37 小鬼の迷宮1F-ボス戦5?
「――おいベルっ! 生きたきゃ死に物狂いで、“ボスから距離を取って逃げろ”っ!」
と、これまで経験したことのないくらいの大声を張り上げて、俺は床に倒れ伏す少女へと命令する。
その、途端。
「――っ!」
彼女は今まで立ち上がれなかったことが嘘のような素早い動きで身を跳ねさせ、ゴブリンファイターから大きく距離を取った。
その顔面スレスレを、ボスが降り下ろした大斧の刃が通り抜けていく……が、結果として間違いなく少女は絶体絶命の一撃を躱してみせたのだ。
まさか無力化したと考えていた獲物が、ここまでの余力を残していたとは思っていなかったのだろう。
ゴブリンファイターは、驚いたように大口を開ける。
「――っ? っ!?」
しかし、この現実に一番驚愕しているのは、誰であろう当の本人だったはずだ。
なにせ、自身の意思とはほとんど関係なく、身体の方が勝手に動いてしまったのだから。
その心情は、彼女の大きく見開かれた瞳からも十分に伝わってきた。
俺はその光景に、グッと冷や汗が滲んだ拳を握り締める。
この一連のカラクリは、俺の持つ技能――【指揮】の能力によるものだ。
その効果は、『相手にある程度の強制力のある指示が下せ、それに従っている間は対象の能力に補正が入る』というもの。
発動条件としては、俺が対象の名前を知っていること。そして、俺がその相手を心から仲間だと判断していることがあげられる。
もちろん、あくまでも強制力の方はある程度でしかないので、命令された方も逆らおうと思えば逆らえる。
今回の場合は、少女にそのような認識がなかったので上手くいったが……正直、成功するかはかなりの賭けだった。
本来ならば後衛の【召喚士】として、後ろから召喚獣たちをサポートするために習得していた技能なのだが、まさかこのような使い方をするはめになるとは。
まったく、肝が冷えるとはこの事だろう。
だが、ボスとの距離さえ開いてしまえば、他に幾らでもやりようはある。
「――【召喚・《魔梟》】っ! ヒスイは“少女を守れ”! レイナさんも!」
「っ、ええそうね! ――【風よ・切り裂け】!」
俺は追加の召喚獣であるヒスイを呼び出し、未だ危機的状況にある少女の護衛に向かわせてから、隣で呆気にとられていたレイナさんへと声をかける。
それで我を取り戻したのか、即座に現状を理解した彼女は、動きを止めているゴブリンファイターへと躊躇いなく魔術を撃ち込んだ。
発生した風の刃は、進路上のゴブリンを巻き込み、斬り飛ばしながらボスへと向かっていく。
途中で余計なものを挟んだからか、やや狙いが逸れて本命には命中しなかった……が、こちらに気を引くことはできた。
「げぐぎゃぎゃぁああ!」
邪魔を入れてきた乱入者であるところの俺たちへと、怒りの声をあげるゴブリンファイター。
けど、少しばかり目を向ける方向が違うんじゃないかな?
既に場の流れは、先程までとはまったくと言って良いほど変わってしまっているのだから。
俺は小さく口元に笑みを浮かべ、頼りになる仲間たちへと視線を送った。
同時に。
「おらおらおらぁ! ちょいとツラ貸してもらおうか、ゴブリンさんよぉ!」
それを合図とするかのように、ボスゴブリンへと向けてゴウキさんの挑発の声が届けられる。
取り巻きを殴り飛ばして無理やり作った道を抜けながら、彼はボスの前へと躍り出た。
いや、ゴウキさんだけではない。
「そこ、邪魔ですよ!」
「グルルルァッ!」
進路を塞ぐゴブリンを大剣で斬り裂き、またとあるゴブリンはその牙で噛み砕きながら、カエデとクロードもゴウキさんに続いてボスの眼前へと進み出る。
少女がまだ生きていることを察した彼ら彼女らは、ゴブリンファイターの気が逸れている間にも躍進を続けていたのだ。
周囲を見渡してみれば、既にかなりの数のゴブリンが屍を晒している。
並み居る敵を薙ぎ倒し、ついに取り巻きの群れを抜けてボスの元へとたどり着いた彼らは、一様にゴブリンファイターへと殺気を叩きつけた。
「へいクソゴブリン、武器なんか捨ててかかってこいよ!」
「私もそれなりにヒヤリとさせられましたからね……少々、この苛立ちをぶつけさせてもらいますよ」
「グル、ガルルルルルッ!」
その三方からの威圧感には、流石のボスも気圧されたのか。
一瞬だけ怯んだように一歩後ろへと下がったゴブリンファイターだが、すぐにその事実が認められないかのように雄叫びをあげ、己の得物である大斧を構えた。
が。
「ぎゃぎゃぎゃぁぁぁぁあああ!」
「うっせぇよ――【剛拳】っ!」
「黙りなさい――【スラッシュ】っ!」
「ガルァッ!」
即座に反応した全員の武技混じりの一撃を食らい、呆気ないほど簡単にその生命を終えるのだった。
***
「――んで。どうすんよ、この嬢ちゃん」
「と、言われましてもねぇ……」
そして、予想外の乱入戦が終わったボス部屋にて。
俺たちが駆けつけるまで、一人で戦い続けていた疲労が原因なのだろう。
ゴブリンファイターが倒れた瞬間を確認し、その後すぐに気絶してしまった少女――ベルと言う名前らしき《冒険者》を取り囲みながら、俺たちは大きく頭を悩ませることになった。
ちなみに、現在の彼女は【医療知識】の技能持ちであるカエデによる手当てを受けている。俺もデバイスに入れていた応急治療セットと、低級回復薬を二本とも提供した。
ベルの場合、やはり特に酷かったのは腕の骨折だろう。
他にも全身に細かな怪我を負っており、どうしてこうなるまで戦闘を続けていたのか、全員が首を傾げる状況になっていた。
不利になったのなら逃げればいい。
負けそうならば撤退すればいい。
少なくとも、俺たちならばそうするし、それは他の《冒険者》だって同じはずだろう。
ここは敗北がそのまま死に繋がるダンジョンだ。下らないプライドに拘っていては、あっという間に詰んでしまう。死んでしまうのだ。
今回の場合でも、あそこまで事態が悪化する前に背を向けて逃げ出すことは可能だったはずなのだが……訳がわからない。
幸いなのは、ベルの怪我がどれも命には関わらない範囲だったこと。
そして、速効性の高い回復薬を使用すれば、腕の骨折も含めて活動に支障がない状態まではすぐに治せることだろう。
「正直、この子が目を覚ますまで、僕たちにできることはないッスね。まさか、彼女をここに放置していくわけにもいかないッスから」
「うん、まあ、その通りではあるんだが……ところで、クロよ」
俺はいつの間にか話し合いに加わり、結論をまとめたクロに対してジットリとした視線を送る。
「お前、マジで今の戦闘中なにしてた」
「あ、あはは……仕方がなかったんッスよ。僕は戦えないッスし、むしろ無策で突っ込むと二次被害の方が洒落にならなくなるッスから」
俺が言いたいことを理解しているのだろう。冷や汗をこめかみに伝わらせながら顔を背ける彼女に、俺は深々とため息を吐いた。
事実、クロの言う通りなのだ。
今回、戦闘能力をほとんど持たない彼女がでしゃばってきたところで、出来ることなんて一つもなかった。
逆に、その存在自体が他の者の邪魔になる可能性だってあったのだ。
まさに時間との勝負だった先の戦闘で、隠れることしか出来ない【隠者】にすべきことはない。
だからこそ、クロはなにもしなかった。
否、『なにもしない』という行動を取ったのだ。
実際、それは決して間違いではなかったし、結果としてはベルを助けられる最良のものを掴みとることができた。
だが、それと心情的な話は別というか……率直に言って、俺は苛立っているのだろう。
どうしてベルのようなまだ幼い少女が、『命を捨てる』ような戦い方をしていたのか。
それがわからなくて、理解できなくて、凄くもどかしい。イライラする。
そこまで思考が至った時、俺の脳裏をよぎったのは、死が迫った瞬間に彼女が見せた表情。
なんであんな安心したような顔が出来たのか……俺には本当にわからない。
だから俺がクロに厳しい視線を送ってしまうのは、ただの行き場のない八つ当たりなのだ。
最低である。最悪である。酷い奴だ。自分で自分が嫌いになりそうだった。
だけど、上手く言葉に出来ないのだが……こう、ダンジョンとか《冒険者》って、そんなものじゃないだろう?
自分でもしっくり来る表現が思い浮かばないのだが、今回の一件は俺にとって随分と後味の悪いモノになっていた。
――と、そこで。
「――……ぅ、ん……ぁ」
「あ、皆さん。この子が目を覚ましたみたいですよ」
微かに漏れた少女の呻き声に、傍で控えていたカエデが気づいて声をあげる。
それにこの場の全員の視線がベルへと向かうと、それを合図としたかのよう、彼女はゆっくりと目蓋を持ち上げた。
そして――
「……お腹、空いた」
くぅぅぅぅ……と、盛大な腹の音を響かせながら、少女は呟くのだった。
「「「「「…………はい(ッス)?」」」」」




