25 有名人?
「なあおい、見たかよ贄神!」
翌日、平日最後の金曜日。
学校に登校した俺に真っ先に駆け寄ってきたのは、焦った顔をした斎藤だった。
わざわざ教室まで行かず、校門の前で俺を待っていたことからも、その焦燥具合が察せられると言うものだろう。
だが取り合えず、お前は少し周囲の目を気にして欲しい。めっちゃ悪目立ちしてるんですが。名前も知らない生徒の視線が痛いぜ。
まあ、衆人観衆の中でダンジョンに転移した俺が指摘できることじゃないかもしれないけど……いや、あれは楓先輩に引っ張られたからだ。
俺は悪くねぇ、俺は悪くねぇぞ!
……と、内心での自己弁護もこれくらいにして、いい加減、斎藤の質問に返事を返しておくべきだろう。
「見てるよ。どうせ昨晩の放送と、今朝のニュースだろ?」
「ああ……昨日のラッキーラビットの話だけでも驚きだったのに、まさかそれが全部本当だったとはな」
俺が普段通りの調子で答えると、それで自分が焦っていたことに気づいたのだろう。一つ息を吐いてから、少し声量を落として話を続ける。
「政治家達が通そうとしていた対《冒険者》用の政策の原案に、それぞれが汚職に手を出していた証拠。その両方がネットとテレビに暴露されてたんだからな、驚かない方が無理だ」
その斎藤の発言に、俺は内心で深く頷いた。
――ラッキーラビットが口にしていた『天誅』との言葉。
それは物理的な制裁ではなかったけれど、ある意味ではそれ以上にエゲツナイ手段だった。
どのような方法を使ったのかは知らないが、あのウサギは政治家達の一番の泣き所を容赦なく突いたのだ。
政治家にとって、もっとも恐ろしいことはなにか?
それは民衆の支持を失うことである。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、政治家とは人気取りに精を出さなければ、その仕事を失ってしまう悲しい生き物なのである。
そんな中、ウサギによって世間に広められてしまった自分達の汚点。
汚職は当然として、まだ穏健派、穏便派の声も大きかった《冒険者》に対する不平等とすら言える政策など、民衆が彼らを見限るに十分すぎるだけの餌がばらまかれてしまったのだ。
これで政府は、易々と《冒険者》に対して強気の方針は取れなくなっただろう。
今朝の時点で、テレビではどの局でも《冒険者》への擁護と、現政府への盛大な批判が炸裂していたからだ。
メディアは弱いモノ虐め……もとい、『民衆にとっての悪』を叩くことが好きだからなぁ。
もしかするとその後ろには、楓先輩の実家である禅上院グループのように、《冒険者》の力を産業に転用しようとしていた企業からの圧力もあったかもしれないが……そっちは俺の知ったことではない。
こうして結果だけを掻い摘まんでみると、政府が一人で馬鹿をやって自爆したように見える。
けれど実際は、ウサギがそう見えるよう途中で事態を引っ掻き回したのだろう。
俺よりも頭のデキが良い大人の政治家諸君が、いくら欲に目が眩んだからとは言え、そう簡単にボロを出すような計画を立てるとは思えない。
本来ならもっと時間をかけて、色々と裏から手を回し、じっくりと《冒険者》への世間の評判を悪化させてから、満を持して発表するつもりの政策だったのではないだろうか。
それを最悪の形で粉砕されたのだから、今ごろ彼らは涙目どころではない。
政治家生命の瀬戸際……否、もうすでに終わってしまったのかな?
「お陰さまで、初日から見ればかなり減ってきていた家の前で出待ちするマスコミも、今朝はほとんどいなかったしな。この状態が、いつまでも続けば良いんだけど……」
「お、なんだ? 贄神は有名になりたくないのか?」
やれやれと俺が肩を竦めると、斎藤は少し意外そうに目を見開いて尋ねてきた。
「は、当たり前だろ? 誰が好き好んで人目を集めたいと思うんだよ、疲れるだろう。俺はいつだって巻き込まれる側だ」
いや本当にな。俺は疲れたようにため息を吐いた。
最初は一人でノビノビと《冒険者》生活をエンジョイするつもりだったのに、楓先輩が介入してきた辺りから全てがおかしくなった気がする。
それでも充分に刺激的な毎日が送れているから、不満とかはあんまりないんだけどね。
別に俺は目立ちたい訳じゃない。むしろ逆の立場だろう。
ただ、目立たないよう努力するのが面倒臭くなって、結局、流れに身を任せてしまうだけだ。
途中、調子に乗ってしまったことがあることは否定しないが。特に真由のお姫様抱っことか。
遊び心、超重要。俺は完璧な大人なんかじゃないんだよ。
そんな思いを込めた返答に、けれども斎藤は何故か残念そうに俺の肩を叩いてきた。
「そっか……けどお前、既にネットの一部じゃ有名人だからな」
「はぁ!?」
その驚くべき情報に、俺は思わず声をあげる。
すると斎藤は「自覚がなかったのかよ……」と呟きながら、制服の胸ポケットからスマホを取り出した。
「これ、この動画! 昨日上がったばかりだけど、お前と禅上院会長だろ?」
「ん? ……ああ、確かに」
俺の目の前に突きつけるよう、スマホを掲げる斎藤。
その画面に目を通すと、そこには俺も昨日閲覧していたシロツメクサ……クロが投稿している動画のサイトが映し出されている。
そこでは注目度の高い動画は、サイトでも目立つ位置に表示されるのだが、現在そのトップを飾っていたのは、俺と楓先輩がゴブリンファイターと戦っている動画だった。
クロめ、また随分と仕事が早い。
心情的には、パーティーの仲間や極親しい友人達を除いて、余り俺の能力情報を晒したくないのだが……。
彼女の目標――《冒険者》を正しく世間に知ってもらうと言う目的を聞いてしまった後では、そんな個人的な感情でそれを邪魔してしまうのは、どうにも気が引けてしまったのだ。
なお、楓先輩は特にそういったことに抵抗はないようだった。
減るものでもありませんし、撮りたければ好きに撮ればいいでしょう……と、非常にあけっぴろな考え方をしているらしい。
そう言えば、大勢の生徒の前で《冒険者》の能力を披露することにも、全然躊躇いがなかったしな。
もしかすると、彼女はその育ってきた環境ゆえ、周囲の視線と言うものに鈍感なのではないだろうか。あり得そうで怖い。
……いや、ちょっと待てよ。
その瞬間、俺の脳裏に一つの仮説が浮かび上がった。
楓先輩は残念な天然である。それは彼女と友人関係となってからの数日間で、嫌と言うほどに思い知った。
しかし、思い返してみればその天然な性格が、今の現状を引き寄せていると言えなくもないのではないだろうか。
学食で注目を集めた時から始まり、校門で大勢の生徒に囲まれた時も、父親である禅上院さんが来襲してきた時も、元はと言えば楓先輩が原因だったような気がする。
周囲の状況を気にしないがゆえに、空気を読まず面倒事を引き寄せる……いわば巻き込まれ体質ならぬ、巻き込み体質。被害者は主に俺。
なんと言うことだ。俺から平穏を奪っていた犯人は、実はすぐ傍にいたのか。
俺が楓先輩の性質に戦々恐々とした思いを抱いていると、それを知るはずもない斎藤は、対ゴブリンファイター戦の動画が及ぼしている影響を語り始めていた。
「今までの動画も物珍しかったけどさ、今回の動画はなんつーか、それ以上に派手なんだよな。だって雰囲気的には完全にボス戦だろ?」
「んー、まあ……そうだな」
斎藤の言葉に、俺は曖昧に頷く。
雰囲気的にもなにも、その通りボス戦の映像なのだが、それは同じ《冒険者》でなければわからないことだろう。
彼の話によると、そんなボスっぽい魔物(実際にボス)とその取り巻きを、実にあっさりと討伐した俺と楓先輩は、《冒険者》の中でもかなり凄い人たちなのではないか……などと言う噂が、ネットの一部で流れているらしい。
いや……すまん。実はそれ、初戦じゃなくて二回目なんだ。
すでに一回倒してるから、余裕をもって挑んでるように見える方が自然なんだ。
内心で微妙に居心地の悪い思いを味わう俺。別に騙しているわけではないのだが、妙な罪悪感を感じる。
俺が顔を僅かにしかめていると、そんなわけで……と斎藤が話をまとめた。
「お前は自分が思ってる以上に、今じゃ有名人なんだぜ。《冒険者》の数も増えたみたいだし、変な輩に目をつけられないようにしろよ?」
「ああ、忠告ありがとな」
「よせよ、むず痒い。俺はただ、ネットの噂を話しただけだぜ?」
自分ではわからない客観的な評判を運んできてくれた斎藤に礼を告げると、彼は本気で嫌そうに眉根にしわを寄せる。
斎藤は最後に俺の肩を若干強めに叩いてから、「先にいってるぜ」と背を向けて昇降口に向かっていった。
そんなところが、斎藤の良いところなのだが……今度、ジュースでも奢ってやるか。
「しかし、俺が有名人ねぇ」
イマイチ実感が伴わない言葉を呟きながら、俺は昨夜のクロからの連絡――否、正確には依頼を思い出す。
どうして俺に……と最初は思ったのだが、斎藤の話を聞いた後では少しだけ納得できる部分もある。
一応、こんなんでも第二階層進出者だからなぁ……加えて、地味に有名になりつつあるらしいし。
「それにしても、三つのダンジョンのボス攻略ツアーか……楓先輩にも相談しておかないとな」
俺はクロから告げられた計画を口にしながら、斎藤を追いかけるよう、止まっていた足を教室へと向けるのだった。




