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18 《冒険者》とダンジョンの未来像

 



「え、ウチの会社ですか? そうですね……元々は工業系の企業でしたよ」


 はたして楓先輩の父が経営する会社とは、一体何を専門としているのか?

 そんな俺の質問に、彼女は少し悩む素振りを見せてからこう答えた。


「そもそも、企業というものは一定以上巨大化すると、利益を求めて多方面の分野に進出しますから。今の禅上院グループも、まさにそんな感じですよ」


 普段の授業で使用する普通教室。それがまとめられている第一校舎ではなく、化学室や音楽室、美術室などの一部の授業で使われる特別教室が集まっている第二校舎。

 その三階にある生徒会室にて、中央においてある馬鹿デカいテーブルをたった二人で占領しながら、楓先輩は持参した弁当箱を広げつつ自身の実家をそう評価する。


 ――禅上院グループ。


 元は中小規模の工業系会社だったが、数代前の社長がかなりのやり手だったらしく、技術系特許を会社名義で数個取得。

 それを手に一気に市場へと食い込み、特定分野での生産を一手に引き受けることに成功。

 それだけでも凄まじい偉業なのだが、彼はそこで留まらず、製薬や食品産業へも進出。今では日本の経済界では知らぬ者がいないほどの大企業へと成長させた。


 そんな感じの話を、詳しい専門用語抜きに楓先輩から説明してもらっていた俺は、実のところ半分近くの意識を目の前の弁当箱に奪われていた。


 うん、楓先輩に失礼だとは思ってるんだ。そもそも俺から聞いた話題だし、人の話を真面目に聞かない奴は馬に蹴られて死んでしまえばいいと思う……って、これは少し違うか。

 だが、しかし、それでも、俺は目の前の弁当箱から目を逸らせずにいた。

 何故ならこれは、楓先輩が俺のために用意してくれた、学校内でも噂になっている高級弁当だからだ。


 何故、楓先輩が俺の分の弁当まで用意していてくれたか。

 それは改めてパーティーの仲間として親睦を図ると同時に、今後の方針を相談し合う時間を作るためらしいのだが……正直、理由の方はとっくに俺の頭から抜け落ちている。


 二段に分けられた箱の一段目を埋めるのは、うっすらと絶妙な加減で焦げ目のついた香り高い炊き込みご飯。具材はシンプルに茸だけ……って、もしかしてこれは松茸ですか?

 二段目には、大小様々な色の小鉢に盛られたおかずの数々が。スタンダードな卵焼きから始まり、きんぴらや魚の煮付け、根菜の煮物などがところ狭しと並んでいる。


 まさしく和食の集大成。食の芸術品。これに目を奪われない奴は日本人じゃない!


「あの……話は食事をとってからにしますか?」


「喜んで!」


 あまりに俺の視線が泳ぎに泳ぎ、弁当の上を行ったり来たりしていたからだろう。

 苦笑しながらそう提案してくれた楓先輩に、俺は勢いよく賛同した。





          ***





「はふぅ……ご馳走さまです、堪能しました」


「それはお粗末様です」


 そして数十分後。心ゆくまで目と舌と食感で高級和食弁当を味わった俺は、楓先輩が注いでくれた温かいお茶を啜り、ひどく幸せな気分を味わっていた。


 俺は今まで、世界で一番料理が上手なのは母さんだと確信していたのだが、いやはや、それ以外の料理人も捨てたものじゃない。

 さすがは、大金持ちな禅上院家の食卓を預かる料理番と言ったところか。まず間違いなく、俺の中では二番手に入る。


「……さて、それではそろそろ話を再開させましょうか」


「あ、はい。そうですね……じゃなく、そうだな」


 っと、いけない。思わず幸福の彼方にトリップして、帰ってこれなくなるところだった。


 危うく元の言葉遣いに戻ってしまった俺に、楓先輩はムッとした表情を浮かべる。

 昨日、ダンジョンから現実世界に帰還して以降、本人の希望通り呼び方を変え、口調も普段のものを意識して使っているのだが、ふとした瞬間には、やはりまだ敬語が飛び出してしまう。


 食後一息つき、俺も楓先輩も落ち着いたからだろう。

 今までの緩い表情から一転、思わず背筋を伸ばしてしまうような雰囲気を醸し始めた彼女に、俺も表情を引き締めた。


「それでは……まずはどこから話を始めましょうか」


「それじゃあ、どうして楓先輩の会社が俺をスカウトしようとするのか。そもそもスカウト自体が何を意味しているのか、それを教えてもらえるか?」


 やや考えるよう顎に指を添えた楓先輩に、俺は昼休憩に入った直後の出来事を尋ねかけた。


 あの後、中島さんに引きずられるようにして、俺を睨み付けながら去っていった禅上院さんだが、それだけで終わるとはどうしても思えない。

 次にまた同じような話を持ちかけられた時、引き受けるにしても断るにしても、一つでも多くの情報が欲しかった。


 と言うより、目の前の問題を一つずつ片付けていかないと、今後の方針なんて立てられるはずがない。

 それは楓先輩も同じ考えだったらしく、一つ頷いてから口を開いた。


「確かにこれは、放っておいてもよい話ではありませんね……わかりました。しかし、これは父様の会社でも機密事項、他言は無用でお願いしますね」


 そう前置きしてから、一拍の間を置き、彼女は結論を述べた。


「禅上院グループは、《冒険者》の力を用いてダンジョンから回収されるアイテムの一部買い取り、そして研究を開始するそうです」


「っ! それはまた、随分と行動が早い……」


 その答えは半ば以上予想していたものだったが、それでも俺は禅上院グループのフットワーク、その軽さに驚愕する思いだった。


 《冒険者》は金になる。それは疑いようもない事実だ。

 だが、それは単純にポイントを貴金属や宝石類に交換する、ただその行為を指し示すものではない。


 例えば、昨日俺が楓先輩から提供してもらった低級回復薬。

 振りかければ傷が治り、経口で摂取すれば体調不良を改善する。そんな現代医学を嘲笑うかのような万能薬(まほうのクスリ)が、たった300ポイント。日本円にして三十万で購入できるのだ。

 恐らく倍の値段で売りに出しても、買い手には困らないだろう。


 もし、この効能を多少は劣化したとしても模倣でき、ずっと安い値段で売り込めたなら……医薬品業界に革命が起こる。


 例えば、昨日のボス戦後。ボスであるゴブリンソルジャーが落と(ドロップ)した大剣。

 どうやら第一階層の雑魚敵(ゴブリン)はともかく、ボスにはドロップアイテムが設定されているようだ。気づけば楓先輩のデバイスの【個人倉庫(インベントリ)】に入っていたらしいが……それは置いておいて。


 詳しく調べてみないと判断がつかないだろうが、もしもあれの材質が鉄などの一般的な金属であり、それを何度も入手できたのなら。

 日本は資源の一大産出国として、世界に君臨できる。


 なにせ元手がタダで、無限に採れるのだ。枯れない鉱山なんて、何処の国家も喉から手が出るほど欲しいに決まっている。

 いや、最悪鉄でなくても良いのだ。銅でも錫でも鉛でも、または未知の魔法金属なんて物が出てきても、加工して利用できる資源ならば何でもいい。


 これらは現時点では、希望的予想でしかないだろう。だが、かなりの現実味を帯びた可能性であることには違いなかった。


 経済の素人である俺ですら、パッと思い付くだけでこれだけの利用方法が考えついたのだ。

 本業であり、やり手の実業家である禅上院さんからすれば、《冒険者》は本当の意味で『金の成る木』にしか見えないだろう。


 そして、だからこそのスカウト。

 ライバルである他社に取り込まれないうちに唾をつけておく。専属契約まで持ち込めれば最高だったはず。


 現状、他社が情報不足で後手に回っている間に、迅速に行動して根回ししておく。

 当然、リスクだってあるだろう。今後の《冒険者》の立ち位置……世間の印象や評判、そして政府の方針や公式見解によっては、会社にも拭いがたいダメージが入る。


 けれども、それを承知で禅上院さんは決断した。俺たち《冒険者》を利用(・・)することを。

 全く、禅上院さん(あのヒト)は本物だよ。本物の経営者だ。大企業をまとめあげるに相応しい手腕を持っている。


「現状、禅上院グループが握っている情報は、他社を大きく引き剥がしているでしょう」


「そりゃそうだ。本物の《冒険者》から直に、それもその日にあったことを報告してもらってるんだからな」


 淡々と感情を交えず、ただの事実を口にする楓先輩。それを俺は肯定する。

 もしもこの条件で遅れをとるようであれば、それは相手側が規格外に優秀なのか、それともこちら側が無能なのかのどちらかだろう。


「そして現在、日本……いえ、世界に存在する《冒険者》はたった百人。今後は増えていくかもしれませんが、現時点では世界で一番希少な人材に他なりません」


「だから囲い込む……か。もしかして他の《冒険者》にも、似たような話がいってるのか?」


「はい。今朝までの時点で住所が割れている、私たちを除いた《冒険者》十一名全員にスカウトが行っているはずです」


 そんなに居場所がバレていたのか……これは禅上院グループの調査能力に驚嘆するべきなのか、恐るるべきなのか。もしくはガバガバな個人情報を嘆くべきなのか。


 《冒険者》なんて、隠そうと思えば幾らでも隠す手段はあるからなぁ。自分から名乗りをあげない時点で、ほぼ誰にも気づかれない。


 俺が思うに、本来ならば今回の話はもう少し時間をおいて情報の精査を行い、秘密裏に行うはずだったのではないだろうか。

 それが狂ったのは、予想を遥かに越えて《冒険者》の存在が公になるのが早かったから。そしてその原因の一旦は、まず間違いなく俺たち……と言うか楓先輩にある。


 これには禅上院さんも頭を抱えただろう。もしかしたら昼間の一件は、彼なりの八つ当たりも含まれていたのかもしれない。

 お前がこの高校に在籍していたせいで、娘が余計な行動を起こした……と。


 俺からすれば、完全にとばっちりなのだが。むしろ俺の方が被害者として名乗りを上げたい。


「父様は昨晩、私に言いました。『これからダンジョンは、世界に誇る新たな産業になる』と」


 ダンジョンが……産業。


 その楓先輩の発言は、イヤに俺の耳に残った。



 

 

 今回の話は経済のけの字も知らない作者が書いた話ですので、矛盾点や間違いがあってもそっと感想欄で教えてください(汗

 

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