32 鼠の迷宮1F-1
レイナさんの魔術無双によって《粘液の迷宮》第一階層のボス、ラージスライムを討伐した俺たちは、僅かな休憩を挟んだ後、次に《鼠の迷宮》を訪れていた。
このダンジョンは、どちらかと言えば《小鬼の迷宮》に構造が近く、複数の小部屋と無数の通路によって構成されている。
だが、壁や床が石材でできていた《小鬼の迷宮》とは違い、こちらは土が剥き出しになった洞窟のような様相であったが。
小部屋の大きさはまちまちだが、通路の広さは大体、大人が三人手を広げて歩けるほど。横にはかなりの余裕がある。
対して、高さの方はそれほどでもなく、精々三メートルと少しといったところだろう。そのせいか、妙に閉塞感を感じるダンジョンだ。
所々の壁や天井からはボンヤリと光を放つ水晶が突きだしており、薄暗くはあるが、最低限の明かりは確保されている。
そんな中を、俺たちは五人でボス部屋へと進んでいたのだ……が。
「はーっはっは、ここで会ったが千年目ぇ! お前たちには悪いが、オジチャンのストレス発散に付き合って貰うぜぇ!」
「ふふ、くふふ……ようやく斬り応えのある魔物に出会えましたね。いざ、勝負です!」
「……元気だなぁ、二人とも」
先のダンジョンとは打って変わり、イキイキとしだした二人に俺は感心するような、もしくは呆れるような声色で呟く。
現在、俺の前方では戦士職二人による戦闘……否、蹂躙劇が繰り広げられていた。
相対しているのは、このダンジョンにおける雑魚敵に位置する魔物。《鼠の迷宮》の名に違わぬ、全長七十センチほどのネズミである。
体毛には個体差があり、薄汚れた灰か土色がもっとも多い。共通するのは小さな瞳の赤色だけだ。
全体的な姿は大きさを除き、現実世界のネズミと大差ない。
が、唯一その異常に発達した顎と前歯が、コイツらは魔物なのだと控え目に主張していた。
「チチ、チチチチッ!」
ネズミ――仮にデバネズミとでも表現するが、コイツらの特徴は常に最低でも何匹かの集団で行動することと、とにかくすばしっこいことだろう。
自主的に止まることがほとんどなく、走り続けることが自らの使命だとばかりにダンジョン内を駆け抜けるデバネズミ。
まるでマグロのようだ。無理やり止めたら死ぬのだろうか……との考えが脳裏を掠めたが、さすがにそれはないだろうと即座に打ち消した。
その動きは中々に捉えづらく、ダンジョンの視界の悪さと合わせれば地味に厄介な相手でもある。
――ただし、それは身体能力に劣る後衛職の場合は……だが。
魔術師職と比べ、肉体性能の強化度合いが高い戦士系職業。
当然、動体視力も含めてかなりの底上げがされている彼の者たちにとって、デバネズミの速度は精々が『少し』素早い程度らしい。
まあ、俺でも注意深く見ていれば見失わないからな。
避けることに徹すれば、数匹を相手にしても、多分問題はないだろう。
そして、そんな戦士職にとって、ここのデバネズミたちは良い経験値となっていた。
なにせ、脆い。
素早さを追求したせいなのか、ここの魔物は非常に軽くて脆弱だった。
「吹き飛べやこらぁ!」
視線を向けると、ちょうど飛び掛かってきたデバネズミに、ゴウキさんは鋭い回し蹴りを一閃。横腹に爪先をめり込ませた魔物は、綺麗に身体をくの字に折って壁に叩きつけられる。
ビクビクと何度か痙攣し、口から血を流した後に動かなくなったデバネズミ。うん、やっぱり脆いな。
ゴウキさんはその最後を確認することもなく、次に手近を走っていた個体の脳天へと踵落としを決めていた。グシャリと真っ赤な花が咲く。
ここは、きたねぇ花火だ……とか呟いておけばいいのかな? グロい事にはかわりないけど。
その光景から顔を背けると、今度は思うがまま、これまでの鬱憤を込めるように豪快に大剣を振るうカエデの姿が目に入る。
掬い上げるような太刀筋。それによって、彼女に狙いを定めていた複数体のデバネズミがまとめて斬り裂かれる。
特に胴体を上下で真っ二つに断ち斬られたデバネズミは、まだ自身の状況を理解できていなかったのか。前脚だけになった身体で、必死に地面をかきむしって進もうとしていた。
それに近寄り、最後の慈悲とばかりに頭部へと刃を突き立てたカエデは、迷いもせずに次の獲物へと駆けていく。
寄らば斬る。寄らずとも寄って斬る。
それを体現する彼女の姿は、まさしく剣撃の嵐のようだ。
カエデの剣の一振りで、ゴウキさんの拳の一撃で、容易く斬り飛ばされて骨を砕かれるデバネズミたちは、もはや涙無しに語れないだろう。泣かないけど。
一応、反撃とばかりに魔物たちもその発達した前歯で噛みついてこようとするのだが、飛びかかってきた瞬間に二人によって空中で返り討ちにあっていた。当然、避けられるわけがない。
憐れである。ひたすらに憐れである。
俺からは、もうそうとしか口にできない。
《粘液の迷宮》での溜まりに溜まった鬱屈を晴らすかのよう、血の雨を降らし続けるカエデとゴウキさん。
その少し後ろを付いていきながら、俺はすっかりと手持ち沙汰になってしまっていた。
念のため、護衛としてヒスイの代わりに召喚しているクロードも、半分くらいは置物と化している。
たまに後ろから来る魔物もいるから、完全に無駄ではないんだけどさ。
「やることがないな……あの二人だけでこのダンジョン攻略しちゃいそうな勢いだし」
「良いことッスよ、余裕がある証拠ッスから。それに何もしなくても、パーティー組んでるから経験値とポイントは入ってくるッス。普段はほとんど稼げない僕としては、まさにウマウマッスよ」
俺が独り言を呟くと、それに隣を歩いていたクロが反応する。
彼女はいつから持っていたのか、なにやらホンノリと甘い香りが漂う花を手にしながらそう語った。
見たこともない花だ。花弁の色は淡い紫で、短い茎と小さな手のひら型の葉がついている。何処かで摘んできたのだろうか?
――って、いや。それよりもだ。
コイツ、仮にもパーティーの仲間の前で堂々と寄生宣言しやがったな……仕方のない面もあるが。
戦闘続きの行軍であるにも関わらず、クロが固有技能である【隠密】を発動させていないのは、どうやらこの技能にも回数制限というものが存在しているかららしい。
正確には、強化抜きの初期状態で一日五回まで。最大連続発動時間は三十分。
使っている間はほとんど完璧な隠密性能を発揮できるが、一度でも魔物に攻撃を加えると強制解除される点なども含め、詳しく聞いてみると意外に穴が多いようだ。
「それよりも……はいッス、レイナっち」
「……? これは?」
クロは背後を振り返りながら、手にしていた花をレイナさん……俺たちの中で一番足が遅れていた彼女へと差し出す。
それに眉根を寄せ、訝しげな表情を浮かべるレイナさんだが、その顔色は明らかに悪かった。
ダンジョン内が薄暗いことを加味しても、調子が良さそうだとは口が裂けても言えないだろう。倒れるとまではいかないが、その歩みもふらふらと不安定だ。
レイナさんのお陰でラージスライムの討伐は予想以上に早く終わったし、他のメンバーもかなりの余力を残せている。
だが、それだけに彼女にはかなりの負担をかけてしまっていたのも事実だ。
このような狭い閉鎖空間では大規模な魔術も使えないし、そもそも素早い相手には詠唱時間を作れない。そして詠唱できたとしても、当てられるかは別問題。
元々、事前に《鼠の迷宮》が魔術師職に相性の悪いダンジョンだと判明していたゆえ、先の戦闘でも出し惜しみせず戦ったと本人は言っていたが……それにしても無茶が過ぎたのではないか、と言うのが俺の意見だった。
もっとも、レイナさんは頑なにそれを認めようとはしなかったが。
だが――
「これは『魔力花』ってアイテムで、さっきの《粘液の迷宮》で拾っといたッスよ。茎を口に含んでおけば、精神力の回復が幾分か早くなるッス」
「お前……何でそんなこと知ってるんだ?」
クロから語られた花……いや、アイテムの説明に、ついつい俺は疑問から口を挟んでしまう。
少なくとも俺は、そのような話など聞いたこともない。
それはレイナさんも同じだったらしく、二人分の疑惑の視線に、クロは肩を竦めながら答えた。
「それは僕が【鑑定】の技能持ちだからッスよ。他にも【気配察知】に【気配遮断】、【逃走】などの技能も初期習得してたッス」
「……見事に全部補助系だな」
「仕方ないッス。それが【隠者】の職業を引き当てた僕の宿命ッスから」
これは……なんと返事を返せば良かったのか。俺はクロが語った情報に、曖昧な笑みを浮かべる。
レイナさんも、一目でわかるくらい微妙な表情をしていた。
いや、しかし【鑑定】か……字面とクロの口調から察するに、アイテムの名前と効果を調べられる技能なのだろう。便利そうだ。
もしもこの先のダンジョンで、魔力花のようにアイテムが採集できる地点があるのなら、それを見つけられる確率がかなり高くなる。
気になってデバイスを物質化させて調べてみると、俺でも習得出来るようだ。
ついでに似たようなものに、魔物や他の《冒険者》の名前と大まかな強さを提示する【分析】という技能があったのだが……悩むな。
本当なら次にポイントが溜まった時は、【召喚士】がほぼ唯一習得出来る武術系技能の【杖術】を取るつもりだったんだけど……。
これがあればある程度は近接戦にも対応できそうだし、何よりゴブリンをぶん殴るのに役立ちそうだ。
いや、でも、しかしだな……。
内心で盛大に悩む俺だったが、しばらく考えた後、結局は消費するポイントの大小で決めてしまった。
他の武術系技能よりはマシだが、それほど【召喚士】の職業と相性がよくない【杖術】を習得するのに必要なのは700ポイント。
対して、【鑑定】と【分析】なら100と200で、合わせても300ポイント。お得感があった。
それに後衛職が無理をして前衛に出る必要は薄いが、補助系の技能は取っておけばパーティー全員が助かる。
俺は決断が鈍らないうちに、デバイスを操作して技能を習得してしまう。
これで後戻りはできないな! すまん【杖術】よ、次は必ず取るから!
俺は心の内で謝罪しながら、新たに習得技能欄に加わった二つの技能を確認する。
……が、すぐに俺は気づいてしまった。
【鑑定】と【分析】は、更にポイントを消費して強化できることを。
つー、と嫌な汗が背筋を伝うのを感じる。
いや、まさかね。まさかだよね?
その強烈な予感に突き動かされ、俺はレイナさんが受け取っていた魔力花に向かって、覚えたばかりの【鑑定】を発動させる。
――――――――――
名称:魔力花
効果:???
入手難易度:???
売却ポイント:???
説明:???
――――――――――
「ちくしょう使えねぇ!」
「おわっ!? いきなりどうしたッスか、ソーマっち? と言うか、何でそんな目で僕を見るんッスか! 怖いッスよ!」
「知ったことかぁ!」
思わず俺が叫び声をあげると、それに驚いたクロが軽く肩を跳ねさせた。
くっそう。コイツの甘言に乗せられなければ……と、恨めしげな目を向けると、彼女は相変わらずの逃げ足の早さを発揮してレイナさんの影に隠れてしまう。
「あー、もう! 毒を食らわば皿までだ!」
「だから何の話かわからないッスよ!?」
俺はこの行き場のない思いを誰にともなくぶちまけながら、最終的に追加で600ポイントを消費し、【鑑定】と【分析】の技能をそれぞれレベルⅡまであげるのだった。
パーティーのことを考えた結果がまさかの裏目に。
まあ、レベルをちゃんと上げれば役立つ技能なんですけど。そもそも魔術師職が前衛で戦おうとする考えがおかしい。
なお、クローバーは初期状態から複数の補助系技能をレベル高めで持ってますし、補助系に限ればポイント消費激少で習得や強化ができます。【隠者】の数少ない長所です。
逆に戦闘系技能は相性最悪なので、物凄いポイントがかかりますが。それも仕方ないね。




