26 ボス討伐依頼
クローバーは、自他ともに認める最弱の《冒険者》である。
その職業である【隠者】、そして固有技能である【隠密】がもたらす潜伏能力は、全《冒険者》の中でも右に出る者がおらず、思わず目を見張るものがある。
が、悲しいことに彼女自身の戦闘能力は、最弱の魔物の一体であるゴブリンと同等。あるいはそれ以下かもしれない。
無論、それは現時点での話だ。
魔物を討伐し、経験値を稼ぎ、レベルを上げ、ポイントを増やし、能力強化を行えば、時間はかかるだろうが彼女も魔物と戦えるだけの力を得られるだろう。
だが、その《冒険者》にとっては当たり前な行為自体が、クローバー……クロにとっては険しい茨の道なのだ。
まず最初に、魔物を倒せないので経験値が稼げない。経験値が稼げなければ、もちろんレベルは上がらない。
次に、魔物が倒せなければポイントを得ることができない。ポイントがなければ、能力強化を行うことが出来るはずもない。
他の《冒険者》とパーティーを組んでもらうという選択肢もあるが、繰り返すように現時点で彼女は最弱の《冒険者》である。
当然、斥候はともかく戦闘では完全なお荷物と化すだろう。
せっかく一人で魔物を倒しても、その半分が全く戦いに貢献していなかった相手に流れてしまうのだ。不満が出てこない訳がない。
加えて、《冒険者》の数が少ない現状では、パーティーを組む相手を見つけること自体が困難だ。
俺や楓先輩のように複数人で活動している者の方が珍しく、今の時点ではほとんどの者が単独でダンジョンに潜っていることだろう。
まるで周囲が懇切丁寧なチュートリアルを受けている最中、一人だけ難易度ハードモードで最難関のエリアに放り出されたかのような鬼畜具合。
恐らく同じような状況下におかれた場合、大抵の者は匙を投げ出すだろう。
けれども、そんな状況でもクロはダンジョンに潜ることを止めなかった。
彼女は己の唯一誇れる潜伏能力を活かし、他者が魔物を倒す姿を映像に収める道を選んだのだ。
それはある意味で、クロの能力を最も効率よく発揮できる場だったろう。
なにせ、誰からも気付かれない。
《冒険者》も、魔物も、息がかかるほどすぐ傍に隠れている彼女を察知できないのだ。驚異的な影の薄さである。
これで僅かにでも戦闘能力を持ち合わせていれば、最強の暗殺者が誕生していただろうが……無い物ねだりをしても仕方がない。
とにかく、こうしてクロも変わり者としてではあるが、この五日間、《冒険者》として問題なくダンジョンで活動してきたのだ。
「――ですが、その状況が昨日の放送で崩れてしまった……と?」
「どうにもそうらしいな。だから俺のところに泣きついてきたんだろうし」
その日の昼休憩。
やはり二人っきりの生徒会室で、ここ数日は恒例となっているパーティーの方針相談……もとい弁当タイムを満喫していた俺に、話を聞いていた楓先輩は確認するように呟いた。
ちなみに、今日の弁当は中華です。香ばしく揚げられた春巻きが大変美味しゅう御座いました。
いやねぇ、こうして弁当を無料で恵んでもらっている立場としては、申し訳ない気持ちもあるんだけど……美味しいご飯には勝てなかったよ。
何かの形で恩を返したいと思ってはいるのだが、相手は大企業のお嬢様。そんな相手に俺が出せるものなどタカが知れている。
貴金属とか宝石とかブランドもののバッグとか、今の俺なら用意できないこともないだろうけど、そんなものを贈られても先輩は嬉しくなさそうだしな……。
一応、二日目からは昼食は自分で用意すると申し出たのだが、他ならぬ本人に「私が好きでやってることですから」と、どこか有無を言わさぬ威圧感を伴いながら押しきられた。
以来、俺の昼食は学食ではなく、楓先輩が毎日用意してくれる弁当に変わっている。
嬉しいけど、どこか複雑です。
何故だろう。俺は朝方、楓先輩こそが平穏を乱す原因だと結論づけたはずなのに、どんどん彼女から離れられなくなっている気がする。
この事を斎藤と笹倉さんに相談したら、斎藤には「やっぱりダンジョンに出会いはあったんじゃねぇか」とキレられ、笹倉さんには「黙って受け取っておきなさい」と諭された。解せぬ。
俺は二人との気楽な昼食風景も好ましく思っていたのだが、彼らにとっては違っていたのだろうか。
「――それで、創真さんは今回の『ボス攻略ツアー』でしたか? 現時点では、どのように考えているのですか?」
「え? ああ、うん。そうだな……」
と、そんな風に俺が深刻なのかそうでないのかよくわからない悩みを抱えていると、楓先輩が今回の依頼について意見を求めてくる。
いけないいけない。今はダンジョンの話題に集中しないと。
俺は気を切り替えるように姿勢を正しながら、彼女の質問に答えた。
「出来れば俺は受けたいと思うよ。もちろん、楓先輩が良ければだけど」
「理由をお聞きしても?」
さらに踏み込んで問いかけてくる先輩に、俺は一つ頷いた。
「いくつかあるけど、やっぱり一番はボスの居場所を探す手間が省けることだね。《粘液の迷宮》と《鼠の迷宮》、その両方の一階層を同時に攻略できるのは美味しいよ」
とは言え、それはあくまでオマケなんだが……なんて言葉を飲み込みながら、俺は楓先輩の反応を窺う。
今回の依頼の真の目的――それは『クローバーを第二階層へと進出させること』である。
ボス攻略ツアーなどと銘打っているが、そちらの方はついでに過ぎないのだ。
俺は昨夜のクロとのやり取り、それを順番に思い出す。
そもそも、彼女が俺に泣きついてきたのは、彼女が独力でボスを倒すことが不可能だからである。
そりゃそうだ。クロはまともに戦えないからこそ、動画の撮影という道に進んだのだから。
では、ボスを倒せないことの何が問題なのか。
考えてみれば簡単だ。第二階層へ進んだ《冒険者》達を追えないのである。
クロがネットに投稿している動画は、今でこそ話題性と新鮮味で絶大な人気を誇っているが、人はやがて飽きる生き物である。
いつまでも同じような映像しか撮れない……そんな投稿者は、いずれ人気が落ちるのは当たり前。
加えて、昨夜の放送で多くの《冒険者》は知ったはずだ。既に第一階層を攻略し、第二階層へ取りかかっている同業者がいることを。
人とは不思議なもので、誰かが自分よりも先行していると知ってしまうと、どうにかして追い付きたいと考えてしまう生き物である。
まあ、つまりは競争意識を刺激されるのだ。
新たに大勢の後輩がゲームへと参加したことを鑑みても、これからは第一陣によるボス攻略ラッシュが巻き起こる……と言うのが、クロが出した結論だった。
――『新鮮で刺激的な動画を視聴者へ提供するためには、僕自身も早急に第二階層へ進む必要があるんッスよ!』と。
そう熱弁してきた彼女は、もう根っからの演出者なのだろう。
常に最善を尽くそうとする、その姿勢は嫌いじゃなかった。
それに、楓先輩に説明したように、俺たちの方にメリットがないわけでもない。
一つのダンジョンを集中して攻略していた俺たちと違い、多くの《冒険者》の背中を追いかけていたクロは、いつしか三つの迷宮のマップのほとんどを埋めており、ボスの位置も把握していたのだ。
今回、クロは戦闘に参加しない代わりに、ボスまでの道中の案内役を引き受けてもらっている。
それだけではない。
クロは万全を期すために、俺たち以外の第二階層進出者にも連絡を取っていたのだ。
ある程度は増えたとは言え、まだまだ数の少ない他の《冒険者》と顔を繋ぐ貴重な機会である。
これらだけでも、参加する充分な動機になるだろう。
そして、こちらは俺の個人的な理由になるが、『《冒険者》の正しい実態を広める』と言うクロの行動を応援したい……なんてことも少しは考えていた。
それらすべてを語ったわけではないが、俺が今回の依頼についてかなり前向きであることは察したのだろう。
楓先輩は少しだけ悩む素振りを見せた後、やや好戦的な笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「そうですか……ちなみに、それには私も参加できます?」
「僕に斬りかかってこないなら是非に、との返答を貰ってるよ」
無論、その問いは予想できたものだ。
と言うか俺自身、楓先輩も参加すること前提でクロと話を進めていたので、もう許可は取ってある。
あとは彼女の意思次第……だったのだが、この様子だと答えを聞くまでもなさそうだ。
今まで交戦した経験のない強敵……ボスと戦える機会を、楓先輩が逃すとは思えない。
既にその時を想像しているのか、彼女は頬を緩めて慈母のように微笑んでいた。
無駄に見惚れてしまうような笑顔だが、頭の中はどれ程物騒な光景が繰り広げられているのか、考えたくもないな。
時計を確認すれば、もう昼休憩も残り僅か。
俺は話を切り上げるためため、席を立ちながら結論をまとめる。
「それじゃあ、今日の午後から始まるボス討伐ツアーに、俺たちも参加するってことで」
「了解しました」
一も二もなく賛同してきた楓先輩に苦笑しつつ、実は内心では俺も未知のダンジョンに心を踊らせるのだった。




