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33 鼠の迷宮1F-2

 



 ――そこには扉があった。


 石造りの巨大な扉だ。両脇の支柱には細かな彫刻が施されており、見る者を圧倒させる重厚な存在感を放っている。

 それを下から見上げながら、影はぼんやりと鈍い思考で首を傾げた。


 ――はて、これは何だろう……と。


 いつしか、普段巡回している道筋を外れていたのだろうか。

 今まで見たことのない光景に、影はやや考え込み……そして思い出した。


 そう言えば、ダンジョンには第二階層へと繋がる階段があったのではなかったろうか。

 ならばここは、いわゆるボス部屋の前になるのだろうか。


 わからない……わからないけど、一つだけ確かなことがある。

 それは影がまだ、本日目標としているだけのポイントを稼げていないことだった。


「ボス……たくさんポイント貰えるかな?」


 その危険性を理解せず、もしくは既に理解しようとする意識が麻痺してしまっている影は、そう呟いて取っ手へと手をかける。


 ギィィィイ――と、耳障りな音を立てて開いていく扉。

 その奥から出現したボスと大量の取り巻きを前にしても、その瞳はまったくと言って良いほどに感情を映してはいなかった。






          ***





「おーっし、ようやくボス部屋に着いたな! ……って、どうしたよお前ら?」


「ソーマさん? 落ち込んでいるように見えるのですが、何かありましたか? あの、それと……」


「はは……俺のことは気にしないで下さい」


 そして、それからしばらくの時間が経過した後。

 途中の通路で遭遇したデバネズミたちを鎧袖一触とばかりに蹴散らしてきた俺たちの前に、ボス部屋に通じると思われる扉がその威容を現した。


 とは言え、主に戦っていたのはカエデとゴウキさんなんだけどさ。二人ともご機嫌で魔物たちを狩り尽くしてたよ。

 俺とクロとレイナさんは、その後をゆっくりのんびり追い掛ければよかった。背後から新たに襲ってきたネズミは、護衛に召喚してたクロードの餌食になってたし。


 なんだかなぁ……これじゃあボス攻略ツアーと言うより、本当に遠足かピクニックみたいだ。内容は物騒極まりないけど。


 一人でもやりようによっては攻略できる階層とボスに、合計で四人も第二階層進出者が寄って集って挑んでるのである。

 考えてみれば、楽に進めない方が不思議であった。


 少なくとも、後ろに控えていた俺たち後衛組には、途中で技能を習得する程度の時間はあったわけだし。

 結果は失敗と言うか、思ったようにいかなかったけどね。


 はあ……と、俺はため息を一つ零す。


 いつまでも沈んでいる訳にいかないが、それでも予想外のポイント消費は痛かった。

 将来的には必ずプラスに転じるとは言え、今の段階で余計な技能を習得する余裕はなかったんだが。


 ……いや、そう後ろ向きに考えるな。


 実際、【鑑定】も【分析】も便利な技能なのだ。決して使えない訳ではない。余計などと言っては失礼だ。

 ポイントはいつでも稼げる。せっかくの【杖術】を覚えられる機会を失ったのは辛いが、また地道にポイントを貯め直せばいいのだから。


 下落した気を持ち直すよう、意識して前向きに考え始めた俺は、一つ首を横に振って正面を見つめる。


 そこにあった扉は、やはり《小鬼の迷宮》のボス部屋と同じよう、精緻な彫刻が施された石造りのものであった。

 周囲が土を固めただけの壁や床なので、無理やり扉を嵌め込んだかのような違和感を受ける。


 ウサギももう少し外観に凝ればいいのに。使い回しとか手抜きなんですか?

 実際のところは微妙に細部とかが違うのかもしれないが、俺の目には同じにしか見えなかった。


「――ねぇ、そろそろ私は十分なんだけど」


「あ、そうですか。それはすみません」


 と、そこで俺のすぐ傍から……と言うより、すぐ耳元でレイナさんの声が聞こえてくる。

 そちらを向くと、超至近距離と表現しても過言ではないほど近くに彼女の顔があった。


 下手をすれば、鼻先が触れ合うほどしか空いていない僅かな隙間。吐息がかかって少しくすぐったい。

 少しでも動かせば、そのままレイナさんと肌が重なり合いそうだった。


 まあ、こう表現すると何だか非常にロマンチックな雰囲気でも醸し出されているように思えてくるけど、現実は俺がレイナさんに肩を貸しているだけである。


 一つ前の《粘液の迷宮》で、かなりの精神力を消耗した彼女。クロから魔力花を譲ってもらっても、それだけで一気に減った分が回復するわけでもない。

 足取りが不安だったレイナさんに、暇を持て余していた俺が途中から肩を貸すのは、ごく自然な流れだと思う。と言うか、ぶっちゃけ見ていられなかった。


 最初に俺がそう彼女に提案した時は、普通に遠慮されたけどな。クロと二人で押しきった俺は悪くない。

 多数決の力は偉大なんだよ? 特にこういった集団行動中はね。


 俺が脇の下に回していた腕を外すと、彼女は自分の足でしっかりと地面に立つ。

 うん、顔色も前より随分と良くなったし、もう心配はないだろう。


「……一応、ありがとうと言っておくわ」


「どういたしまして、ですかね。また辛くなったら早めに言ってくださいよ? 肩くらいならいつでも貸すので」


「そう……考えておくわ」


 少し顔を背けながら、感謝の言葉を告げてくるレイナさん。その頬はやや赤みを帯びているように見える。

 少し恥ずかしかったのだろうか。もしくは怒ってる?

 どちらにしろ、礼を言える時点でやっぱり悪い人ではないんだよなぁ。


 今までのやり取りからすると、レイナさんは単純に人付き合いが下手なだけの印象を受ける。

 質問すれば答えてくれるし、積極的ではないとは言え、彼女の方から話し掛けてくることもある。


 総じて判断すれば、不器用な人ってところだ。


 ――が。


「おーい、小僧に嬢ちゃんも。そろそろ良いかー? 黙って待ってるのも辛いんだが」


「なんでしょう、これは……私が気づかない間に、予想以上に仲良くなっていますが……」


「レイナっちは素直じゃないッスからねー。僕の見たところ、間違いなくストレートに歩み寄られると弱いッス。そしてソーマっちは明らかに鈍感ッス。自分の行動の意味を理解してないッス」


 何やら俺が考え事をしている内に、外野が好き勝手言っている気配がする。俺は気にしてないけど。


 ……うん。気にはしないが、適当なことを広めているクロは後で折檻すべきだな。そうしよう。


「まったく、何を言ってるんだか。そんなことよりも、早くここに来た目的を達してしまいましょう」


「お、おう。そうだなー……」


「そ、そうですねー……」


 やれやれとばかりに俺が肩を竦めてそう提案すると、ゴウキさんとカエデからはなにやら微妙にぎこちない返事が返ってくる。

 やはりこれはクロの影響か。早いところその適当な性格を矯正しておかなければ、事実無根のとんでもない噂がいつの間にか流れかねないな。


 これは彼女のためでもあるのだ。

 断じて、鈍感とか貶された俺の個人的な私怨に依るところではない。ないったらない。


「あ、あれッス? なにか寒気が……?」


「気のせいだろ。長い間日の光に当たってないからそう感じてるだけだ」


 ぶるり、と身体を震わせたクロ。


 俺は内心で決意を固めつつ、それを彼女に悟られないよう、表面上は真面目な顔で扉を見上げた。


「それで……確かこのダンジョンのボス戦は、硬質化した毛皮を持った巨大なネズミと、取り巻きのネズミを相手にするんでしたよね?」


「あ……ああ、その通りだ。つっても、これまでの雑魚と対処は変わらねぇ。むしろ的がデカくなった分、攻撃を当てるのは楽になるな」


 少なくとも、あのボススライムを相手にするより百倍はマシだ……と、苦虫を噛み潰したような顔で続けたゴウキさんに、それはそうだろう、とこの場でレイナさんを除いた全員が同意する。

 あれは魔術で火力を稼げない人にとって、まさに悪夢そのものだ。


 元々スライム自体が、攻撃手段に乏しく動きも遅い魔物である。

 ボスは図体が大きくなった分、動きも更に鈍くなってたし、時間を掛ければ誰にも倒せるチャンスはあるのだろうが……根気が続かねぇよ。


「ええ、とりあえずその話題は置いておいて……ここのボスで何か注意点はありますか?」


「いや、特に言うことはねぇ。精々が取り巻きの横やりに気を付けろってところだ。倒してもまた湧くからな」


 俺がこのダンジョンのボス討伐者であるゴウキさんに尋ねかけると、彼は少し考えるよう顎に指を当てながら答えた。

 ここでも取り巻きの無限湧きか……厄介そうだけど、最悪、まだ召喚時間が残ってるヒスイを召喚して殲滅すれば大丈夫か。


「そうですか……なら問題はありませんね。皆さんの準備は良いですか?」


 俺がこの場の四人全員の顔を眺めつつ問い掛けると、返ってきたのは頼もしい頷きである。ならば良し。


 さて、それではこのダンジョンのボス攻略を始めようか。

 俺は一つ深呼吸をしてから、扉の取っ手に手をかけた。



 

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