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03 小鬼の迷宮1F-1


 

 



「眩い転移門を抜けると、そこは薄暗い小部屋であった……とでも表現すればいいのか?」


 転移門の光が晴れたとき、俺は四方五メートルほどの小部屋の中に、床から十センチほどの高さで浮かんでいた。

 とっ、と軽い足音をたてながら着地する。固く冷たい石畳の感触が足の裏を伝った。


「あ、やべ。部屋着のままだったから、靴下しか履いてないや」


 しまったなー、と傍目にはそれほど困っていなさそうな様子で……実際にそれほど困っていなかったので、俺は周囲の状況を確認する。


 ここはあのウサギが管理する、初心者用ダンジョンの一つ《小鬼の迷宮》。

 その外観は一言で表すならば、古びた地下遺跡と言ったところ。床や壁、天井の材質は苔むした石材で、雰囲気を出すためか所々が欠けていたりヒビが入っていたりする。


 本来なら光源の類いは一切無いはずなのだが、壁の隙間や天井からぼんやりと光が差し込んできているようで、最低限の視界の確保はできていた。

 それでも、全体的に薄暗くて見通しが悪いことには代わり無いのだが。


「さて……まずはこの格好からどうにかしようか――【物質化(マテリアライズ)】」


 ひとまずダンジョンの観察を終えた俺は、自身が部屋着の代わりにしていたジャージを見下ろし、引き金となる合言葉(キーワード)を口にした。


 瞬間、全身から大量の光の粒子が噴出し、俺と外界を分厚い光の幕で遮ってしまう。

 その間も、中では俺の着ていた服が粒子化し、全く別のものへと高速で再構築されていた。


 そして、体感時間にして一秒にも満たない僅かな間の後。

 光の粒子が消えた後に立っていた俺は、先程までとは全く別の格好をしていた。


 上半身は薄手の布で織られたシャツに、下はピッタリとした革のズボン。その上から引き摺る程に長い灰色のローブを羽織り、胸の辺りの留め金で固定している。

 手にはいつの間にか、木でできた一メートル半ほどの捻れた杖が握られていた。装飾などはないが、少なくとも打撃用ではないだろう。


 それら全体を通して見れば、もしかしなくても俺たちがイメージする魔法使いの姿にしか見えないだろう。それもゲームとかファンタジー方面の。


「いやー、これで老人化して立派な白髭を生やせば、何処からも文句のでない魔法使いの完成だね……って、ん?」


 口にしておきつつも、流石にそれは嫌だなー、と内心で思っていた俺だが――ふと、視界の上部を掠めた灰色に視線を集中させる。


 おや、おやおや。これは一体、どういうことだ?


 指でつまんで改めて確認すると、それは俺の前髪であった。

 ただし、日本人特有の黒髪ではなく、いつの間にか先ほど見たような色素の抜けた灰色に染まってしまっていたが。


「あー、えーと。ちょっと待てよ」


 眉間に指を押しあてながら、俺は頭の中の記憶をひっくり返した。

 《冒険者》となることを受け入れた時……つまり『ダンジョン・トラベラー』をインストールされた時、頭の中に流れ込んできた《冒険者》として基本的な知識を掘り返す。


 今までの俺が躊躇いなく転移門を起動させられたのも、《冒険者》の初期装備を呼び出せたのも、この知識のお陰である。


「ふん、ふんふん……なるほどね」


 それによると、今回の髪の変色はウサギ曰く《冒険者》を識別し易くするためであり、同時に現実世界での身バレを防ぐ意図があるそうだ。

 どちらかといえば、比重としては後者の方が大きいよう。


 まあ、確かにプレイヤー全員が黒髪黒目だと、誰が誰だが管理者側からも見分けがつきにくいから、一目でわかる個性を持たせたいと言うのは理解できる。


 身バレ……現実世界での身分が発覚するのを防ぐのは、ダンジョン内でのトラブルをリアルに持ち込ませないためだろう。

 気に入らないけどダンジョン内では敵わないから、現実世界で不意打ち……なんて連中がこれから先、出てこないとは限らない。


 人間、顔の造形が変わらなくても髪や目の色、服装が違うだけで随分と印象が違ってくるみたいだし。

 これだけでも、かなりの効果を期待できるのではないだろうか。


 俺の場合、髪は黒から灰色に。瞳の色は……今は鏡はないからわからないな。

 ちなみに、ダンジョン内では本名ではなく『冒険者名』、ネットゲームで言うところの『ハンドルネーム』を使うことを推奨しているらしい。

 良く言えば渾名、悪く言えば偽名ってとこだな。


「まあ、害がないのなら構わないか」


 結論としてそう片付けた俺は、デバイスを出現させて操作、自身の冒険者名を『ソーマ』で登録する。


「さーてと、これで面倒臭い手続きや準備が終わったんだ」


 ググッ、と腕を伸ばしながら、俺は先程から高ぶって高ぶって仕方がない鼓動を落ち着かせる。

 それから一つ大きく深呼吸をして、この小部屋唯一の出入り口である通路へと足を向けた。


「《冒険者(プレイヤー)》として、このダンジョン(ゲーム)をトコトン楽しませて貰いますか」


 ニッと笑いながら、俺は言う。

 こうして俺は、いよいよダンジョン探索に乗り出すことにした。





          ***





「そんなわけで、早速魔物とやらにエンカウントしたわけだが」


「ぐぎゃ、げぎゃぎゃぎゃっ!」


 数分後。ダンジョン内を当てもなく、アッチへふらふらコッチにふらふらとさ迷っていた俺の視界の先に、とある生き物が飛び込んできた。


 全長は一メートルもないだろう。人型で、肌の色は薄茶緑。額には小さく盛り上がったコブがあり、口からは黄ばんだ乱杭歯が飛び出している。

 身に付けているものは粗末な腰ミノしかない上、それも間違っても清潔とは言えない色合いをしていた。


 訳のわからない叫び声を上げて跳び跳ねる様子は、新種の猿か何かかと勘違いしそうになるが、あれは(れっき)としたダンジョンの魔物――恐らくゴブリンである。


 いやぁ、いいよねゴブリン。こう、最初の敵って感じがして。

 ダンジョンもののゲームではスライムに並んで知名度の高い魔物だろう。

 まあ、このダンジョンの名称が《小鬼の迷宮》という時点で、ある程度は予想してたんだけどさ。やっぱり実際に目にすると興奮の度合いが違う。


「ぐぎゃぎゃっ!? ぎゃががぎゃが!」


 そうこうしている内に、前方十メートルほどの曲がり角から顔を覗かせていたゴブリンは、俺の存在を発見したのだろう。愚直に真っ直ぐ、俺の方へと走ってきた。


「よし、来るならこい!」


 その姿を前にして、俺は手にしていた木の杖を剣を握るよう構えながら待ち受ける。

 思いっきり杖の使い方を間違えているが、そんなことは百も承知だ。


 そもそも、一口に《冒険者》と言っても、そこに付加(インストール)された力は個人によって千差万別。

 接近戦で本領を発揮する者もいれば、相手から距離をとってこそ全力を出せる者もいる。戦闘能力自体は低いが、探索技術に優れている者だって存在する。


 ようは個性なのだ。

 ネットのR(ロール)P(プレイング)G(ゲーム)のように、誰にだって出来ること出来ないこと、得手不得手が存在する。


 そして俺は格好からしてわかる通り、インストールされた能力は魔術師系――後衛職のものである。

 断じて、近接戦や肉弾戦に適したものではない。


 けれど、これは挑戦なのだ。けじめなのだ。試金石なのだ。儀式なのだ。


 つまらない意地なのだ。


 俺がダンジョンという空間で、自らの力だけで最弱の魔物を討伐できるかという試練。

 それすらも無理ならば、俺に《冒険者》は向いていない。大人しく家に帰って、今日のことはすっぱり忘れよう。


 だけど、もしもこの自分への試練を乗り越えられたのなら。

 俺は心の底から、根っこの根っこから《冒険者》になれる。そんな気がするのだ。


「っああぁぁぁぁああっっ!」


 俺は僅かに脳裏にこびりついた恐怖を振り払うよう、腹の底から声を張り上げる。

 それに驚き、速度を落としてしまうゴブリン。

 その喉元を狙い、俺は全力をもって地を蹴り距離を詰め、杖の先端を突き抜いた。


「がぎょぺッ!?」


 喉を潰された奇妙な声が鼓膜を震わせ、俺の手には柔らかくて硬い生々しい感触が伝わってくる。

 気持ち悪い。

 だが、その思いが明確な形となって脳に伝わる前に、俺は杖を引き戻し、自分の腹の位置にあったゴブリンの頭を殴り付けた。


「――っ! ――っ! ――っ!」


「ぎげっ! がっ! ぎゃべっ!」


 何度も何度も殴り付ける。殴り付けて殴り付けて、さらに殴り付ける。

 紫色の返り血が跳ね、硬い手応えが消え、グチャベチャと柔らかくて水っぽい音が聞こえてきても、俺はしばらく目の前のゴブリンだったもの(・・・・・)を殴るのを止めなかった。





「はっ…………はぁ……はぁぁ……っ」


 膝に手をつきながら、大きく深呼吸をして息を整える。

 はたして、どれだけの時間が経っているのだろうか。記憶が飛んでしまっている。


 この場に残っているのは、紫色の返り血がベットリと付着している木の杖と、同様に返り血が飛び散っている衣服。

 目の前の床には何度も殴り付けられた痕跡があるが、逆に言えばそれだけ。血も死体も肉片の一つたりともが消えてしまっている。


 それはそうだ。

 ダンジョンで《冒険者》に倒された魔物は消滅し、倒した《冒険者》の糧となるのだから。


 俺は妙に回転の鈍い、霧がかかったような思考でデバイスを創造し、その画面を確認する。



――――――――――

冒険者名:ソーマ

職業:召喚士Lv1

現在位置:《小鬼の迷宮》1F


装備:初級魔術師の杖

   初級魔術師のローブ

   初級冒険者の上衣

   初級冒険者の下衣

   初級冒険者の靴


固有技能:【召喚術】

技能:なし


所有P(ポイント):10P


     ・

     ・

     ・


――――――――――



 『所有ポイント:10P』。


 この表示を見つけて、先程まではここに1ポイントも入っていなかったことを思いだし、何度も見間違いではないことを確認してから――


「ふへ……」


 と、俺はだらしのない腑抜けた笑い声を漏らした。



 

 

 ◇用語解説

 ・デバイス

 正体不明のウサギが日本国民に配布した端末。《ダンジョン・トラベラー》なるアプリがインストールされており、使用した人間を《冒険者》へと作り替える。初回起動時以降は使用者と一体化しており、任意で物質化して取り出すことができる。


 ・《冒険者》

 ウサギが配布したデバイスによって人としての枠組みから外れた者。同時にゲームのプレイヤー。共通点として肉体性能の強化や、【物質化】【情報化】などの能力が扱える。


 ・【物質化(マテリアライズ)

 《冒険者》に共通する能力の一つ。デバイス内で情報化されて保存している物体を物質化させる力。


 ・【情報化(デジタライズ)

 《冒険者》に共通する能力の一つ。物質を情報に変換し、デバイス内に収納する力。生物は不可。一度物質化してしまうと二度と情報化できなくなる物も存在する。


 ・転移門(ゲート)

 異空間にあるダンジョンへ繋がる唯一の手段。《冒険者》であれば誰もが扱えるが、それ以外の人間が近づこうとしても弾かれる。

 

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