24 新たなる理由
――ラッキーラビット。
今やこの名を知らぬ日本人は居ないだろうとすら言われている、世紀の大犯罪者にしてダンジョンの創設者。
同時に、俺たち《冒険者》の産みの親でもある。
そんな存在が発する言葉に、俺も、真由も、スマホの画面から目が離せなくなっていた。
『今回は色々と報告があるよー! もっとも、それが良い報告か悪い報告かは、聞く人によって変わってくるだろうけどね!』
ピョコピョコと左右の耳を器用に動かしながら、ウサギは話を続ける。
『まず第一に! たった今を持って《冒険者》の第二陣、合計二百名の候補者にダンジョンへの招待状を配布させてもらいましたー!』
「えぇっ!? ウソウソ!?」
いぃーやっふぅ! これでダンジョンがもっと賑やかになるよ!
そう言って画面上で大きく跳び跳ねるウサギに、真由は心底驚いたようだった。俺の肩を掴む手に力が入る。
対して、俺の方はこの報告に対する驚きはさほどなかった。むしろ冷静ですらあっただろう。
元々、いつかは増えるだろうと予測していたし、何より現状、ダンジョンに対して《冒険者》の数が少なすぎるように感じていたのだ。
数が少ないのなら、増やせばいい。
この世間の《冒険者》に対する印象が微妙な時期ということだけは予想外だったが、他はおおむね想定内だ。
『いやねぇ、まさか私もここまで早く第二陣を呼び込めるとは思ってなかったんだ。けど、先輩達である第一陣の人達が予想以上に頑張ってくれてねぇ。今日の午後、合計十名以上の《冒険者》の、ダンジョン第二階層への進出を確認したんだ』
そのウサギの発言に、なるほどと俺は納得する。《冒険者》の追加にも、幾つか条件を定めていたようだ。
確かに無作為に《冒険者》を増やしていっては、低階層で魔物の取り合いが起こる可能性が否定できない。否、絶対に起こるだろう。
それほどまでに、《冒険者》にとってポイントは魅力的な報酬なのだから。
気になる点があるとすれば、俺と楓先輩以外の第二階層への進出者だろうか。
恐らくは三つのレベル1ダンジョンである《小鬼の迷宮》、《粘液の迷宮》、《鼠の迷宮》の第一階層を突破したのだろう。
だが、それにはそれぞれの階層を守るボスを倒す必要がある。
そのうちの一体であるゴブリンファイターを基準に考えれば、それほど難しいとは感じないが……気づかぬ内に、俺と楓先輩は《冒険者》の中でも十指に入るほど攻略を進めていたらしい。
『さてさて、第二陣の発表については、これくらいで十分かな? これからも各人、奮ってダンジョン攻略に精を出してくれたまえ』
――と、そんなことを考えている内に、ウサギからの一つ目の報告は終わっていたようだ。
《冒険者》への激励を飛ばしつつ、ウサギの話は次の話題へと移っていく。
……が。
『実は私、ちょこーっと先程、この国の総理大臣を含めた政治家十数人に天誅を下して来ちまったんだぜ!』
「「……はい?」」
続いて、グッと親指を立てながらもたらされたウサギの言葉に、俺と真由の口から同時に疑問の声が零れた。
……いや、いやいやいやいや! 天誅ってなに!? お前国家の代表に何したんだよ! と言うか何で天誅を下したの!?
頭の中で盛大な突っ込みの嵐が巻き起こるが、混乱しすぎてそれを口に出すことができない。
当たり前だ。
一体誰が、一国のトップに喧嘩を売ろうと考えるのか。
今まで真実しか語って来なかったウサギも、さすがに今回ばかりは冗談だよな……と、藁にもすがるような気持ちで続く発言を待ち望んでいた俺だが、現実は非情であった。
『彼らって酷いんだよ? 《冒険者》がお金になるってわかった途端、それを利用して金蔓を作ろうとしてたんだから。具体的には《冒険者》の国家への登録義務化にー、税金バンバン掛ける仕様? 加えて奉仕活動って名目の強制労働だったかな? うっは、尊き人権はどこにいったし』
「マジかよ……」
「嘘……じゃないんだよね?」
やれやれとばかりに肩を器用に竦め、何でもなさそうな口調で告げられたウサギからの情報に、俺は顔から血の気が引く思いだった。
当然、その中には自身の生まれ故郷である国が、自分達を一方的に搾取しようとしていた事実も含まれる。
ウサギの話し方から察するに、それはあくまでも政治家の一部で、しかもまだ計画段階だったようだ……が、それが救いになるわけもなかった。
けれども、俺が真に驚いたこと……それは、ウサギがその気になれば直接、人に手を下すと言うことである。
なんだかんだ言って、俺はウサギを信じていたのだろう。
こいつはふざけてはいるが善良な性格で、人に害を成すような悪質な存在ではないと。
現実を目の当たりにして見れば、それがいかに自分勝手で押し付けがましい甘い考えだったか……それを叩き付けられた気分だ。
だからこの、裏切られたような気持ちも、俺が勝手に抱いているだけなのだろう。
クラリ、と視界が揺れた気がした。
『この際だからハッキリさせておくけどさぁ……勘違いするなよ』
今までのウサギと同じとは思えない、恐ろしく冷たい声がスマホから届いてくる。
『私は誰でもない、《冒険者》達の味方だ。彼らに害を及ぼす者、またはその行動を縛り付けようとする輩に、私は容赦しない。そのためなら世界の敵になる覚悟も力もある』
今回はあくまで警告、次は本気で潰すから……と、ピタリと動きの止まったウサギのアバターから発せられる脅迫に、俺の背筋は震えた。
肩を掴む真由の手も、いつしか服を握り締めるような形になっている。気持ちは同じなのだろう。
俺はこの時ほど、ウサギが遠い存在だと感じたことはなかった。
こいつの考えが、理解できない。
俺たちを庇って何になる?
世界に喧嘩を売って何をする?
その覚悟も、力もあることも本当だろう。
だけどそれを俺たちのために……言ってしまえば、一方的に《冒険者》へと仕立てあげた赤の他人のために使う理由がわからない。
それはそれは御大層な考えがあるのか、それともただの暇潰し程度なのか。
もしかしたら、俺には一生かかっても到達できない領域なのかもしれない。
『こっそり《冒険者》の調査にやって来た他国の人間も、今なら見逃してあげる。これ以上、彼らの周りをウロチョロしないんだったらね。誘拐なんてバカな真似、実行しないことをお勧めするよ?』
一方で、事実ならばかなりの問題に発展しそうな話題を口にしながら、ウサギは最後に、ふぅ……と軽く息を吐く。
その瞬間、今まで画面越しにすら感じていた重苦しい威圧感が一気に霧散し、普段通りの軽薄な雰囲気が戻ってきた。
『まあまあ、てな訳で! 《冒険者》に余計なチョッカイを出したければ、まずは私を倒していけってね! ラッキーラビットとのお約束だぞ?』
「……は、はは。今のを聞いて手を出すのは、よっぽどの馬鹿だけだろうけどな」
付け加えるとすれば、この放送を見れていないであろう国外で命令を下した人間が、軽率な真似をしないことを祈るばかりである。
乾いた笑みを浮かべながら、俺は再びピョコピョコと軽快に動き始めたウサギのアバターを見つめながら、こっそりと手のひらに滲んだ汗を拭う。
今回のウサギの報告は、全部が全部《冒険者》のためのものだった。
俺たちの不利益に繋がることは一切ないし、むしろそれを取り除いてすらいる。
ウサギは味方だ。それは間違いない……けれど。
『ではでは、これにて第二回ラビット放送はおしまいだよ! 皆は寝る前に歯を磨こうね! それじゃあグッバイ、グッナイ、また次回ー!』
その言葉を終わりの宣言として、始まりと同様、唐突にウサギの電波ジャックは終了を告げた。
ブツっ……と接続が切られる独特の音が鳴った後、俺のスマホは何事もなかったかのように元の動画サイトを表示する。
しばし、この場には無言の間が流れた。
その静寂を破ったのは、俺ではない、心配そうな顔をした真由である。
「お兄ちゃん……これからどうするの?」
「どうするか……だって? そりゃ、決まってるさ」
少し顔色が悪い妹を元気付けるよう、俺は無理矢理にでも不敵な笑みを浮かべる。たぶん成功してるだろ。
「俺にできることは、ダンジョンを攻略することだけだよ。ウサギは俺たちの味方なんだから、ある意味ではダンジョンが一番安心できる場所なのかもな」
「……もう、そんなわけないでしょ。バカなお兄ちゃん」
ははっ、と馴れない冗談を口にして場を和ませると、そこでようやく真由の身体から余計な力が抜けていく。
そう……そうだ。
俺にできるのは、ダンジョンに潜ることだけ。
今までは何も考えずとも良かった。それでも十分楽しめていたし、むしろ考えない方が楽しめていたとすら言える。
けれど……もうそれは無理だろうな、なんて漠然とした予感が俺の中で芽生え始めていた。
《冒険者》とは何なのか。
ダンジョンとは何を目的として創られたのか。
そして……あのウサギの目的は、はたして何処にあるのか。
一度考え始めたら止まらなくなる。疑問だらけで何もわかりはしない。情報が足りなさすぎた。
だから……それを確かめに行く。
きっとダンジョンの奥深くに、その答えがあると思うから。
俺のダンジョンに潜る理由に、新たな一項目が書き加えられた瞬間だった。
いずれはあのウサギの化けの皮を剥がすため、俺はこれからも《冒険者》を続ける。続けてみせる。
《冒険者》としての覚悟は、もうとっくに決めてあった。
だから、あとは行動に移すだけ。目の前に、すでに道は示されている。
「よっしゃっ! 明日からもどんどんダンジョンを攻略して、あのウサギの度肝をぬいてやるからな!」
「……やっぱり、お兄ちゃんはズルいなー。すぐに元気になっちゃう。マユにも少しはそれをわけろ!」
「ちょ、おいこら理不尽な!?」
俺が両腕を突き上げながら宣言すると、何故か真由が嬉しそうに笑いながら腹の上にのし掛かってくる。おいこらやめろ、俺はソファーじゃない。
……まあ、こんな風にじゃれあっていられるのは、不本意ながらあのウサギのお陰なんだよな。
政府が本当にあんな政策を打ち出したなら、俺はこの家にいられなくなっていたかもしれないし。
でも原因もアイツにあるわけだから、せっかくの感謝も相殺されるような気がするが。
そんなことを、俺が微妙な気分に陥りながら考えている……と。
――チリリリリリリン、チリリリリリリン!
……なんて、空気を読まない無粋なベルの音が聞こえてきた。
ずいぶんと昔に主流だった、黒電話のような音である。当然、我が家にはない。
「お? おおお? なにこの音? どこから聞こえるの?」
「心配するな、デバイスからだ」
俺は疑問符を浮かべながら周囲を見渡す真由に説明を入れながら、自身と同化しているデバイスを物質化させる。
この音は《冒険者》のデバイス、その機能の一つである連絡機能の呼び出し音だった。
何故、それが懐かしの黒電話の音なのか。それを知るのはウサギのみである。またもや謎が一つ増えたな。
しっかし、こんな夜遅くの時間帯に連絡を入れてくるとは非常識な。
恐らく楓先輩ではないだろうから、候補者は残り一人しかいない。
「あーはいはい、こちらソーマです。ご用件をどうぞ」
俺はやる気を感じさせない声色で、ついでに至極面倒くさそうな口調でデバイスを耳元に当てる。
そこから聞こえてきたのは、俺の予想通りの人物からの、しかし予想外の内容。
『ソーマっちー! 助けて欲しいッスー!』
クロからの救援要請だった。
第二章『世間と《冒険者》』 完




