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12 小鬼の迷宮1F-ボス戦1

 



「クロード、左から回り込め!」


「グルガァッ!」


 《冒険者》と魔物、両陣営が一斉に距離を詰め合う中、やはり最初に敵と接触したのはクロードであった。


 俺の指示通り、大きく集団を回り込むような軌道で部屋を駆け抜けた黒狼は、側面から一番外側にいたゴブリン一体に襲いかかる。

 既に俺たちの存在は相手に認識されているため、不意打ち時の攻撃力を上げる【暗殺】の技能は意味をなさない。

 しかし、クロードにはそれを補っても余りある武器(スピード)があった。


「ガアァアアッ!」


「ぐぎゃぷぇ!?」


 クロードの速度に反応できなかったゴブリンが、その喉に食らいつかれて間抜けな悲鳴を上げる。

 それが動揺として伝わったのか、ゴブリンたちの足が僅かに鈍り、隊列が乱れた。


「よそ見は禁物です……よぉ!」


 そのあからさまな隙を、血に飢えたカエデが見逃すはずもない。

 片手持ち、両手持ちを切り替えられるバスタードソードの長所を最大限に活かしながら、彼女はゴブリンの集団へと真っ正面から斬り込んでいった。


 彼女が剣を振るう度、視界の何処かで血煙が昇る。悲鳴が上がる。ゴブリンの肉体の一部が飛ぶ。

 それは良くできた映像作品のようで、しかし圧倒的なリアリティを有した現実だ。


 まったく。どうして彼女は、あの惨状の中でああも平気でいられるのだろうか。秘訣があるなら伝授してもらいたいものだ。

 生々しい光景にまたもや吐き気が込み上げてくるが、それを飲み込みながら俺も遅れてゴブリンの集団へと突撃する。


 無理はしない。無茶もしない。

 ただ、俺にできるだけのことをするだけだ。


「はあぁぁああああっ!」


 いつしかの時と同じように、俺は手にした杖を剣に見立てて剣持ちゴブリンへと殴りかかった。

 クロードとカエデのお陰で不意を打てたからか、綺麗に頭部へと吸い込まれるよう叩きつけられる杖。クリティカルだ。


 ボキョンと奇妙な音と手応えと共に、大きく頭部を陥没させるゴブリン。

 それが倒れる姿を最後まで確認せず、俺はその隣に位置していた次のゴブリンの胸へと突きを放った。


 しかし――


「がへへっ!」


「っ! もしかしてコイツら、外の奴らより反応良いんじゃないの!? 動きが違うんですけど!」


 流石に、そう甘い話はないと言うことか。仲間を殺されて注意を向けられた状態では、俺の攻撃もかなり余裕をもって避けられてしまう。

 その際、ゴブリンの鳴き声がこちらを嘲笑っていたように聞こえたのは、決して気のせいではないだろう。


 よし決めた、こいつは俺が仕留める。誰にも譲ってやるものか。


 お返しとばかりに振るわれた剣を、杖を盾代わりにして防ぎながら、俺は愚痴混じりの情報を叫びながら仲間の様子を確認した。


 クロードは……大丈夫だ、問題ない。と言うか、そこに問題があった方が不味い。

 自身の長所をよく理解しているのだろう。クロードはそのずば抜けた速度でゴブリンたちを翻弄し続け、一匹ずつ首筋を噛み千切ることで仕留めていっている。

 当然、その身体には掠り傷一つ無い。自慢の相棒だ。


 カエデの方は……いつの間にか事前の宣言通り、ボスのゴブリンソルジャーと一対一の戦いを繰り広げていた。が、あれは完全に楽しんでるな。


 顔どころか全身から喜色を浮かべながら、絶えず剣を振るい、剣を防ぎ、位置を頻繁に入れ換えながら戦うカエデとゴブリンソルジャー。

 体格的にはほぼ互角。扱う武器の関係上、ゴブリンソルジャーの方が一撃が重く、代わりに動きが若干遅い。

 カエデはその隙間を突くよう素早く斬撃を重ねていっているが、相手もさるもの。負っているのは浅い傷ばかりで、それも見る間に回復していっている。


 恐らくは【自己治癒】の技能でも抱えているのだろう。厄介な。

 どちらにしろ、どちらも決定打にはほど遠い状況だ。決着まで、あそこはまだまだ時間がかかるだろう。


「つまり戦いを終わらせたければ、俺が頑張るのが一番手っ取り早いってことなんだろうけど――なっ」


 腰の辺りへと突き出された剣を後ろに二歩ほど下がることで回避しながら、俺は一つ舌打ちをする。

 現状、一番余裕がないのが俺だ。やはり後衛の魔術師職が前衛で戦うのは荷が重い。


 今はなんとか騙し騙しやっているが、徐々に周囲を取り囲まれ始めている。気を付けてはいるが、もしも完全に包囲網が完成したら……ゾッとする話だ。


「それしても、武器を持つだけでこうもゴブリンが厄介になるとは」


 一撃、運が悪ければそれだけで死ぬと言う恐怖と緊張感。

 そして背丈の関係上、腰や足などの低くて防ぎづらい位置に飛んでくる攻撃は、俺の精神を容赦なく削り取っていく。

 正直、俺は既にゴブリンたちへ接近戦を挑んだことを後悔し始めていた。


 だが、それももうそろそろ終わりのはずだ。


 クロードの活躍により、確実に取り巻きの剣持ちゴブリンは数を減らしている。もはや最初の時点の半分近くまで減っているだろう。

 俺にできることは、それまでの間にコイツらの注意を引き付けておくこと。死なないこと。そして取り巻きを全滅させた後、カエデと一緒にボスの討伐に回ることだ。


 すべては順調。そう、何も問題なんてありはしないのだと、自らを奮い立たせる。





 ――だが。


 そんな俺の思考を絶望的に裏切るような出来事が、この後、巻き起こった。


 パアァァ……と。


 突如として俺の視界の片隅で、大量の光の粒子が発生する。

 それはまるで、俺たちがこのボス部屋に足を踏み入れた際、魔物たちが現れた時の光景を再び見ているようで……。


「なっ……まさか!?」


 頭の中を突き抜けた嫌な予感に、俺は目の前のゴブリンを杖で殴り倒しながら部屋の中央を確認する。

 そこには転移門によく似た円陣が浮かび上がっており、次の瞬間には新たな大量の剣持ちゴブリンがその場に発生していた。


「この取り巻きたち、もしかしなくてもボスを倒すまで無限湧きするのか!?」


 明らかになった事実に、俺は目の前が真っ暗になりかける。


 最悪だった。これではカエデがあのゴブリンソルジャーを下すまで、俺は延々と剣持ちゴブリンを捌き続けなければならない。

 しかし、こちらの要であるクロードには、召喚時間制限という逃れられない絶対の枷があるのだ。


 最初は三十分以上の余裕があったから安心していた。

 だが戦闘を開始してから、はたして今までにどれ程の時間が経った? 五分か? 十分か? もしかして二十分か?

 わからない。確かめたいが、それを許してくれるほど相手は優しくないだろう。


 疑心は焦燥を呼び、焦燥は俺の動きから精細さを奪って行く。負のループである。

 これまでは問題なく防げていたゴブリンの攻撃が掠るようになり、徐々に俺の身体には傷が増え、血が滲むようになってた。


「くっそぉ! お前ら邪魔だぁっ!」


 思わず焦りが罵倒となり、口をついて飛び出してくる。

 俺も必死になって応戦していたが、必死になることは即ち、余裕を失って後がないことと同義だ。


 そして……ついに致命的な一撃が俺を捉えた。


「ぐげぎゃあ!」


「――ッッ!! ああああぁぁああああああああああああぁあっっっ!!!」


 ズジュッ――と、意識外だった側面から突き出された刃が、俺の左腕に深々と突き刺さった。


 まるで熱した鉄板を押し付けられ、内部をグチャグチャに掻き回されるかのような激痛。

 それは一瞬で神経を駆け抜け、焼き切り、俺の脳内を蹂躙した。


 反射的に腕を振るい、右手に握っていた杖で刺してきたゴブリンを殴り付ける。その反動で剣が抜け落ちると、俺の腕からは大量の血液が溢れだした。


 ヤバイ……ヤバイヤバイヤバイ!

 最悪だ。ここで負傷なんてしてたら、これ以上ゴブリンたちを相手にできなくなる。


 認識が甘かった。ロクに情報を集めてもいなかったのに、俺はボス戦を通常の戦闘と同じだと早とちりしてしまっていた。今までが上手くいきすぎていたのだ。

 慢心も油断もしない。そう決意していたはずなのに、俺はいつしかその愚を犯していた。数十分前の俺を殴り飛ばしたくなる。


「撤退だ! 今すぐこの部屋から逃げるぞ!」


 咄嗟にそう叫びながらゴブリンの包囲網を抜けようとするが、その途端に自身の足が致命的なまでにふらついていることを理解する。

 生まれてから今まで、感じたことの無いほどの痛みで意識が霞んでいた。視界が噴き出した汗と涙で滲み、グラリと身体が揺れる。


 遠くでクロードが吠える声が聞こえてくるが、駆けつけてくれるまでに俺が生き残っていられるか……少なくとも、周囲を取り囲んでいるゴブリンたちは容赦してくれないだろう。

 俺は決死の思いで杖を振るうが、それも現在に至っては考えてのことではない。ただ恐怖に突き動かされているだけだ。


 チクショウ……こんなことなら、先の休憩時間に勿体ぶらず、ポイント消費して能力を強化しておくべきだった。

 今更ながらの後悔がドッと押し寄せてくるが、『後から悔いる』と書いて後悔と読むのだ。


 つまりはもう、手遅れ。


「――はっ」


 俺は自身に迫り来る無数の刃の煌めきを視界に捉えながら、乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。


 そして――





「――きゃは、きゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっっっ!!!」


 狂ったような笑い声をあげながら、そのすべてを斬り払い、斬り捨て、ついでとばかりにゴブリンの首をはねて返り血に染まるカエデの後ろ姿を見た。



 

 

 今回の原因

・情報収集不足

・自陣の戦力確認不足

・慢心

・慢心(大事なことなので二度書きました


 何だかんだ言いつつ、やはりゲームだろと甘えが残っていた主人公。手酷く失敗しました。このポンコツめ。


ウサギ「あーあ、紙装甲の魔術師職が前線に出るからこうなるんだよ」


 

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