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 反射的に頷いてしまったけど、一体全体どうしてこうなったんだろうか。

 僕には黒木さんが理解できない。

 学年一の美人が僕の家にやってくる。いきなり話が飛躍しすぎて僕には現実感がなさ過ぎて目眩がしそうになっていた。いや、待てよ僕。これは男子高校生の最高のドキドキ、ワクワクイベントではないか。こんなことが僕に降ってわくことは一生ないと思っていた。だからこれは後悔することではなく喜ぶべきだ。

 と・・・そう思い込もうとしても駄目だった。

 今の僕は、黒木さんの黒いショートカットの髪を撫でたり、匂いを嗅いだり、食べたりしたいとは思わない。だから女性を家に連れ込むときのドキドキやワクワクといった健全な男子高校性が持つあの高揚感がない。

 ああ、綺麗な子だなって、パチパチとチャンネル変えている途中に見たテレビの中のアイドルのようだ。関心も興味もない色あせたどこかのアイドル。

 僕の家は学校から五件ぐらいの停留所を超えた先にある。駅方面よりも断然利用者はすくなく、本数もないので僕は自転車通学している。このとき運良く僕の方面のバスが学校のバス停に到着すると、僕と黒木さんは()いているバスに乗り込み、しっとりと起毛して所々剥げ掛かった後部座席に座った。湿度で濡れた窓からは、雨に霞む町並みがゆっくりと動いていく。

 僕は始終言葉少な目だったが、黒木さんは、すっかり先ほどの思い悩んだ顔が消えて、見たこともないほどはしゃいでいた。学校では口の中で笑い声を上げるようなお(しと)やかなのに、今は目を生き生きさせて僕の家に行きたい理由を話していた。

 どうやら黒木さんにも色々な事情があるらしく。僕の家に行くのは先ほど渡した高級カツラを試着したいからだそうだ。コスプレを趣味にしていることは、学校でもずっと黙っていた秘密らしく、その話し相手がいなくてつまらなかったのだと頬を膨らませて話していた。

 そんな話を生返事気味に返して僕はずっと聞いていた。

 バスには黒木さんの話し声と、低いエンジン音、それと忘れた頃に停車駅を知らせるアナウンスだけが響いてる。バスのエアコンは少し調子が悪く、ぬるい風を送っていた。

 そうしている内に家の近くにあるバス停に付近まで来たので僕は停車ボタンを押して、黒木さんと一緒にバスから降りた。

 また二人で傘を差して、田舎町の道を歩く。もうお年寄りしかいいないような寂れた町だ。

 近所には目線ぐらいの石垣が続いていて、はみ出た木の枝や庭先に咲くアジサイが滴を垂らしながら軒に並んでいた。この辺は十分田舎なので防犯の「ぼ」の字もない。お風呂上がりのお爺さんがトランクスでウロウロするのがまる見えなんて普通。

 僕は後ろから物珍しそうについてくる黒木さんに振り返る。

「そうだ、黒木さん」

 すでに俺は黒木さんを目の前にしても平常心。言葉も敬語から普通に話すようになっていた。黒髪ロングヘアーがなくなって現実を知った僕は、いまや手の平を返したように気軽に話せていた。恐るべき僕の偏愛ぶり。黒髪ロングヘアーへの幻想がなくなった途端にこの変わりよう。

「なに? 西郷君」

 黒木さんは立ち止まって首を傾げる。

「僕の家を見たらびっくりするかも」

「どういうこと?」

「まあ、来れば分かるよ」

 彼女は、ん?と首を傾げるが、僕が先に歩くので慌てて水たまりを避けつつ追いすがる。



 傘を叩く雨滴の音楽を聞きながら歩くこと十分。僕は自宅へ辿りついた。

 僕の家の前で黒木さんは口をあんぐりと開けていた。

「もしかして・・・ここが西郷君の家?」

「そうだよ」

 僕の家は一部を除いてど田舎の日本家屋そのものだ。築年数が古くて、雨漏りや庭先の草むしりをしなければならない手の掛かる奴だが、僕にはとても愛着がある。

 正面にはシャッターがピッタリと下りて、そのすぐ右横の石垣の門を通り抜けてアジサイと石畳みの小道を進むと玄関に辿りつく。玄関も引き戸で格子状の木製に磨り硝子がはめ込まれているクラッシックな物。鍵も今時なら百円均一に売っている南京錠の方が、しっかりしてるんじゃないかってぐらいのちゃちな鍵だ。十円玉みたいな鍵穴一つ。

 だが黒木さんはそんなことに驚いてはいなかった。

 彼女は、目を見開きそのシャッターの上に掲げられた看板を見ている。

「西郷君・・・貴方の家は・・・」

「うん、驚くと思った。僕の祖父はむかし洋服の仕立屋をしていたんだ。西郷洋裁店ってね。古いけどミシンとかも全部揃ってるよ」

 彼女は自分でコスプレする衣装も手作りをする生粋のコスプレイヤー。しかも家が厳しくて作るときは家庭科部のミシンをこっそりと使っているらしい。クラスのアイドルが放課後、部員達のいない家庭科室でアニメキャラのコスプレ衣装を作っているなんて誰が想像できるだろうか?

 つまり、彼女にとってこの家はまさに夢のような場所なのかもしれない。

 赤い傘の下、ごくりと生々しく白い黒木さんの喉が鳴った。

 そして、何かを呟き、黒木さんは僕の方へ振り返った。

 それは黒髪ロングヘアーじゃないのがもの凄く悔やまれるほどの笑顔。もし、四日前の黒木さんにそんな笑顔を向けられたら僕は心臓が止まって死んでいただろう。それぐらいの飛びっ切りの笑顔だった。

「西郷君・・・好きです。付き合ってください。でも皆には内緒ね」

 僕はその吸い込まれそうなほどの清々しい笑顔に、同じような顔で笑っていた。

「お断りします」

 僕はもう一年以上の恋心が晴れ上がり、学校で人気者の黒木さんなんていう厄介極まる人と付き合うなんて御免被りたかった。僕は平穏で秘密が守られるいつもの日常を愛しているんだ。

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