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天気は荒れ模様?

 次の日は小雨が降っていた。

 昨日の夜からの雨が間延びしたように降り続けている。細くて粒子の小さな雨で外の景色が霞み、遠慮がちにトタンの(ひさし)を叩いていた。

 今日の黒木さんは少し機嫌が悪かった。

 機嫌が悪かったというのは、友達への態度が悪いというわけではなく、僕と目線を合わせたときに目を細めていたり、見ない振りをして顔を逸らすといった感じだ。たぶん、昨日事が尾を引いているかもしれない。今日の天気のように。

 とは言っても、彼女が機嫌が悪くともすることは変わらない。

 僕の家に来てミシンを使い、僕はそれを眺める。

 それだけのことで機嫌が悪かろうが、良かろうが別に僕とっては何の問題もなかった。

 学校の授業が終わり次第、家に帰り彼女を待つ準備をする。

 家の用事をして、店のシャッターを開け、使う道具を用意し、後はこうして居間から店先を眺めておく。途中、香奈が友達と遊ぶと言って小学校から帰ってきたが、シャッターが開いているのを見て遊びに行くのを取りやめたらしい。

「ねぇ、お兄ちゃん。黒木お姉ちゃんってどんな人?」

 僕の隣、居間と店の間にある上がり框に足をぶらんとさせている香奈がそう聞いてきた。

「僕もよく知らないけど・・・学校ではお嬢様って感じかな」

 香奈はつまらなさそうな顔で。

「ふーん。お兄ちゃんはお姉ちゃんのこと好きなの?」

「前まではね。今はあの髪型だしなぁ・・・趣味も・・・」

「そっか。うん、そうだよね。お兄ちゃん、私やっぱり遊びに行ってくる」

「ああ、気をつけてな」

 僕が返事をすると、香奈は黒い髪を綺麗にひるがえして、トタトタと玄関へと向かっていった。

 香奈の奴もブラコンだからなぁ。僕が取られると思って警戒していたのかもしれない。兄離れするのは嬉しいような寂しいような複雑な感情だけど、そのうち香奈もそう言う日が来るんだろう。

 黄色の傘が店の窓から手を振って横切ると、数分後に赤い傘があらわれた。

 赤い傘の持ち主はキョロキョロして僕の顔を見つけると、店が開いていたことに少し驚いていたが、つんと鼻をあげてこちらを見ている。

 あ、やっぱり機嫌が悪い。

 僕は苦笑しながら彼女を招き入れるために立ち上がって店から出る。

 カランカランとドアベルが鳴り、僕の目の前には傘とビニール袋を持って腕を組んでいる黒木さんが立っていた。

「ねぇ」

 第一声。それはちょっと低くて、雷が落ちる前の曇り空のような声だった。

「なに?」

「入ってもいい?」

「あ、うん」

 少し拍子抜けしながらも彼女のためにドアを開けて、僕たちは店に入った。

 黒木さんは傘受けに傘を入れると、無言で作業台の上に鞄とビニール袋を置き、店のドアの前に突っ立っていた僕に振り返る。いつも微笑みの形になっている口は、横一本線。

「よく考えたの」

「なにを?」

「自分勝手なのはわかってるけど、できれば学校のことや家のことは言いっこなしにしましょう」

「アハハハ」

 その率直な物言いが気持ちよくて僕は笑ってしまった。

 それを聞いて黒木さんはムッとする。

「なんで笑うのよっ」

「もしかして、それ今日一日悩んでた?」

「・・・そうよ。悪い? あんな電話の切り方して自分でも良くないと分かってるけどなんだかイラッとしたの。だから自分勝手でもちゃんと言わなきゃって―――」

「わかってるよ」

 僕が黒木さんの言葉を遮ってそう言うと、彼女はすこしポカンと僕を見た。

「え?」

「だから、触れられたくないことがあるってわかってる。僕も自分の性癖を批判されたりするとイラッとするし、理由なんて誰にも話したくない」

「わ、分かってくれたならそれでいいのよ」

 黒木さんはサイドの髪を少しいじりながらそう答えた。

 やはり黒木さんは面白いな。

 からかい甲斐がありそうだ。

 本当の彼女は、自分が悪いとは分かっていても率直に言いたくなるところとか、ちょっと高圧的なところとか。全部、僕の嗜虐心をそそってくれる。

 僕はそんな心の奥に潜む何かを表情に見せないまま、彼女に笑いかける。

「僕と黒木さんはギブアンドテイクな関係だよ。黒木さんは、ミシンを使いに来る。僕は黒木さんのウィッグ姿を眺める。だから何か僕がイラッとすることを言ったら率直に言ってくれていいんだよ」

 僕は黒木さんとある取引をしている。この店のミシンや布、糸を自由に使ってもいいので、ここにいる間はウィッグで黒髪ロングヘヤーの黒木さんになってほしいと。それが僕たちのギブアンドテイク。

 その言葉を聞いて、じっと僕の顔を眺めていた黒木さんは、はぁとため息を吐いた。

「どうしたの?」

 僕が声をかけると彼女は、どことなくやるせない感じで答える。

「なんだか西郷君って大人ね。知らなかったわ」

「僕も黒木さんがこんなにも可愛いだなんて知らなかったよ」

 僕の言葉にじろりと黒木さんは目を細める。

「それ、褒めてないでしょ」

「さぁ? 僕は、黒木さんみたいにちゃんと考えてないからね。ちゃらんぽらん。僕でさえよく分かってないさ」

「西郷君はイイ性格してるわね」

「それ、褒め言葉じゃないだろうけど、褒め言葉として受け取っておく。さ、早いところウィッグ付けて、ミシン使って。時間ないんだろ?」

「そうね。そうするわ。なんだか拍子抜けしちゃった」

 そう言って黒木さんは疲れた様子で準備を始めた。

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