22 最弱の《冒険者》
ぱち、ぱち、ぱち……と。
突如としてボス部屋内に響き渡った拍手の音に、弛緩した空気が蔓延しかけていた俺たちの間に緊張が走った。
カエデが背中に収めかけていた大剣を構える。クロードが牙を剥き出しに威嚇を始める。ヒスイの身体が燐光を放つ。
全員が全員、音の出所である部屋の入り口付近へと意識を向ける。
そんな中で、ただ一人。
俺だけは純粋に、この事態に驚愕して動けないでいた。
いや、カエデや召喚獣たちも驚いていない訳ではないのだろう。現にその身体は強ばり、目付きも厳しいものになっている。
だが、はたしてこれはその程度の驚きで済む事態なのだろうか?
何故ならこの場には、索敵や探索では右に出るものがいないクロードが控えていたのである。
もちろん、その能力が完璧であり、どんな手段を用いても誤魔化す方法はないなどと強弁するつもりはない。それは幾らなんでも、傲慢と言うものだろう。
けれど、今までクロードを召喚している間は、一度も魔物の奇襲を許さず、それどころか常に奇襲する側に回っていたことを含めて考えれば、今回の一件がいかに異常な事態かわかると言うものではないだろうか。
ゆっくりと、俺は振り返る。緊張で額に汗が流れた。
はたしてボス部屋の入り口に立っていたのは、未だ見ぬ未知の魔物――
――ではなく、ただの中学生ほどの年齢の少女であった。
「……は?」
思わず口から疑問が飛び出してくる。それは先に少女を視界へと捉えていたカエデも同様だったようで、隣から困惑するような気配が伝わってきた。
雪のような真っ白の髪に、楓とは違い紅玉のように明るく透き通った丸い瞳。人懐っこそうな顔つきをしている。
かなりの矮躯で、背丈は俺の胸元程度しかないだろう。全体的に肉付きが薄く、細くしなやかな体つきだ。
ボーイッシュとでも表現すればいいのか。ショートボブの髪型と言い、まるで少年のような印象を受ける少女である。
何故こんなところに、ただの人間が?
当然の如き疑問が、俺の脳内を埋め尽くす。
いや、ここがダンジョンであることを考えるならば、少女もただの人間ではなく、俺たちと同じ《冒険者》であることは確実だろう。
ただ、それを除いたとしても、俺には目の前の少女が、クロードの探知能力を誤魔化せるような人物には見えなかった。
呆気にとられる俺たちを余所に、少女は叩いていた手を止め、距離を感じさせない明け透けな笑顔を浮かべながら口を開いた。
「いやー! 凄かったッスね、今の戦闘! お陰で良い映像が撮れたッス!」
「は……映像? 何を言ってるんだ? そもそもお前は誰だ?」
訳がわからない。彼女の正体も、ここに居る意味も、口にした言葉も。
疑問は当然のように警戒心へと変わり、俺たちは再び険しくなった視線と共に戦意をぶつける。
それを敏感に感じ取ったからか、少女は焦った様子で両手を持ち上げた。
「ちょ、ちょっと待って欲しいッス! 僕は敵じゃないッスよ!」
「敵じゃないと言うのなら、まずは名前を教えて欲しいところですよね。実は私……今は少し気が立っておりまして」
「わかったッス! 名乗るから武器は下ろして欲しいッスよ!」
ボス戦後の興奮を引きずっているのか、普段よりも刺々しい声色でカエデが名乗りを要求する。
いや、大剣の切っ先を向けた上での言葉だから、どちらかと言えば脅しと言った方が近い気もするが。
とにかく。
カエデの気迫に冗談ではすまないと考えたのか、若干顔色を悪くしながら少女は名乗った。
「僕の名前はクローバー、しがない《冒険者》ッスよ。少なくとも、あなた方と敵対する意思はないッス」
「……今はその言葉を信じます」
懐からデバイス……《冒険者》の証明書とも言える物を取り出しながら、ここだけは真面目な調子で少女――クローバーは言う。
その言葉に、ひとまずこの場は収めることにしたのか、カエデは大剣を下ろし、纏っていた戦意を霧散させた。
「ふぅー、危うく挨拶する前に斬り殺されるかと思ったッス。そこのお兄さん、よくこの人と一緒にいられるッスね」
「それはお前が、突然声をかけてきたからだろう。知らない奴に話しかけられれば、誰だって警戒する」
「いや、警戒とかそんな次元じゃなかった気がするんッスけど……」
汗を拭うような素振りを見せながら息をつくクローバーに、俺は胡乱げな目で追い討ちをかける。
と言うかぶっちゃけ、驚かされたことに対するただの八つ当たりだった。
客観的に見れば彼女の方が正論を口にしているのだろうけど、俺はまだこの少女を信頼していない。
クロードの探知能力をすり抜けた件といい、このクローバーとか言う少女がまだ俺たちに明かしていない情報があることは間違いないのだ。
それをどこまで引き出せるか……ダンジョン内で初めて遭遇した他の《冒険者》ということもあるし、慎重に話を運ばないと。
内心でそんな打算を働かせつつ、俺はクローバーに問いかけた。
「それで、クローバーはどうして俺たちに話し掛けてきたんだ? 口振りからすると、俺たちが戦ってる最中からずっと見てたようだけど」
「長ければクロでいいッスよ……それで、僕があなた方の戦いを後ろから観戦してた理由ッスね」
俺の質問に、特に渋る様子もなくクローバー……クロは答えた。
「それはあなた方の戦闘シーンを動画に納め、ネットに公開するためッスよ!」
……ただし。その返答自体は、俺の予想の斜め上のものだったが。
ビシィっ、と効果音をつけたくなる格好で指を突き付け、もう片方の手で何処からともなくハンディタイプのビデオカメラを取り出した彼女に、俺は数瞬、言葉を失った。
「えーっと、それをして貴方になにか得があるんですか?」
そして俺と同じく、クロの言動に毒気を抜かれたのだろう。当初よりも随分と丸くなった声でカエデが尋ねる。
それにフッフーンと得意気に鼻を鳴らしながら、彼女は大袈裟な身ぶり手振りを交えながら説明した。
「知らないんッスか? ネットには投稿した動画を再生してもらえると、その数に応じてお金が貰えるサイトがあるんっスよ?」
「いや、だからどうしたよ」
そんなことは俺も知ってるわ、とジト目で俺は突っ込みをいれる。
なお、余談だが隣で聞いていたお嬢様なカエデは知らなかったらしい。後で教えてあげよう。
しかし……だ。
「そんな迂遠な方法じゃなくても、お金が欲しいんなら魔物を倒せばいいだろう」
そう、お金を稼ぎたいなら魔物を討伐すればいい。
なるほど、確かに《冒険者》とダンジョンは、今の世間で一番注目度の高い題材だ。それを動画としてネットに上げれば、かなりの再生数を見込めるだろう。
だが、それほどに手間隙かけるくらいなら、普通に魔物から得たポイントを換金店で貴金属や宝石に代える方が手っ取り早い。
こちらの方が、動画の広告費などよりもよっぽど手軽に、かつ大金を稼げるはずだ。
そんな《冒険者》としては当たり前の指摘に、けれどもクロは、はぁ……と肩を竦めた。
「そりゃあ、あなた方のように戦う力を持つ《冒険者》ならいいッスよ。バンバン魔物を倒して、じゃんじゃんポイントを貯めればいいんッスから」
「ん? その口振りだと……もしかして、クロは戦えないのかっ!?」
「え…………えぇっ!?」
俺の推測に、カエデが聞いたこともないくらいの驚きの声をあげる。俺も自分で言っておきながら、あり得ないと感じたほどだ。
しかし、他ならぬ当の本人が「その通りッス」と認めてしまうと、なおのこと理解が追い付かなくなってきた。
《冒険者》とはダンジョンを攻略する者。ゆえにあのウサギから、人間を越えた力を与えられた存在である。
そんな俺の中にあった大前提が、彼女の存在によってガラガラと崩れ落ちる音を聞いた。
「もちろん、人間だった頃から見れば、最低限の強化はされてるッスよ。ただ……僕の戦闘力だと、このダンジョンのゴブリン一体とドッコイドッコイってところなんッスよね。下手をすれば負けるッス」
「それは……」
あまりにも……弱い。
思わず口をついて出かかった言葉を飲み込みながら、俺は彼女の職業について考える。
《冒険者》は誰もが職業に就いている。それは俺の【召喚士】しかり、カエデの【狂剣士】しかり。
職業は《冒険者》の能力の方向性を定める、重要な要素なのだ。
例えば俺の場合、肉体方面の強化割合が低い代わりに、強力な固有技能の【召喚術】を習得していたりなど、どの職業も長所と短所を合わせれば大体同じくらいの強さになるよう調整されているのだ。
けれども、目の前の少女はゴブリンに負けるかもしれない程度の戦闘能力しか有していないと言う。
それはつまり、それほどの超弩級の欠点を埋め合わせるほどの長所もまた、彼女は有していると言うことなのだが……。
「…………あ」
「どうしたのですか、ソーマさん?」
「どうやらそちらのお兄さんは、僕の職業の特性に気づいたようッスね」
そこまで考えが至った時、俺は頭の中を通り抜けた予測に小さく声を漏らしてしまう。
それにカエデが反応して尋ねかけてくるが、正直、それに答えるほどの思考の余裕はなかった。
ゴブリンと同程度の戦闘能力に、クロードの探知能力すら欺く潜伏能力。
それらを合わせて考えれば、おのずとクロの職業の方向性も見えてくる。いや、見えてきてしまう。
言葉を失ってしまった俺に、彼女は一つ頷いてから口を開いた。
「僕の職業は【隠者】。その固有技能は【隠密】……つまりはただ誰からも見つからず、隠れることに特化した職業なんッス」
その告白に、今度はカエデまでが言葉を失った。
究極のステルス《冒険者》、参上。
かくれんぼなら最強です。
クローバー「影が薄いんじゃないッス! 気配を隠してるだけッスからね!」




