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10 小鬼の迷宮1F-3

 



 転移の光が晴れたとき、俺は見覚えのある石造りの小部屋に禅上院先輩と立っていた。

 薄暗い空間。肌を撫でていく涼風はカビのツンとした臭いを運び、ここが紛れもないダンジョンだと教えてくれる。


 どうやら無事にパーティー単位での転移は成功したようだ。まあ、元から疑ってはいなかったけど。


「……【召喚(サモン)・《黒狼(ブラックウルフ)》】」


 その非現実的な光景に、一瞬だけ、現実世界に残してきた斎藤と笹倉さんの顔が思い浮かぶが、すぐに首を振って思考を切り替える。

 ここは既にダンジョンの中。気を緩めるわけにはいかない。


 すぐに俺は数ある職業の中、【召喚士】だけの特権である【召喚術】を発動。昨日契約したクロードを召喚する。

 すると、今までは周囲を興味深そうに眺めていた禅上院先輩が、目を輝かせながら詰め寄ってきた。


「わぁ! 贄神さん、この子は何ですか?」


「こいつは召喚獣で、俺の相棒ですよ。と言っても、現状は頼りっきりになってますけど」


 俺の説明を聞きながら、通常の大型犬よりもさらに体躯のよいクロードに、彼女は物怖じせず抱きつきにいく。

 その顔は幸せそうに蕩けきっており、あまり先輩を慕う人には見せられないなと思った。


「ふふ……この滑らかな手触りに、艶やかな毛並み。そしてその下には、しなやかながらも硬い筋肉を感じます。それに……濃密な血の匂いも。私の屋敷にも、番犬として一匹欲しいくらいの名犬ですね」


「いや、あげられませんよ。それにクロードは狼ですから」


「ああ、残念です……」


 俺は何となく迷惑そうな顔をしている気がするクロードの首から、腕を回して抱きついていた禅上院先輩を無理矢理引き剥がす。


「それよりも、です。召喚獣は召喚時間に制限があるんですよ。クロードを愛でるのは休憩時間にもできるんですから、今はダンジョン攻略を進めましょう」


「そうなんですか……それなら、名残惜しいですけど」


 俺の言葉に、心の底から残念そうな表情を浮かべる禅上院先輩。

 しかしその直後、彼女の顔はその容姿に違わぬ怜悧なものとなり、鋭い眼差しで小部屋から繋がる通路の暗闇を射抜いていた。


 その様子に、ああ……やはり禅上院先輩も俺と同じ《冒険者》なのだ、と言う事実を再認識する。


 これは勝手な持論だが、《冒険者》の本当の価値は、ダンジョンに挑む態度で決まると思う。

 どれだけ強くとも、どれだけポイントを稼げようとも、ダンジョンにおふざけ半分で……つまるところ舐めて潜るような奴は、いつか手痛いしっぺ返しを受けるだろう。


 遊び心をなくせ、とまでは言わないし言えないけど、最低限の警戒心は常に持っておきたい。


 その点で言えば、禅上院先輩は十分以上だった。少なくとも俺から見て、今の彼女から油断の類は感じられない。

 負けていられないな……と、気合いを入れ直した俺は、まずデバイスを呼び出してマップ機能から現在位置を確認する。


「ここは……俺が昨日、最後にたどり着いた小部屋ですね。一階層のマップは全体の大きさから判断して、既に四分の一程度は埋めてあります」


「素晴らしいですね、贄神さん。それでは、案内の方をお願いできますか? 私は昨日は《鼠の迷宮》に潜っていて、このダンジョンは初見なのです」


「わかりました」


 これもパーティーの強みだろう。手早く互いの情報を交換した俺たちは、縦横三メートルほどの通路へと足を踏み出した。

 先頭は索敵兼奇襲警戒にクロードが。その後に禅上院先輩が続き、最後の殿を俺がつとめることになる。


 そして、探索開始からさほど時間を空けずに……。


「――グルルルルル」


「どうやらクロードが敵を見つけたようですね。鳴き声の長さからして、あの角を曲がった先でしょう」


「早いですね。それに距離までわかるのですか?」


 足を止めたクロードの唸り声から、おおよその位置関係を割り出した俺の報告に、禅上院先輩は軽く目を見開いた。

 まあ、その気持ちは俺にもわかるので、苦笑しながら小声で肯定する。


「賢いんですよ、こいつは。もしかしたら人間よりも。お陰で昨日の探索は随分と捗りました」


「それはまあ……本気で一匹、欲しくなりそうです」


 それにクスリと笑い返しながら、彼女は背中の剣を抜く。鈍い鉄の光沢が薄暗いダンジョンの中で輝き、それに伴って俺たちの意識が一段上へと上昇する。


「最初に【暗殺】技能持ちのクロードが奇襲をかけます。先輩はその後に続いてください」


「わかりました。贄神さんは?」


 一緒に行きませんか? と口に出さずとも伝わってくる提案に、俺は頬を掻きながら答えた。


「俺は【召喚士】ですから。基本は召喚獣に任せますよ。ただ、足手まといになるつもりはありません。禅上院先輩達を抜けて俺の方に来ても、時間稼ぎくらいはしてみせます」


「なるほど……では、私とクロードちゃんの競争と言うわけですか」


 と、そこで。


 ニィィ――っと、先輩が今まで見せたことのない類いの笑顔を披露する。

 例えるならば……そう、獲物を見つけた肉食獣が浮かべるような、あれだ。


 あれ? 先輩の周囲の空気が……少し変わった?


 ふるっ……と。気づけば軽く震えていた腕を押さえつけ、俺は笑みに気づかなかった振りをしながら一つだけ訂正をいれる。


「そう言えば……もうここはダンジョンですから、互いに実名呼びはやめましょう。俺の冒険者名はソーマです」


「あら、言われてみればそうですね。それでは改めて……私の名はカエデ、《冒険者》です」


 パチンっ、とお茶目に片目を瞑りながらの自己紹介に、俺は目元を緩める。やはり先程の感覚は勘違いだったのだと。

 そして指折りでカウントを取り始め――


「――三、二、一……ゴー!」


「さあ、行きますよ!」


「グルルァ!」


 ゼロの合図と共に、二人と一匹は駆け出した。


 やはり最初に飛び出したのはクロード。四肢で床をつかみ、ぐんと一気に加速する。

 昨日でその動きにもある程度は慣れたが、やはり驚異的な速度だ。


 続くはバスタードソードを構えたカエデ。戦士系職業の面目躍如と言ったところか、クロードには及ばずとも同じ《冒険者》の俺を引き離していく。


「グァッ!」


「ぐぎゃひ!?」


 真っ先に角を回り込んだクロードの姿が見えなくなると、ほとんど同時にゴブリンの悲鳴が届いてくる。

 これで一匹仕留めた。死体を見てはいないが、それだけの信頼をクロードには置いている。


「まっけませんよぉ!」


「ぐげひっ!?」


 次に聞こえてきたのは、気合いの入ったカエデの声と、同じくゴブリンの悲鳴。ただしこちらはべチャリと床に何かが飛び散る生々しい音が合奏(アンサンブル)していたが。


 最後に俺がようやく角を曲がったとき、戦闘はほぼ終了していたと言っても過言ではなかっただろう。


「――ッ!?」


 だが同時に、俺は口元を押さえて目を見張った。


 そこで倒れていたゴブリンの死体は、主に二種類に分けられる。

 綺麗に首を噛み砕かれた死体と、身体の一部が欠損している斬殺死体だ。両方合わせれば十匹近い。

 どちらがどちらの成果かは、一目見るだけでわかる。


 予想はしていたが、そのあまりの……いや、予想以上の惨状に、軽く吐き気を覚えた。

 クロードの倒し方はまだ上品な方だったのだと、この現場を見て俺は理解する。


 しかも、それを巻き起こしたのがあの天然さでは右の出るものがいないカエデだと言うのだから、二重の意味で驚きだ。


「これでぇ――終わりですっ!」


 そして、この場で生き残っている最後の一匹に向けて、彼女は大上段から大きく振りかぶった剣を叩きつける。

 腕を持ち上げて防ごうとしていたゴブリンは、憐れ、その腕ごと胸を斜めに両断された。


 ズルリ、とゴブリンが二つに別れる。その断面からは大量の鮮血と、内臓らしきものが零れていた。


「……ふー、スッキリしましたー。クロードちゃんとの勝負には負けちゃいましたけど」


 血と肉と死体が散乱する通路で、全身をゴブリンの返り血に濡らしながら微笑む彼女の姿は、控えめに表現してもかなりのホラーであったろう。


「それにしても……この匂い、手に伝わる肉を切り骨を砕く独特の感触、そして身体にかかる生暖かい血潮……」


 魔物の濃密な血臭が立ち込める中、すぅぅ……と、カエデは大きく息を吸い込み、頬を上気させてうっとりとした顔を見せる。

 その光景に、ゾクリッ――と、先程の感覚がより強くなって俺の身体の芯を震えさせた。


「嗚呼……やはり堪りません。この一瞬のために、私は生まれてきたのでしょう」


 貴方もそうは思いませんか? と、ニッコリ微笑みながら尋ねてくる彼女は、どう言葉を尽くしても狂っていると言わざるを得ないだろう。


 そして思い出す。俺が吸い込まれそうだと思った彼女の瞳――黒みがかった紅色は、紛れもない血の色だと言うことを。

 テラテラと色っぽく濡れるカエデの瞳は、以前見たときよりも妖しく輝いていた。


 救いと言えるのは、彼女のこの戦闘狂(バトルホリック)……もしくは血に飢えた性質は、ダンジョンの魔物を相手にした時にしか表に出てこないことだろう。

 正直に言えば、恐い。今すぐパーティーを解散して、この場を離れたいという叫びが胸の内で大きくなってきている。


 ……けれど。


「……ははっ。まあ、今さら嫌ですとは言えないよな」


 全身の至るところに血を飛び散らせながらも、不相応に無邪気な笑顔を浮かべるカエデを目にして、俺は渋々ながら覚悟を決める。


 それに……一人くらい変わり者のメンバーがいた方が、冒険も面白くなるだろう。きっと。多分。恐らく。メイビー。


「さて。もうここには用がないですから、早いところ移動しましょう。時間は有限ですよ」


「はい、了解しました。……あの、それで、出来ればでいいんですけど、クロードちゃんに魔物の多い道を優先して通るようお願いできませんか?」


 パンパンと、手を叩いて注目を集める。

 その後、カエデから上目使いにおねだりされた内容に苦笑しながら、俺たちはダンジョン探索を再開させた。





 そして、それから一時間と少しの時間が過ぎた頃。

 そろそろ撤収を考え始めていた俺の目の前に、一際大きな扉が現れた。



 

 

 レベル1のダンジョンの一階なんてこんなものです。後衛職の主人公が一対一で勝てたのは伊達ではありません。

 難易度的には、ポイントによる一切の強化なしで踏破できるくらいでしょう。いわゆるチュートリアル。

 ただし、ちゃんと準備を整えて情報を確保していれば、ですけど。


 そしてあらわになる禅上院先輩の本性。血の匂いには本当に敏感です。

 

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