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二つの傘の下校

 放課後の下校道。静かに響く雨の音。

 灰色の垂れ込めた雲から落ちる滴が、アスファルトに飛沫を作り、波が幾重にも折り重なっていた。その景色の中、赤と紺の二つの傘が仲良く雨を弾いている。

 雨音は静かに、心地よく響いている。

 だけど、僕の心は激しい後悔に襲われて暗澹としていた。

 あの理科室の後、僕たちは半時間ほど話した。最初は、何故コスプレを趣味にしているのを僕が知っているのか警戒していたようだが、適当に話を合わせると、勝手に黒木さんは一人で納得していた。

 卑怯にも僕は、その話の中で上手く自分の秘密を隠し通すことができた。

 彼女の変態性が僕の変態性に覆い被さったのだ。いや、覆い被さったのではなく一色単(いっしょくたん)に誤魔化した。早い話が、僕もコスプレが好きなオタクになった。

 それだけで僕の秘密が守られるなら安い物だ。

 コスプレ好きなオタク男子がコスプレ好きなオタク女子にカツラをプレゼントすることは不思議な話じゃないらしい。その業界では。

「西郷君はオタクだったのね」

 彼女はいつものようにお淑やかに歩きながらも、僕にだけ聞こえる声には嬉しそうな響きが込められていた。

「そうかもね」

 僕は気のない返事をして、歩きながら考えにふける。

 実は僕が苦手な物が一つある。それはアニメだ。

 僕の周りの友達は、どうしてアニメを嗜好するアニオタや軍事オタク、ロリコンといった偏りのある奴らが集まってくるが、僕はアニメを憎いんでいる。それはどうしても払拭できない僕の偏りだった。

 僕は黒木さんの趣味がコスプレであることを知って彼女への憧れが見る見る内に萎んでいった。それはもう急降下するジェットコースターのように奈落へレッツゴーだ。

 あれだけ緊張していたのに彼女の一言で僕の今は平常心。いやグラフで描くと谷間に真っ逆さま。落ち着きを取り戻した後は何故あんな物を渡してしまったんだろうという後悔。

 その原因であるカツラは、綺麗に梱包し直され、黒木さんのシックな手提げ鞄の中にしまわれていた。コスプレが趣味でである黒木さんは、僕が渡したカツラの素晴らしさを一目で看破し、嬉しそうに受け取ったのだ。

「だけど本当にちょうどよかったわ。私も髪を切ったけどロングのコスするときのカツラはまだ持ってなかったのよ。ずっと長かったしね」

 傘の中から僕をちらりと見てそう言って彼女は聞いたこともない口調と見たこともない笑顔を向けてくる。

 いや、まぁよく考えればあんな物を渡して嬉しそうに受け取って貰っただけでも幸運なのかもしれない。普通なら、悲鳴を上げて逃げても仕方ないよな。僕はそう思い込んで今回の話を有耶無耶にしようと心に決めた。

 学校の下校道は長い下り坂道になっている。坂道を折りきった先にバス停がポツンとあって、それが静かに濡れていた。周りには人がほとんどいない。雨で運動部は自主練か休部、文化部の生徒が帰るのにはまだ早い。ちらりと見える生徒達は雨で早足にバス停へと向かっていた。

 ひっそりと傘に隠れている僕たちを見とがめる者はおらず、のんびりと黒木さんと肩を並べていた。

 もしこれが、数日前の黒木さんならと、僕はため息をついた。それなら彼女が黒くて長い髪を揺らして、時に雨に濡れているのを拭く姿を拝めたはずなのに・・・。今の彼女は黒いショートヘアー。首元で切りそろえた綺麗な髪がどこか彼女を幼く見せている。

 しかし、それに僕は少しも素晴らしさや感動を感じない。むしろ、早く家に帰ってこのネガティブな感情のままに布団饅頭にでもなりたいと思っていた。

 黒木さんと一緒にする初めての下校もあと少し。バス停で別々のバスに乗って、それで今日の出来事を全てなかったことにできる。

 晴れた日には僕は自転車通学。黒木さんはいつもバス通学だ。晴れていたら学校でお別れを言えるのだが、流石に今日はバスで帰る予定。大好きな雨の中でも、メリーポピンズのようにステップダンスを踊って帰る気にはなれなかった。

「・・・バスが来た」

 黒木さんは坂道の下、少し離れた所から黄色いバスがやってくるのを見て、少し声を沈ませてクルリと赤い傘を回す。

 滴が飛んで、綺麗な円を描いた。

「ごめんなさい。雨、飛んでた」

 彼女はちょっと慌てて謝った。

 僕のシャツには線のように雨が染みている。

 僕は気にせずにバスを視線を向けて答える。

「いいよ。雨が好きだから」

「どうして?」

 彼女は、なんだか不安そうな声で聞いてくる。

 雨が好きだと言って理由を聞かれたことはなかった。

 少し考えながら。

「んー。理由はあるけど言うのは難しいなぁ」

「・・・そう」

 横を向くと、彼女は思い悩むような声でそう言ったきり黙り込んだ。

 そんな彼女をちょっと待ったけど、バスの停車時間は十分もない。早いところ乗らないと。

 「とりあえず僕は先にバスに乗るから」

 首を傾げながらもそう言って彼女の先を歩き出そうとした。

「待って」

 呼ばれて僕が振り返る。

 そこには赤い傘を差した黒木さんが思い悩むような顔で立っていた。

「どうしたの?」

 僕がそう尋ねると彼女は少し息を飲んで答える。

「もしよかったら・・・西郷君の家に行ってもいい?」

 黒木さんの思い悩む顔を初めて見てしまい、僕は何故か反射的に頷いていた。

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