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34 鼠の迷宮1F-ボス戦

 



 扉の向こうに広がっていたのは、大きなドーム状の空間であった。

 まるで土で作った巨大なお椀を、そのまま伏せたかのような室内。中央の天井からは道中にもあった水晶がシャンデリアか何かのように吊り下がり、ボス部屋内を照らし出している。


 そして、俺たち全員が室内へと足を踏み入れた直後、恒例の転移の光が部屋の中心から湧き上がった。


「ギチュチュチュィィィイッ!」


「「「「チチ、チュチチチッ!」」」」


 その光が収まった後、姿を現したのはもはや数を数えるのが面倒になるほどのデバネズミの集団。元々の群れる性質が反映されているのか、二十や三十ではきかなさそうだ。

 そして、その中央で野太い鳴き声をあげているのは、鋼色の毛皮をまとう巨大なボスネズミである。


 大きさは全長で二メートル。体高は一メートル半と、少しズングリとした体格だ。

 発達した前歯は取り巻きと共通しているが、ボスはそれだけでなく前肢の爪も長く鋭く伸びている。


「取り合えず――まずは【分析】!」


 それを確認した俺は、まだ転移直後で浮き足立っている魔物たちを対象に、習得したばかりの技能を発動させた。

 途端、俺の視界に重なるよう、半透明の枠がネズミたちの近くに浮かび上がる。



――――――――――

名称:デバネズミ

レベル:3

特殊技能:???

属性:???

弱点属性:???

――――――――――


――――――――――

名称:オオハガネズミ

レベル:7

特殊技能:???

属性:???

弱点属性:???

――――――――――



 ――お、雑魚敵の名前が当たってた。地味に嬉しい。


 まあ、それはひとまず置いておいて……やはりレベルⅡだと見える範囲も少ないな。半分以上が隠れている。

 それでも魔物のレベルが判明すれば、相対的に大まかな危険度はわかるだろうけど。


 仮に《冒険者》と魔物のレベルが同等だとすれば、ボスはレベル7相当の《冒険者》と同じだけの潜在能力(ポテンシャル)を有していることになる。


 ……そう考えると、このパーティーってかなりの過剰戦力なのではないだろうか。


 俺はボスたちから視線を外し、今度はカエデたちに向かって【分析】を発動させる。



――――――――――

名前:カエデ

レベル:9

職業:???

――――――――――


――――――――――

名前:ゴウキ

レベル:10

職業:???

――――――――――


――――――――――

名前:レイナ

レベル:9

職業:???

――――――――――


――――――――――

名前:クローバー

レベル:5

職業:???

――――――――――



 ……ああ、うん。約一名だけレベルが低い奴が混じっているが、それは元から戦力外なので気にしない。

 魔物相手に使用した時と表示が違うが、それもある意味で当たり前なので疑問は脇に放り投げておく。


 重要なのは、俺を含めた四人全員がボスよりもレベルが上だという点。

 これまでの戦いで余裕があったのも当然と言える。


 もっとも、だとしても気は抜けないけど。

 レベル差の三つや四つくらい、やりようや相性によっては簡単にひっくり返せると考えておくべきだ。


「カエデとゴウキさんは好きに動いてくださって構いません。俺と召喚獣は近づいてくる相手の迎撃に留めますので、戦果の方は期待してますよ」


「私も今回は後ろで控えてるわ。二人とも、好きにやってちょうだい」


「おっしゃあっ、話がわかんじゃねぇか小僧! 男なら、ちゃんとそこの嬢ちゃんも守ってやれよ!」


「わかりました……それでは、行きますよぉ!」


 俺が傍にクロードを呼び寄せながらそう告げると、レイナさんも俺の近くに寄って杖を構える。

 クロは……いつの間にか消えてるな。【隠密】を発動させたのだろう。


 対して、前に進み出た二人の前衛職。

 彼らは揃って気炎を吐くと、そのまま一気にネズミの群れへと駆け出した。


「そんじゃ、少しはオジチャンの格好良いところも披露させてもらっちゃおうかね――【オーラアップ】っ!」


 取り巻きはまるで眼中に入っていないとばかりに、一直線にボスを目指すゴウキさん。

 途中、彼が何らかの武技(アーツ)を発動させると、その身体からは実体のない湯気のようなものが立ち上ぼり始めた。


 そして途端、その動きが目に見えて加速する。


 これまでも、普段から同じ戦士職のカエデをも超える身体能力を発揮していた【格闘家】のゴウキさんであったが、今ではそれ以上と言わざるを得ない。

 恐らく、先程のは肉体性能を一時的に強化する武技なのだろう。


「はっはー! かかってこいやネズミども!」


 運悪く先頭に位置していたデバネズミの首を、ついでとばかりに踏み砕きながら、彼は魔物たちへと躍りかかった。


 まずは一手。小手調べとばかりに軽い動作で放たれた左の蹴りが、足元にいたデバネズミの顔面を粉砕する。

 ボールか何かのように打ち上げられ、グシャリと離れた場所に落下する死体。


 それに動揺し出した周囲の仲間たちに対して、ゴウキさんは続いて振り上がっていた足を、そのまま勢いよく地面に降り下ろした。


 同時に、再びの武技の発動。


「――【震撃】っ!」


 淡い蛍のような光に覆われた脚部が凄まじい速度で閃き、地面に叩きつけられる。

 その衝撃は室内全域を震わせ、彼の付近にいた個体などは空中へと浮かび上がってしまっていた。


 そして、それを見逃すゴウキさんではない。

 否、むしろ狙ってやっているのだろう。


 なにせボスはともかく、取り巻きのネズミたちの位置は、彼にとって低すぎる。拳の間合いではない。

 今までの攻撃が、足技主体になっていたのもその為だろう。


「――【剛拳】っ!」


 加えて、ここで再三の武技発動。


 今度は拳に光を纏い、ゴウキさんは空中で身動きが取れなくなっていたデバネズミの一体に、全力の正拳突きを撃ち込む。

 その拳は、俺の目には残像すら引き連れているように見えた。


 結果、攻撃を受けたネズミは弾け飛ぶ。

 そのあまりの威力に、原型すら留められなかったのだ。


 圧倒的なまでの身体能力。多彩な武技の数々。

 一撃一撃の奇抜さこそないが、それらは下手な魔術や固有技能などよりも余程恐ろしい。


 けれども、それも当たり前だと考えるべきか。

 何故ならこれは、固有技能を持たざる(・・・・)がゆえの強みなのだから。


 己の肉体のみで魔物の群れを切り開いていく彼の姿に、俺は後方から小さく唾を飲み込んだ。


 ゴウキさんの職業――【格闘家】に固有技能はない。

 最初にそれを聞いたときは、俺自身も含め、今まで出会った《冒険者》全員が固有技能持ちだったこともあり、かなり驚いたことを覚えている。


 しかし、繰り返すがそれは決して欠点にはなり得ない。

 と言うのも、彼は俺たちが固有技能の強化に費やしている分のポイントを、すべて自身の能力強化と技能習得、そして強化に回せるからだ。


 思い返してみれば、今まで俺は稼いだポイントのほとんどを【召喚術】の強化に使用している。

 それを他の部分に割り振っていると考えれば、このゴウキさんの素の強さにも納得がいくと言うものだろう。


「おいおい、もうちっと根性入れてかかってこいや! 準備運動にもなりゃしないぞ!」


「いやー、あれを止めるのは無理だと思うんですけど」


「同感ね」


 俺が無意識のうちに呟いていると、それに傍で立っていたレイナさんも賛同する。

 数の暴力を個人の力で捻り潰す。その光景はやや現実離れすらしていて、俺は思わず遠い目をしてしまった。


 なお、それを言うならカエデの方も中々に酷い展開が繰り広げられていたのだが……見なかったことにする。

 誰だって嬉々とした表情で返り血を浴び、魔物をぶった斬る美少女がいればこんな反応をするだろう。


 と言うか、二人ともフラストレーションが溜まりすぎてて、少しおかしなテンションになってる気がする。


「まあ、ようやく巡ってきた活躍の場ですからね……危なくならない限りは、好きにさせてあげましょう――かっ!」


「放置が一番楽だものね――【炎よ・穿て】」


「グルルゥ……ガァ!」


「チジュッ!?」


 カエデとゴウキさんの近接組が手に負えないと考えたのか、それとも純粋に魔物の闘争本能すら超える恐怖から逃げ出してきたのか。

 わざわざ入り口付近で控えていた俺たちに襲いかかってきた一部の取り巻きネズミを迎撃するよう、俺は苦笑しながら杖を振る。


 いくら早いとはいえ、正面から来るのなら怖くない。落ち着いてタイミングを合わせるだけだ。

 ゴキン、と胴体に当たった杖はデバネズミの骨を何本かまとめて折り、容易く吹き飛ばした。


 いや、しかしマジで脆いな。ちゃんとカルシウム取ってる?


 レイナさんもネズミたちの動きを牽制するよう初級魔術を放ち、それに怯んだ個体は容赦なくクロードが狩り取っていく。

 首筋に食らいつかれ、振り回されながら首の骨を噛み砕かれた仲間たちの姿に、残っていたデバネズミから怯えるような雰囲気が伝わってきた。


「頼りになるわね、貴方の召喚獣」


「そりゃまあ、俺の自慢の相棒ですから」


 唸り声をあげて魔物たちを威嚇するクロードに、レイナさんは感心するような声色で称賛を送る。


 ――と。


「ジュジュチュィィィイイイイッ!」


 ここにいたって、蹂躙され続ける配下の姿に憤りを覚えたのだろう。

 その鳴き声を怒りに染めたボス……オオハガネズミが、ついに本格的な行動を開始したようだ。


 燃える視線の先には、俺たちの中でも一番取り巻きを屠っていたゴウキさんの姿がある。


「うぉっしゃ、来いよ本命! また可愛がってやるぜ!」


「ジュ、ジュウッ!」


 その巨体からはやや想像できない早さで地面を駆け、ゴウキさんへと襲いかかるボスネズミ。

 それに挑発し返すよう好戦的な笑みを浮かべながら、彼も迎え撃つようにボスへ走り出した。


「ジュチュイッ!」


 先手を取ったのはオオハガネズミ。その巨体の重さを活かし、単純ではあるが効果的な体当たりを敢行する。

 鈍い金属光沢を放つ毛皮から察するに、取り巻きと違って相応の硬度も有していると考えるべきだな。


 例えるなら、鋼の塊が自分を目指して飛び込んでくるようなもの。

 正面から迫ってくる巨体は、普通の者なら身をすくませるほどの恐怖を感じることだろう。


 ……が、ゴウキさんにそれは当てはまらない。


「っは、隙だらけだな!」


 前方から飛び込んできたボスを、彼は軽々とステップを踏んで回り込むよう横に回避する。

 同時に、目の前に晒された脇腹へと彼は躊躇いなく拳を撃ち込んだ。


 ゴウキさんの手甲とオオハガネズミの体毛。ぶつかり合った両者は甲高い音を残して火花を散らす。


「ギ、ギギチュ……ッ!?」


 けれども、それでダメージを負ったのはボスの方だ。それも一方的に。

 よく見れば、彼の腕はボスの毛皮の防御を突き破り、大きく拳をめり込ませている。


「もういっちょ!」


 突き出した腕を引き、両の足の位置を入れ換えながら、ゴウキさんは逆の腕で再びボスを殴り付ける。


 まだだ、それだけでは終わらない。


 今度は腹の柔らかい部分を狙い、掬い上げるような軌道での蹴り上げ。続けて残しておいた足を軸に一回転、裏拳を叩きつける。


 止まらない、止まらない、止まらない。

 ゴウキさんの連撃が止まらない。


 重々しい連続した打撃音。それが室内に鳴り響く度、オオハガネズミは確実に追い詰められていく。削り取られていく。


 ――そして。


「ギ、ギ……ギギ……」


「これで――」


 グッ……と、一度動きを止めた彼は、腰だめに拳を構えて力を集約し――一気に解放した。


「――終わりだっ!」


 ズガィィインッ、と凄まじい衝突音と破壊音が反響する。

 ゴウキさんよりも大きな体躯を誇っていたボスの身体が僅かに浮き上がり、面白いように吹き飛ばされて地面を転がった。


 ボス部屋に静寂が降りる。


 ビクリビクリと、最初こそ腕を震わせ、何かにすがり付くように宙を掻いていたオオハガネズミ。

 だが、その動きも徐々に小さくなり、間が空き、やがて最後には完全に止まってしまった。


 それを合図とするように、残っていた取り巻きのデバネズミが光の粒子となって消えていく。

 天井に埋まっていた水晶が一層明るく俺たちを照らし出し始めた中、ゴウキさんは大きく息を吐きながら清々しい笑みで振り返った。


「……っふー、ストレス解消だぜ!」


 あっさりとこのダンジョンの階層の一つ、その頂点に位置する魔物を討伐した彼は、それを感じさせない様子でグッと親指を立てる。


 《鼠の迷宮》第一階層、攻略完了の瞬間であった。



 

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