるカウンターとかあるのに、バーテンダーとかウェイトレスっていないんだよね。


 ここに転移してくると、まずはデバイスの画面に専用のメニューが表示される。

 それをタッチすると自動でポイントの支払いが終了し、どこからともなく湧き出た光の粒子が料理になるのだ。マジファンタジー。ついでにメニューも一風変わってるどころじゃない。


 今さらだけど、質量保存の法則とかどうなってるんだろうな。


 ――まあ、そんな考えても仕方のない疑問は脇に放り投げておいて。


「んで、なんで嬢ちゃんはあんな無茶してたんだよ? 危ないだろ?」


「はぐはぐ……ん?」


 そうして、ある程度時間が経過し、状況的にも精神的にも落ち着いてきたと判断したのだろう。

 未だに大量の料理を掻き込むように食事を続けるベルへと、ゴウキさんは対面の椅子に座りながら厳しい口調で尋ねかける。


 彼以外の面々は同じ机ではないが、各々近くの席に腰掛けながら彼女が質問に答えるのを、耳を澄ませながら待ち望んでいた。


 しっかし、本当に良く食べるよなぁ……と、俺は改めてベルの様子を観察する。


 それこそ最初の頃は、まるでなにかに急き立てられるよう、一心不乱に目の前の食事を口に運んでいた彼女。

 今はそれなりに周囲の状況を気にする余裕は生まれているようだが、それでも手と口を動かすことをやめようとしない。


 良く見ればその体つきも、細いと言うよりは痩せ細っているようにすら感じられる。引き締まっているとかじゃなくて、純粋に余分な肉がないのだ。

 あまりこういった単語に馴染みは薄いが、まさしく欠食児童なんて表現がピッタリと当てはまるような外見である。


 まさか、この平和な日本でそんな存在を目にする機会があろうとは……まず間違いなく、ワケあり(・・・・)だろうな。


 ある意味では《冒険者》をやっている時点で、世間一般から見ればワケありだと表現できるかも知れないけどさ。

 それにしたって、ベルは少し異常だろう。


 そんな死すら恐れずに戦い続けていた――むしろ死を望んでいるようにすら見えた少女は、ゴウキさんの問いに首を傾げながら答えた。


「はふもぐ……だって、ポイントが欲しかったから……」


「いや、それはわかるんだけどな。俺が言ってるのは、どうして危険な真似をしてたのかって話で……」


「…………だって、ポイントが必要だったから」


 頭が痛そうに額を押さえた彼に、ベルは何処かズレた回答を繰り返す。


 ああ、駄目だ。話が通じていない。


 と言うか、価値観が違う人間と話しているかのようだ。質問の意味を理解してくれていない。


 頭を抱えるゴウキさんに向けて、困ったように眉を潜めた少女。

 その姿は、何故か俺には脅迫概念染みてすら見えた。


 それこそ、『ポイントが稼げなければ自らに価値はない』とでも刷り込まれているようで……少し気持ち悪い。そして腹が立つ。


 お前は一体、誰の人形(・・)なのだと。


「それじゃあ、貴方はなんのためにポイントを集めるの?」


 俺が内心でモヤモヤとした思いを抱いていると、このままではラチが明かないと感じたのだろう。ゴウキさんに代わって、レイナさんが質問を引き継ぐ。


 それに対し、ベルは再び不思議そうにコテンと首を傾けて答えた。

 その姿は、はたしてどうしてそんな当然のことを聞くのだろう? とでも言わんばかりだ。


「……ポイントは、全部(きん)に変えるんだよ?」


「そう……それじゃあ、(きん)に変えたらどうするの?」


「……? ……多分、お(かね)に変わるんだよ?」


 ――なにやら嫌な予感がする。


 その受け答えに、俺は胸の中で警鐘が鳴り始めるのを感じた。


 ポイントを貴金属に変換するのは、《冒険者》の行為としては別におかしなことではない。

 そして、それを現金へと換金するのも当然の行動だろう。(きん)で買い物は出来ないのだから。物々交換とか、何処の未開文化だという話だ。


 けれど、別におかしくはないのだが……では、手に入れた(かね)は一体何処に消えているのか、という疑問が残る。


 少なくとも、この少女の手元にそのまま落ちているわけではあるまい。

 そうであれば、彼女がこれほど痩せて食事に飢えているはずがないのだから。疑問系で返ってきたのも変だ。


 俺以外の皆も、雲行きが怪しくなってきた問答に気づいたのだろう。

 険しくなっていく表情を取り繕おうともせず、レイナさんは再びベルへと尋ねかける。


「じゃあ……最後に。そのお金は、誰が管理しているの?」


「? ……? …………お金は、お父さん(・・・・)が使ってるよ?」





 ――ダンッッッ! と。


 その答えがベルの口から告げられた瞬間、《酒場》内に何かを叩きつけるような音が響き渡った。ビクリと彼女の肩が震える。


 思わずこの場の全員の視線が音の発生源へと向けられると、そこでは拳を目の前の机へと叩きつけているゴウキさんの姿があった。

 一応、木製に見える机がその衝撃で砕けなかったのは、なにか不可思議な力が働いたからなのだろう。


 けれども、それはこの状況下では何の救いにもならない。

 

 般若も裸足で逃げ出すだろうほどに、その顔を憤怒に染めたゴウキさん。眉はつり上がり、口元は犬歯を剥き出しにするかのように歪められている。


「すまん、ちょっと良く聞こえなかったわ。もう一回言ってくれっか?」


「だから……この子が稼いだポイントを、父親が現金に換えて使い込んでるって話でしょう、要約すれば?」


「っっ――! ふっざけんなぁ!」


 ブルブルと爪を立てて握り締めた拳から血を垂れ流しつつ、彼は絞り出すように呟く。

 それを簡潔にまとめつつ、しかし表情を今まで見たことのないくらい(しか)めたレイナさんの言葉に、ついにゴウキさんは怒声をあげた。


「なんだよそれ! どうしてそうなる! この嬢ちゃんは便利な金稼ぎの道具かよ! ああ!?」


「落ち着いてくださいッスよ。ここで大声を出しても、何も変わらないんッスから」


 今にも暴れだしそうな雰囲気を醸し出すゴウキさんへと、これまで静かに話を聞いていたクロが(なだ)めにかかる。

 なるほど、確かにそうだ。正論だ。ここで彼が叫んでも、現実は何も変わらない。


 いや、だけど、しかし……ちょっとこれは、俺も我慢できないかもしれない。


 ギリリと奥歯を食い縛りながら、俺は煮えたぎる心情を抑えるよう大きく息を吸い込んだ。


 冷静に、一つづつ考えよう。


 まず第一に、最低でもベルには父親がいる。

 これは大丈夫だ。何もおかしくない。むしろ居ない方が大変だ。


 二つ目。ベルは《冒険者》である。

 これも大丈夫。ダンジョンに潜れている時点で証明されているのだから。同業者として歓迎しよう。


 三つ目。ベルはポイントを換金した分の(きん)を、父親に管理して貰っている。

 これはまあ、判断に戸惑うが問題自体はない。まだ未成年で中学生の彼女が貴金属を大量に抱えていたって、ロクな結果になると思えない。親が代わりに管理するだけなら、至って健全な関係だ。


 だが、そして最後に。


 ベルの父親は、そうして預かった(きん)を現金へと換金し、個人的に使用。さらには加えて、彼女の育児を放棄している疑いがある。

 証拠は本人の証言とその健康状態。勘違いの可能性は低いだろう。


 ああ、もう、駄目だ。

 こんなの、怒らない訳がないじゃないか。


 どうしてベルが、あそこまでポイントに拘っていたのか。

 もしもそれが、そう父親に命令されていたからなのだとすれば……例えば、一日に幾らだとかの目標値(ノルマ)を与えられているのだとすれば。


 俺はソイツを、許せる気がしない。


「――ふっざけんなぁ!」


 気づけば俺は、ゴウキさんと同じように叫びだし、近くにあった椅子を蹴り倒していた。



 

 

 まあ、こう言った《冒険者》が出てきてもおかしくないよねって話。


 詳しい事情は、また次回。

 ウサギは介入しないの? と言う疑問の答えもまた次回。

 

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