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19 今後の方針

 


「ダンジョンが産業に……ねぇ」


「意外ですか?」


「いや、むしろ納得してるよ。ただ……」


 楓先輩の言葉をおうむ返しに繰り返した俺に、彼女はイタズラっぽい笑みを浮かべながら尋ねてくる。

 それを苦笑しながらも否定しつつ、しかし俺は少しばかり困ったように眉根を下げた。


「俺にとってのダンジョンは、あくまでも楽しむための場……ゲームの舞台としての印象が強いんだ。だから正直、産業だ経済だと言われても、『だから何?』としか……ね」


「そうですか……いえ、そうですね。確かに私も、父様には悪いですが、ダンジョンで誰が儲けようと、逆に損をしようと、あまり興味はありませんから」


 俺のぶっちゃけた感想に、楓先輩は少し考えるよう間を開けてから、愉快そうにクスリと一つ笑った。


 いや、あなたは少しは気にした方が良いんじゃないですかねぇ……との言葉が喉を通りかかったが、すぐに無駄と悟って首を振る。


 何故なら彼女は俺と同じく、金銭を主目的にしてダンジョンに潜っているわけではないからだ。

 勿論、稼げればそれだけ生活が豊かになるので嬉しくない訳じゃない。けど、一番でもない。


 俺自身はダンジョンを通して人生を楽しむために。

 楓先輩は予想だが、恐らく潜在的な血の乾きを癒すため、そして強敵との戦いを楽しむため、それぞれ《冒険者》をやっているのだ。


 いわばダンジョンに潜ること自体が目的となっているので、ある意味では正しい、そしてまたある意味では変わり者の《冒険者》と言えるだろう。


「まあ、そんなわけで。楓先輩のお父さんには悪いけど、現時点で俺は何処にも雇われる気はないよ。行動を縛られたくないしね」


「わかりました。では、そのように私から父様と中島さんには伝えておきます」


 俺が正式に禅上院さんの会社からのスカウトを断ると、楓先輩もそれを薄々理解していたのだろう。特に食い下がられることもなく頷かれた。


 趣味は仕事になった途端、趣味ではなくなる――なんて言葉をどこかで聞いたことがあるけど、まさしく今回のはそれだと思う。

 雇用関係ともなると、色々と上から指示もされるだろうしな。間違いなく、俺の自由は大幅に制限されるだろう。それは面白くない。


 何だか上から目線にも聞こえる意見だが、それだけ俺にとってのダンジョンは、もはや分け隔てられない生活の一部と化してしまっているのだ。

 誰だって、実りある充実した毎日を送りたいよな?


「さて! この話題はもうお仕舞い。昼休憩も少なくなってきたし、次はこれからのパーティーの方針について話し合おう」


 そこまで結論を出した俺は、パンっ、と雰囲気を切り替えるように手を叩きながら、次の話題へと話を進める。

 と言うより、元々はこれを相談し合うために集まったんだよな……弁当に心奪われたり、スカウトの件で話が脱線しまくったけど。


 パーティー間での意見の統一は大切だ。わざわざ口に出すことじゃなくても、それが些細な原因となって後から大変な事態を引き起こすかもしれない。

 ましてや、これは取り返しのつくネットゲームではないのだ。自分達の生命がかかっている。

 つい昨日、危うく命の危機を迎えかけた俺は当然として、楓先輩も姿勢を正して真剣な表情を浮かべた。


「まず、これは俺の意見なんだけど……もうしばらく俺たちは、まだ二階層に進むべきじゃないと思う」


「あら、そうなんですか? てっきり私は、創真さんならドンドン進めるところまで進むべきだと主張すると考えていたのですが」


 早速俺が口にした提案に、楓先輩は意外そうに片眉を持ち上げた。

 ついでに本人は気づいていなかったかもしれないが、少しだけ口調も不満そうである。まだ見ぬ強敵との戦いを、彼女は想像していたのかもしれない。


 俺たちは昨日、《小鬼の迷宮》一階層のボスであるゴブリンソルジャーを、かなりの綱渡り気味であったとは言え討伐した。

 その際、何気に初ドロップ品である『小鬼戦士の大剣』というゴブリンソルジャーが使っていた装備品を回収でき、今は楓先輩の主装備となっているのだが、ここでは関係がないので置いていく。


 ボス討伐の結果として、ボスの部屋の奥には第二階層へと続く転移門が現れ、俺たちのデバイスには《小鬼の迷宮2F》が転移先の選択肢に追加された。

 だが、行けることと、そこで十分な余裕を持って戦えることは、また別の問題だと思うのだ。


 俺は楓先輩の意見を肯定しつつ、その上で持論を展開する。


「確かに俺も、早くダンジョンの奥に進みたいって気持ちはあるよ。だけど安全性を考えるなら、後二日ほどは一階層で活動するべきだと思う」


「二日……ですか? それはまた、どうして?」


 思った以上に俺の提示した期間が具体的、かつ短期間だったためか、彼女は首を傾げながら再び問いかけ返してくる。


「それは二日あれば、第一階層の残りのマップを埋められるだろうし、何より楓先輩の【狂化】の再使用制限時間(リミット)が解除されるからだね」


「それは……」


 俺の説明に、先輩はあからさまに苦い顔となる。まるで実際に苦虫を噛み潰したような表情だけど、美人がやると何故か様になってしまうからズルい。

 ……と、それはともかく。

 けれどもこれは、彼女自身が向き合ってもらわないといけない問題だ。目を逸らしてはいられない。


 楓先輩の職業である【狂剣士】、その固有技能である【狂化】は、理性と思考能力を代償として短期間に爆発的な戦闘能力を得る技能だ。

 ただし、強すぎる薬にはそれだけで副作用があるように、【狂化】にも使用中だけでなく、使用後にも重大な欠陥(デメリット)があるらしい。


 それが、再使用制限時間(リミット)反動負荷(リバウンド)の二つである。


 再使用制限時間とはその言葉の通り、一度技能を使用した場合に、二度目以降は一定以上の時間を開けなければならないという制限。つまりネットゲーム風に言えば冷却期間(クールタイム)だ。

 初期状態での【狂化】の再使用制限時間は三日間らしいので、昨日の夕方から数えてあと二日以上、楓先輩は【狂化】を使いたくても使えない。


 そして反動負荷とは、【狂化】使用後に訪れる能力制限。

 考えてみれば当たり前なのだが、【狂化】とはある側面から判断すれば限界を越えて肉体を駆動させる技能だ。

 そんなことをすれば当然、使用者の身体には凄まじい負荷がかかるのは自明の理。その後の活動には確実に支障が出る。


 あの時、正気に戻った楓先輩が意識を失ったり、取り戻した後も死人のような顔色をしていたのは、すべてこの反動負荷によるものである。


「楓先輩、正直に答えて欲しい。一晩でどれだけ身体能力が戻ってきたんだ?」


「…………ふぅ、創真さんにはかないませんね」


 嘘や偽り、誤魔化しは絶対に許さないという無言の圧力を込めた俺の質問に、楓先輩はしばらく抵抗を続けた後、小さく息を吐いてから白旗を振った。


「お察しの通り、今の私は本調子からは程遠いでしょう。感覚的な話になりますが、おおよそ全快時の五割にまで落ち込んでいます」


「やっぱりか……それでも昨日の帰り際みたいにふらつかないだけ、回復したと前向きに考えるべきか」


 いや、本当に。現実世界に帰ってきた時点での彼女は、まるで見ていられなかった。

 病人のように不健康な青白い肌に、ただ立っているだけでもキツそうな表情。迎えの車を呼ぶと言って聞かなかったが、それがなければ俺が背負って家に送り届けようかと思ったほどだ。


「申し訳ありません、創真さん。私のせいで攻略が遅れてしまい……」


「何を言ってるんだよ。そもそも楓先輩が【狂化】を使ったのは、俺が油断してたせいだ。それに、その件がなくても俺はしばらく第二層には進まなかっただろうね」


「え……それは?」


 申し訳なさそうな顔で頭を下げる楓先輩に、俺は気に病む必要はないと、出来るだけ軽い調子で首を横に振る。

 それに不思議そうな声を漏らした彼女だが……まあ、これはわからなくても仕方がない。俺の意地と我が儘なのだから。


 俺は左腕を持ち上げ……その制服の下に隠れた、包帯を巻いている傷痕に指を這わせる。

 傷自体はもうほとんど完治している。《冒険者》の治癒能力ならば、あと数日もあれば傷があったことすらわからないほど綺麗な肌が戻ってくるだろう。


 しかし、それでは駄目なのだ。


 あの失敗を……個人的な敗北の記憶を塗り替え、泥を濯ぐには、ただダンジョンを奥に潜るだけではいけない。


「これから三日後に、俺はあのボスに再挑戦する。その上で完璧な勝利を飾ってから、俺は二階層に進みたい」


 その決意の込めた宣言……否、誓いに、楓先輩は小さく息を飲んだ。


「もちろん、今のままだと昨日の二の舞になる可能性の方が高い。だから俺は、ポイントによる能力強化を行おうと思う」


 大まかに三つあるポイントの使用先の一つ、ポイント消費による《冒険者》の能力強化。

 今までは散々勿体ぶってきたが、いい加減、使い道を決めるべきだろう。


 現在、俺が保有しているポイントは2370。先のボス戦で大きく稼いだ形だが、このほとんどを用いて、俺は自身の強化を考えていた。


「俺も昨日から色々と考えたんだ。自身の……【召喚士】としての強みと弱みを」


 【召喚士】の強みは、当然、召喚獣を召喚して一緒に戦える点だ。

 では逆に、【召喚士】の弱点とはなんだろうか。


 それは現段階では色々と思い付くが、まず【召喚士】本人の脆弱性。そして最大戦力であるはずの召喚獣に課せられた、召喚制限時間という枷。

 現状、俺は召喚獣に戦闘を任せっきりで、戦いではほとんど何もできないのだ。役立たずなのだ。


 だから、まずはそれを変える。


 長所を殺す必要はない。召喚獣の強化を行いつつ、俺は自分一人でも戦いようがあることを証明するのだ。


「待っていろ、ゴブリンソルジャー。そして取り巻きのゴブリンども。受けた借りは必ず返してやる」


「……ふふ、くふふ。ズルいですよ、創真さん」


 そうして静かに俺が闘志を高めていると、対面の席から愉快そうな笑い声が聞こえてくる。

 顔をあげると、そこには普段の人の良さそうな雰囲気は鳴りを潜め、ただただ好戦的に口端を持ち上げる楓先輩の姿があった。


「私にだって、あの戦いに思うところはあるんです。一人でやろうなんて、パーティーの仲間として許しませんよ」


 ……そう、だな。借りがあるという点では、彼女も俺と同じなのだ。


「わかった。俺と楓先輩、二人で借りを返してやろう」


 最後に俺たちは拳を付き合わせ、この胸の内にたぎる炎をボスにぶつけてやることを誓いながら、今後の方針を語り合う場を解散させた。



 

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