35 小鬼の迷宮1F-5
なんと言うか、終わってしまえば随分と呆気ないものである。
主を倒したことによって安全地帯となったボス部屋にて、俺はグッと背筋を伸ばしながらそう考える。
これで三つあるレベル一のダンジョンの内、《粘液の迷宮》と《鼠の迷宮》はクリアした。
俺とカエデは既に《小鬼の迷宮》も攻略してあるので、三つのダンジョンすべてで第二階層へと進出したことになる。
デバイスを物質化して現実世界の時間を確認すると、現在は七時を少し回ったところ。
普段なら自宅で夕食を食べている時刻だが、事前に家族には『遅くなるかもしれない』と書き置きを残しておいてある。もう少し……三十分くらいなら、ダンジョンに潜っていられた。
そして、移動も含めてそれだけの時間があれば、あのゴブリンファイターを確実に倒すことができる。
慢心ではないだろう。これまでの二度の交戦で得た経験が、俺にその自負を与えてくれていた。
順調も順調。何も問題はない……が。
「いやー。ここまで順調だと、欲が出てきそうになるッスね」
「お、出たなク……影の薄い人」
「僕の影は薄くないッスよ! と言うか、なんで言い直したッスか!」
気にするな、ただの気まぐれだ。
戦闘が終了したからだろう。いつの間にか背後に立って話しかけてきたクロに、俺は冗談を口にしつつ振り返る。
「んで、『欲が出てきそうになる』ってどういうことだよ?」
「またまたー、ソーマっちもわかってるんじゃないッスかー?」
問いかけた俺の疑問に、彼女はニヤニヤと笑みを浮かべながら答えた。
「『どうも余裕がありすぎて、ボスを攻略してるって気がしない。どうせならこのメンバーで第二階層にも挑戦してみたい』……違うッスか?」
「……ああ、まあ否定はしないよ」
……うん、なんだかクロ相手に素直に認めるのも癪だな。
内心をドンピシャで見抜かれてしまっていたため、俺はちょっとだけ苦い思いを味わいながらも小さく頷いた。
確かに、俺はこうも感じていた。
――なーんか、緊張感がないなぁ……と。
当初の目的を果たせているとは言え、俺自身は特に活躍できていないし。
精々、状況に応じて召喚獣を召喚したり、レイナさんに肩を貸していたくらいだ。
率直に言って、暴れたりない。
個人的にはこう……血が沸き立つようなギリギリの戦いがしてみたいと言うか、せめてゴブリンどもを片っ端から殴り倒すくらいはしておきたい。
アイツらは存在自体が害悪である。ゆえに見つけ次第駆除する。例外はない。サーチアンドデストロイだ。
……いや違う、そうじゃない。
現在、俺の頭の中では危険は避けるべきとの安全思考と、敢えてそこに飛び込んでみたいとの挑戦思考がぶつかり合って、もう訳がわからなくなっている。
それだけに、悩む。このままボス攻略ツアーを終わらせて良いのだろうか、と。
提案するだけなら簡単だ。だが、俺以外のメンバーはクロを除いて相応の消耗もしている。
レイナさんは当然のこととして、今の戦闘で武技を連続発動させていたゴウキさんも、疲労が溜まってきているだろう。
カエデは様子を見たところ、もう少し頑張れそうな気もするが、無茶は禁物だ。
彼女が今日一日、常に後衛だった俺と違って前衛で戦っていたのは、間違いなく事実なのだから。
そう思えば、あと一戦……ゴブリンファイターを倒すだけで終わるこの状況と言うのは、実はかなり都合が良いのかもしれなかった。
俺は結論を出すと、何故か瞳を輝かせながら俺の反応を窺っていたクロに返事を返す。
「いや、止めておこう。皆疲れてるし、俺の我が儘で危険な真似をさせたくない」
「……そうっスか、残念ッスね。良い映像が撮れると思ったんッスけど」
挑むとしても、せめて事前に一度は慎重を期して下見しておきたいところだ。もしかしたら、第一階層とは難易度が雲泥の差かもしれないし。
せっかく【分析】の技能も習得したのである。ここは存分に有効活用するしかないだろう。
そう考えての俺の返答に、するとクロは本当に残念そうに首を振りながら肩を竦めた。
……そして、ボソリと続けて小さく呟く。
「あと、楽して経験値とかポイントを稼ぐ良い機会だったんッスけど……」
「…………」
「――ちょ、痛い!? 痛いッスよソーマっち!? 今のはジョークッスよジョーク! イッツア冗談っ!?」
「黙れこの寄生虫。一度その軽そうな頭を俺が手ずから開帳してやろうか」
恐らく今の発言は、本人が口にするよう冗談と言うか、本気で言った訳ではないだろうが……どちらにせよ、良い性格をしていることに違いはない。
どうせだ、ボス戦前に考えていた折檻もついでにやっておこうと、俺はクローバーの頭を掴んで思いっきり力を込めてやった。
俗に言うところのアイアンクロー。
戦士職ほどの握力がないことが悔やまれるが、職業的に俺よりも肉体強化率が低い彼女を懲らしめるには充分だ。
俺は残りの戦闘後の休憩時間が終わるまでの数分間、ひたすらにクロを虐め――もとい親切心からの説教(物理)をおこなうのだった。
「何だかアイツら、やけに仲良さそうだよなー」
「そうね、凄く息が合ってると思うわ。コンビで芸人でも目指すのかしら」
「むむむ……やはり一番警戒すべきはクロさんですか……」
そしてそんな様子を、少し離れた場所から他の三人が眺めていたことには、最後まで気づかなかった。
「――くたばれゴブリンっ!」
「がべぎゃっ!?」
ぶんっ――と大きく振りかぶった木製の杖が、違うことなく眼前にいた魔物の側頭部に吸い込まれていく。
ゴキチュ、という奇妙で独特な手応えと打撃音。頭を円形に陥没させたゴブリンは、口と鼻から汚ならしい体液を飛ばしながら吹き飛んだ。
現在、《小鬼の迷宮》第一階層。
《鼠の迷宮》からツアー最後の目的地であるこのダンジョンに移動してきた俺たちは、早速ボス部屋目指して行軍を開始している。
只今の行為は、道中で突発的に遭遇した魔物との仕方のない戦闘なのだ。
……いや、取り繕うのは止めよう。
目の前に無防備なゴブリンが佇んでいたので、思わず反射的に駆け出して殴りかかってました。
「おーい、なんで後衛職のお前が真っ先に飛び込んでるんだよ。しかも殺意満々で」
「……えっと、趣味だから?」
「ゴブリンの頭を砕くのが趣味なんて斬新ね。良い意味でも悪い意味でも」
「あ、あはははは……」
そんな俺の行動に、ゴウキさんは呆れるような視線を送ってくる。
心なしか、理由を答えたらもっと残念なモノを見るような目をされたが。あっれー?
レイナさんは半眼になりながら見つめてくるし、唯一この気持ちを理解してくれそうなカエデは曖昧に笑っている。
くそぅ、俺に味方はいないのか。
いやね、俺もなんで後衛職の【召喚士】がわざわざ近接戦を挑むんだよって思うんだよ? 本当だよ?
ただ、それ以上にゴブリンへの殺意を抑え切れないだけで……この気持ち、まさしく愛だぁぁあああ!
……なんて、ふざけた答えは置いておくとしても。
不満の発散と言う意味では、『趣味』と表現したこともあながち間違いではない。
俺だって男であるわけで、前線で派手にぶつかり合い、敵としのぎを削り合う戦士職が羨ましく映ることがなくもないのだ。
しかし、どう取り繕っても俺は異端とは言え、魔術を扱う【召喚士】――後衛職なのである。
今はまだ序盤だからなんとかやっているが、これからダンジョンを奥へと潜っていくほど、レベルが上がるほど、前衛職との身体能力の差は大きくなっていくだろう。それは仕方がない。
けれども、仕方がないからといってすべてを納得できるほど、俺は大人じゃないのだ。
そこで、そんな俺の不満をぶつけるのに丁度良い相手が、ここのゴブリンたちなのである。
だって弱い。そして個人的にも恨みがあった。実に素晴らしいサンドバッグ候補だ。
もちろん、あくまで優先すべきがダンジョンを攻略する上での『効率』だと言うことに変わりはない。俺も死にたくないからな。
けれども、その次に趣味が入ってくるのも確かだ。いわば『実益>ゴブリン』。
人生楽しんだ者勝ち。これすなわち真理なり。
そんな訳で、俺は安全かつ自由になる範囲内でゴブリンを狩り続けることをやめない。と言うかやめたくない。
無理に理解を求めようとまではしないけどな……と俺は内心で肩を竦めながら、場の雰囲気を誤魔化すように一つ咳払いをする。
「いえ、まあ。俺のことは良いんですよ、俺のことは。……それより、そろそろボス部屋に着きますから。気を引き締めていきましょう」
「あ、話題をすり替え――って痛いッスよ!? またそれはやめて欲しいッス!」
俺は余計なことを喋りかけたクロを物理的に黙らせ、真面目な顔で話をまとめる。
あと、軽すぎる口は災いの元だと言うことを、いい加減にコイツは学ぶべきだと思う。
どうにも微妙な空気になってしまったが、その後も俺たちは特筆すべき出来事もなくダンジョンを進み、ボス部屋の前に到達した。
――だけど。
そこでは、俺たちの予想だにしなかった先客が、既にボスとの戦いを繰り広げていたのだった。
現状、どうしようもない不幸でもなければ、まず負けようのないただの雑魚ゴブリン相手だからこその突撃です。流石にその他の状況では後衛に徹します。




