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01 非日常への招待状

 



 それは、何の変哲もない日曜の休日のこと。

 珍しくブラックな職場から休みをもぎ取ったらしく、久しぶりにその疲れ切った顔を見た社会の家畜(サラリーマン)な父さんを含め、家族全員がまだ新築の香りが残る自宅のリビングに揃っていた時のことだった。


 昼間っからだらりと打ち上げられたクジラのようソファーの一つを占領し、テレビから垂れ流されるニュースを流し見る父さん。目が虚ろだ。放っておくと幽体離脱しそうな顔をしている

 どうにも、よほど日々の激務が堪えているらしい。だから一戸建てマイホームは時期尚早だと忠告したのに。

 男の夢なのはわかるし、こうして集合マンションから綺麗な庭付き一軒家に住めるのは嬉しいけどね。それで身体を壊したら元も子もないぞ。


 対して、リビングから繋がるキッチンにて、上機嫌に昼食の準備をしているのは母さん。この匂いからして、メニューはカレーかな?

 身内贔屓な色眼鏡が入るけど、母さんは結構な美人だ。近所でちょっとした評判になるくらいには綺麗で、料理洗濯掃除とこの家の家事を一手に引き受けている。

 おまけに普段は慎ましやかな性格をしているので、ある意味でこの世の男の理想を体現したような女性だろう。自慢の母だ。


 逆に、父さんは何処にでもいそうな、うだつの上がらない真面目だけが取り柄の平凡な男。正直釣り合っていないように見えるけど、実際の夫婦仲は結婚後二十年近く経った今でも熱々だ。

 父さんが無理をしてでも一戸建てのマイホーム購入に踏み切ったのも、母さんが建築会社関連のチラシを見て「広いキッチン……良いわねぇ、使ってみたいわ」と誰にともなく溢していたからであることを、父さんと一緒に盗み聞きしていた俺は知っている。


 そんなわけで、最近念願の広いキッチン(自分の城)を手に入れた母さんの機嫌はうなぎ登り。毎日の食事もちょっと豪華になって俺もハッピーと、父さんの犠牲は無駄になっていないことを主張しておく。


 そしてもう一人、この春で中学生になった妹の真由(まゆ)は、最近買ってもらったスマホがお気に入りらしい。今も父さんとは別のソファーにうつ伏せで寝転がり、画面と慣れないフリック操作で格闘をしている。

 あ、足バタバタさせんなよ。スカートなんだからパンツ見えんぞ。……水色か。


 ぱっちりとした丸い瞳に、愛嬌のある小さな唇。頬は淡い桃色に染まり、腰まで伸ばしてツインテールにしている髪や白い肌との対比が目に眩しい。

 真由は見た目だけなら十分に母さんの遺伝子を継いでいるのだが、どうにも性格(なかみ)の方は上手くいかなかったようだ。活発、溌剌、猪突猛進型のワガママ娘。おしとやかとは間違っても言えない。


 そんな一家団欒の光景を、食卓用のダイニングテーブルの椅子に座りながら眺めていた、この贄神(にえがみ)家の長男である俺……贄神 創真(そうま)は、ふぅ、と一つ息を吐きながら呟いた。


「ああぁー……平和だなぁー」


 と。


 客観的に考えるならば、ウチは豊かで幸福な家庭に分類されるのだろう。

 日々を仕事に奔走されながらも家族への愛情を忘れない父さんに、そんな夫を影から支える美人の母さん。反抗期なのか最近は生意気盛りの可愛い妹と、新築一戸建てな我が家。これで庭と白い犬が付いていれば完璧だな。


 俺は世界に名だたる大企業の御曹司というわけでも、地元の名士の跡取り息子というわけでも、政治家や医者の子供というわけでもない。

 それでも、恵まれている。

 自身をそう評価するのに、何の躊躇いもなかった。


 ただ……だとしても。


「はぁ……」


 と、俺は二度目のため息をついた。

 贅沢な悩みだとはわかっている。誰かに聞かれれば、人生舐めてんのかと説教されることは必至だろう。


 けれども、この平和で平穏で安穏とした日常を享受してきた俺は、同時にこうも思っていた。


 すなわち――退屈だなぁ……と。


 ここの近所は平和で事件らしい事件は起こらないし、俺の通ってる高校はユルい校風で部活だ勉強だと生徒を焚き付ける教師もいない。

 突如として宇宙人がU.F.Oで攻めては来ないし、怪獣が現れて町中が戦場にもならない。特殊な力を持った人が影ながら平和を守ってるなんて話も、俺の知っている限りでは聞いたことがない。


 いや、最後の三つはスケールがおかしくなってるけど。

 つまるところ、俺は何も起こらない毎日に退屈していたのだ。


 何かの趣味に打ち込めたなら良かったのだろうけど、生憎と俺に趣味らしい趣味はない。

 一時期は友人に勧められてネットゲームやラノベなどにも手を出してみたが、面白いと思えどのめり込むほど深く填まることはなかった。


 そんな俺のことを、周囲の皆は淡白な奴だと言う。


 違う、そうじゃないんだ。俺だって何か一つのことに熱中して、些細な出来事に一喜一憂するような生活がしたい。

 高校から下校する時、帰宅部の俺と違って運動部に所属している生徒たちがグラウンドで活動している声を聞き、何度羨ましいと感じたかわからない。

 ただ、何事にも本気になれない俺がそんな中に入るのは、真剣に練習している彼らに不誠実だと。そんな風に考えてしまうと、どうしてもあの中に混じる気にはなれなかった。


 はぁ……何か一つでもいい。俺が夢中になって、熱中して、ド嵌まりして、のめり込めるようなものはないだろうか。

 そんな風に胸の内で愚痴っても、都合よく世界が変わるなんてことはあり得ない。わかってる。だからこれは習慣だ。癖のようなものなのだ。


 ……いや、ものだったのだ。


 意図するところなんて何もないし、むしろこれで神様が目の前に現れて「お主の願いを叶えて差し上げよう」なんて申し出られても、喜ぶより先に困惑するだけだろう。


 しかし、その日、その時だけは、運命とやらは俺に微笑んでくれていたらしい。

 ただし、頭の方に『数奇な』なんて単語が並びそうだが。


 ポンッと。唐突に。軽快な音をたてながら。

 ダイニングテーブルに肘をつきながらリビングを眺めていた俺の目の前に、それは現れた。


「……は?」


 形状的には、黒の薄い箱と表現すべきだろう。手のひらに収まるほどの大きさで、片面は液晶と思われる画面になっている。

 もっと簡潔に例えるならば……そう、それは今も真由が操作している、スマホに酷似している形をしていた。


 何だ? 一体何故? 何処から?


 混乱した思考は収拾がつかず、声も出せずに呆然としていた俺を揺り動かしたのは、他でもない妹の叫び声だった。


「はあ!? チョット何これ!?」


「うぉっ!? 何だ何だ!?」


 続いて、父さんの驚愕の声も届いてくる。

 そちらへと顔を向けると、そこには怒ったような表情でスマホの画面を睨み付ける真由と、ソファーから飛び起きた父さん。


 そして最後に。

 先程まではニュース番組が流れていたはずの、現在はやたらとカラフルな色合いをしているデフォルメされたウサギのキャラが映し出されたテレビがあった。

 意味がわからないよ。


『『やあやあ、日本中の良い子の諸君! 私の名前は「ラッキーラビット」、ヨロシクね!』』


 状況が飲み込めず俺が困惑している内に、テレビの向こうのウサギはピョンピョン跳ねながら自己紹介してくる。

 ……いや、よく耳を済ませると二重に聞こえるな。テレビ以外となると、もしかして真由のスマホか?


 俺が覗き込むよう真由の手元を確認すると、予想通りそこにはリビングのテレビと同様、あのカラフルデフォルメウサギが映っていた。


 先程の反応からすると、これは真由にとっても父さんにとっても意図外の状況なのだろう。

 もしかすると俺のスマホも被害を被っているかもしれないが、生憎と今は二階の自室で充電中だ。確める術がない。


『『さぁて、みんな驚いていると思うけど、これは私が電波を乗っ取ったからであって、決してテレビやパソコン、携帯端末の故障じゃないんだからね。そこは安心していいよ』』


 いや、安心できる要素が皆無だよ……と、俺は口に出さず胸の中で呟いた。

 つまりその気になれば、このウサギを背後で操る奴は、少なくとも我が家の電子機器を外から良いように弄べると言うことである。


 だが、本人(ウサギ?)は最初、『日本中の』と言っていた。

 これが冗談の類いではなかった場合、文字通りこいつは日本の情報ネットワーク、つまりライフラインの一つを掌握しているに等しい。


 ふざけた外見や言動とは想像できないほど、このウサギの存在は危険だ。


 つっー、と冷や汗が背中を伝う感触を覚える。

 しかし同時に、俺は不謹慎ながらも身体が疼き、血が騒いで熱を発しているような思いも感じていた。


 どうしてか?

 決まっている。何か大きな事件の予感を感じ取ったからだ。

 どんな言葉で誤魔化そうと、退屈で退屈で仕方なかった毎日に、ドデカイ大穴を開けてくれそうな気がしたからだ。


 知らず知らずの内に、俺の握っていた手には汗がじっとりと浮かんでいた。


『『まあまあ、長話をして嫌われちゃうのは嫌なので、簡潔に用件だけ伝えよう!』』


 ピョーン、と画面のなかで一際大きく跳び上がり、空中で一回転してから器用に着地したウサギは、バッと両手(両前足?)を広げて語った。


『『現時刻から、私が監修したダンジョンの解放、及びダンジョンに挑むための招待状の限定配布を開始しました~!』』


 わー、パチパチ、すっごいぞー、とやっすい自画自賛を始めたウサギに、言葉もでない様子の父さんと真由。

 だけど一人、この中で俺だけは、ダイニングテーブルの上に置かれたスマホのような外観をした端末へと視線を向けていた。


 まさか、いやまさか……あれが招待状なのか?



 

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