妖精の涙
今でない時、ここでない場所。
誰の台詞だったか。そんな言葉がふっと浮かぶような、ただ真っ白い空間。そんな場所に、俺は寝っ転がり、空(と思われる空間)をただぼんやりと眺めていた。
どのくらいの時間が経っただろうか。突然、老人と思われる声が頭の中に鳴り響いた。
「おお勇者よ、死んでしまうとはなさけないのう」
数多のゲームで使い倒され、最早どのゲームも避けるようになってしまった懐かしいフレーズ。俺は、そのクソ古い台詞を吐いた馬鹿を探すために立ち上がった。
「おお勇者よ、死んでしまうとはなさけないのう」
「しつこいぞクソジジイ」
言うか。さほど重要でないその台詞を二度言うか。俺は、目の前に突如現れた無駄に豪華な座椅子に座る、偉そうな老人を睨み付けた。
「こんな場所で一人かっこつけてて、恥ずかしくなったりしないのか?」
うっかり思った事をそのまま口に出して聞いてしまったが、
「もう慣れたわ」
「そうか、ならいい」
羞恥心は捨ててしまったようだった。捨てられる、という事は持っていた、ということなので俺としては問題ない。最初から持ってない奴より幾分かマシだからだ。
「寂しくは?」
「お主のような死者は十日に一度は来るでな。話し相手には困っとらんよ」
「そうか。ならい・・・くない!」
今死者って言った?言ったよな?って事は俺、死んだ?何で?
「バナナの皮を踏んづけて後頭部を強打、そのまま死亡じゃ」
うぉぉ・・・アレで死んじまったのか・・・
「あのような恥ずかしい原因で死んでしまうとは、本当になさけないのう」
「もうヤメテ・・・」
誰にも見られてなかったからいいものの、あんな恥ずかしい理由で死んでしまうとか末代までの恥晒しだよ・・・
「目撃者は五人、村報にも載ったぞい。葬式の時も皆一様に肩を震わせ、泣いているのか笑いを堪えているのかわからん状態じゃったな」
手遅れでした。
「というわけで、とっとと話を続けるぞい」
「何が『というわけで』だ。強引だな」
「話というのはアレじゃ。今流行りのチート付き異世界転生というやつじゃ」
「・・・ちょっと出遅れすぎじゃないか?」
「やかましいわ。文句ならこの世界を創りしヒヨッ子創造神に直接言うがいいわ。全く・・・しかし転生と聞いてそこまで冷めた返事をされるのも久しぶりじゃな」
「はいはい。で、俺はどんな世界に送り込まれるんだ?俺が知ってるのはVRMMOとかハーレム系とか悪役令嬢くらいだが・・・令嬢は無理か、男だし」
「悪役公爵はどうじゃ?」
「それどんなネット小説でも負け確定キャラじゃねーか」
「安価で行動を決める世界、というのはどうじゃ?」
「あれはいいものだ・・・って勝手に某創造神のネタパクんな」
「ほっほっほ、安心せい。そんな世界には送らんよ。創造神がへっぽこ故そのような異世界などまだ存在せぬ」
「嫌な理由だなオイ。っていうかまだ、ってなんだ。いずれやる気なのかそいつは」
安心どころか、話を進める程不安ばかりが増大していく。さっきからチョロチョロ出てくる創造神とやらの存在も気になるが、今はどうでもいいだろう。一体どんな世界に送り込まれるんだ俺は。
「まぁ、その辺は向こうについてからのお楽しみじゃ」
「一番重要な部分の説明をアッサリ切り捨てるな。・・・これがこの世界に於ける創造神の限界というやつか」
「そういう事じゃ。他の世界の創造神とは比較する事すら許されぬ程のダメっぷりじゃ。諦めよ」
「・・・いつか呪い殺してやる」
「頼んだぞ。ここに来た他の死者も継続的に呪詛を吐き続けておる故、いつかは殺れるかも知れぬ。儂も参加しておるしな」
「よし、俺も協力しよう」
その後二人でしばらく創造神を葬り去る計画を練った後、
「では、この箱に入っている物を持っていくがよい」
よっこらせ、という何とも残念な掛け声と共に、ジジイはでっかいつづらを取り出した。
「小さい方を寄越せ」
「何を訳の分からん事を。これしかないわい」
「ちっ」
つづらは小さい方を取れ、というばっちゃんの遺言は実行できず、か。ごめんよばっちゃん。そうやっていても仕方がないので、とっとと話を進めるために俺はつづらの蓋を投げ捨て、中身を覗いてみた。
「備品はもっと丁寧に扱わんかい。次も使うんじゃから」
「消えてなくなるよりマシだろうが。で・・・これはなんだ」
「勇者への支給品じゃが」
「ふざけんな!ショボすぎんだろ!」
つづらに入っていたのは、どっかの有名RPGを彷彿とさせる、あの棒。あの服。そして五十枚の硬貨だった。
「・・・やはり小さい方が・・・ダメ神め・・・」
「ブツブツ煩いわ。そろそろ諦めよ」
「・・・ああ、分かったよ。で?これがチート転生者に与えられるギフトか?」
「んなわけないじゃろが。『死なない』これがお主に与えられるチート能力じゃ」
「・・・」
「もっと喜ばんかい」
まぁ支給品からある程度は予想していた。所持金が半分になって王様に嫌味を言われる、たったそれだけで死を無かった事にできる能力。というか、それくらいの価値しかない命。あった方がいいのは間違いないが、嫌味に耐えられるのだろうか。
「で?これだけか?」
自暴自棄になりつつもそう問うてみると、思わぬ返事が返ってきた。
「フフフ・・・その世界の魔王を倒した暁には、儂からも成功報酬を出すぞい」
「世界の半分か」
「時々お主は変な事を言うのう。まぁどうでもよいわ。儂からの報酬はズバリ、『元の世界への復活』じゃ」
「ありきたりだな」
「流行と呼べ。馬鹿者が」
「はいはい。で?どの時点に戻れるって?」
「お主がバナナの皮を踏む直前。儂が身体を操り、華麗に回避させてやろう!」
「はっ!必ずや魔王を倒してご覧に入れましょうぞ!」
「気持ち悪いのう」
「うっさい」
毒づきつつも、内心ドッキドキ。思わずマイタケの舞を披露してしまいそうだ。知ってる世界、絶対死なない。これ即ち、絶対復活。ヒャッハー!
「あぁそうじゃ、遺骨は元の世界とこの天界を繋ぐために必要な触媒となる故、無くさぬよう取扱に注意せよ。それじゃあの」
「この状況でどうやって?」
突然出てきた遺骨の話に何か引っ掛かりを覚えたが、それも急速に失われる光と意識と共に消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気が付くと、目の前に広がっていたのはどこかしら陰気臭い草原。あれ?思ってたのとちょっと違うな。王様の前とか、実家のベッドの上とかだと思っていたんだが・・・まぁちょっとスタート地点がずれた所で問題はないだろ。歩いていればそのうち知ってる町に着くはずだ。
・・・いや、俺はこの風景を知っている。・・・あのゲームだ。
その名も、『妖精の涙』。最大四人同時プレイが可能で、協力プレイでワイワイプレイするもよし、アイテムの取り合いでギスギスプレイするもよし。サービスは終了してしまったが、やり込み要素が多い上、運営が残したロビーのプログラムという置き土産のおかげで、未だに熱狂的なファンが存在する・・・『横スクロールアクションRPG』。確かにあの支給品はあのゲームの初期装備でもある。
「おいおいマジかよ・・・」
ほんわかゲーを連想させるタイトル名とは裏腹に、ソロでは絶対にクリアできないとまで言われ、タイトル名につられて寄って来たプレイヤー(特に女性)の心を鷲掴みどころか片っ端からへし折っていった伝説の死にゲーだ。
自慢だが、俺はこのゲームをソロでクリアできる。それくらいやり込んだ。それを友達に自慢したら嘘つき呼ばわりされたので、ついカッとなって実況付きのノーカット動画をアップした所、俺は嘘つきから神へと進化し、大金まで手にしてしまった。
なんて世界に飛ばしてくれたんだ。クソジジイも一緒に滅べ。
兎に角、これ以上ここにとどまっていては死ぬ。開始直後から殺しに来るゲームなのだから。まずパーティメンバーを探さないと死ぬ。ソロクリアは条件に入っていない。四人なら何とかなる。はず。
そう思い、マッチングが行なえる最初の街のギルドを目指して第一歩を踏み出・・・せなかった。か・・・身体が動かない!?
「があああああああああ!」
まさか、モンスターと戦う前に自分の身体と戦う羽目になるとは・・・ゲーム開始時の、『武器(棒)を天に掲げるポーズ』のまま大草原の中心で何かを叫ぶ俺。
しばらく自分の身体と交戦していると、不意に身体が動くようになった。『勝手に』。
「な、なんだなんだ!?」
草原を行ったり来たり、誰もいないのに跪いてみたり。
・・・俺・・・『動かされてる』?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同時刻。テレビの前でゲームパッドを握りしめていた少女がいた。柳沼 妙。テレビには、『妖精の涙』開始直後の草原が表示されていた。
彼女は、このゲームをプレイした事がない。そんな彼女が、何故このような鬼畜ゲーに手を出したのか。
それは、彼女の幼馴染である山城 陸がよく遊んでいたゲームだったからだ。幼い頃から密かに想いをよせていたが、それを伝える前に彼は十八歳という若さで亡くなった。
普段からおっちょこちょいで、いつも何かにぶつかったり、何もない所で転んだりしていた彼だが、まさかバナナの皮を踏んで転ぶとは思わなかった。
「いつの時代のコントだよ!」
いつものようにその場で笑い転げた二人だったが、翌朝、布団の上で冷たくなっていたらしい。それを聞いた彼女も倒れて後頭部を強打したが、死には至らなかった。
「はぁ・・・」
私は、もう何度目になるかわからない溜息をついた。人って、あんな簡単に死ぬんだ。当たり前のようにあると思っていた『明日』が、りっくんには来なかった。
「じゃあ、また明日ね」
「おう、またな」
それが最後に交わした言葉。あの言葉は・・・言えず仕舞いだった。思い出すだけで泣きたくなる。このゲーム機は、形見だと言ってりっくんのお母さんから頂いたもの。
とりあえず電源を入れてみたら、『妖精の涙』というかわいい名前のゲームが立ち上がった。
驚いた。
りっくんが使っていたキャラクターが、『たえ』という名前の女の子だったから。
嬉しくなった。
私は、そのセーブデータの下に、『りく』という名前の男の子のキャラクターを作った。
「うう、難しいよう・・・」
以前、一度だけりっくんが遊んでいるところを隣で見ていたことがある。とても簡単そうに動かしていたのに・・・ぜんぜん先に進めない。何度か投げ出しそうになって、キャラクター一覧を見てまたスタートボタンを押す、そんな行為をを繰り返した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おいおい、死んだのこれで何回目だ?」
スライムに溶かされ、底の見えない谷に落ち、地面から飛び出してくる針に刺された。めっちゃ痛いぞ。現実だから当たり前か。いやいや、これヤバイって。っつーか誰が俺を動かしてるんだちくしょー。ここまで下手くそな奴見た事ねぇ。元の世界に戻ったら絶対ぶっ飛ばす。
そうやって何度か死んだあと、急に辺りが暗くなった。なんだ?このゲームに夜なんてなかったはずなんだが・・・
「ぐはぁ!」
いきなりぶっ倒れた。なんか、向こうに見えるスライムが止まってる。あぁ、ちょっと眠くなってきた。
と思ったらまた辺りが明るくなり、目が冴えてきた。あれか、ゲーム終了してまたすぐ再開、って所か。本当に誰かに動かされてるんだな。
で、また死にまくり。夜。朝。死にまくり。何だこの生き地獄は。死にたい。もう復活できなくていい。諦め、が心を侵食し始めたその時。
『うぅぅ、難しいよう・・・』
は?誰?周りには誰もいない。っていうか、今の声・・・妙?
「おーい!妙ー!」
叫んでみる。声は出るらしい、けど返事がない。
その後も『てりゃ!』とか『むー・・・』とか声が聞こえてきて、その度に呼びかけてみたが、反応はなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「むー・・・」
このゲーム、すっごく難しい。最初のスライムが避けられない。うまく避けても谷に落ちたり、いきなり飛び出してくる針山に当たったり。体力のゲージはあるんだけど、どうやっても全部一気になくなる。どうして?
本格的に諦めようかと思い始めた時に、電話が鳴った。あ、りっくんのお母さんだ。なんだろ。コントローラを置いて、電話に出た。あ、また死んだ。
「こんにちはー」
何かお手伝いかな?と思ったその時・・・
『おーい!妙ー!』
聞こえた。確かに聞こえた。忘れもしない、絶対忘れられないあの声。
「りっくん!?」
『は?』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ・・・きっついなぁ・・・心が折れそう・・・」
何度死んだか数えるのは早々に諦めた。気が狂いそうになる。実際に死ぬんだから。そのうちこの恐怖もなくなるんだろうか。そうなったら嬉しいなぁ。いやどうなんだろう。
『♪〜〜ゴトン』
ん、妙のスマホの着信音だ。机の上にでもゲームパッド置いたのかな。あ、また死んだ。
『こんにちはー』
無駄と思いつつも、一応呼びかけてみる。
「おーい!妙ー!」
駄目か・・・そう思ったその時。
『りっくん!?』
「は?」
今まで全く反応がなかったのに。今・・・確かに『返事してくれた』。
「妙!?聞こえるのか?」
『うん!聞こえる!ほんとにりっくんなんだね?よかった、生きてた・・・』
「いや死んだけどな」
『あはは、そうだったね』
泣き声になったり笑ったり忙しい奴だな。でも妙だ。それが妙だ。
「電話、いいのか?」
『あーしまった!スマホ放り投げちゃった!』
おいおい・・・あ、また・・・やめて!スライム嫌〜〜!
「ちゃんと相手に謝っとけよー」
『あー、りっくんのお母さんからだったんだー』
スタート地点に(死んで)戻った俺は、何事もなかったように会話を続ける。棒を天に掲げたまま。
『ねぇりっくん、りっくんのお母さん泣き出しちゃったんだけど・・・』
「んー、声が届いてるのか。状況を考えるとしゃーないかな」
『ちょっとお話してくるね』
「いてらー。あー、ゲームこのまんまにしといて。あとボリューム大ね」
『らじゃ!』
よくわからない応答を返した妙は、そのままオカンと喋り始めたみたいだ。声ダダ漏れ。あー、ゲーム中もよく相手の生活音が混じったりしてたなぁ。
それにしても、何で急に会話ができるように・・・
思い出した。あのゲーム、挨拶の単語がマルチプレイでボイスチャットを開始するためのトリガーになってたんだ。製作者の拘りらしく、開発終了まで仕様変更される事のなかった機能だ。賛否両論あったが、俺は割と気に入っていた。
ん?ということは、カメラ付けたら妙が見えたりしないかな?俺の目の前には見慣れたUIが浮いてるし・・・ちょっと試してもらおう。
しばらくして、妙が戻ってきた。
『ただいまー。あのね、りっくん』
「あ、その前にちょっと試して欲しい事があるんだけど」
『何?何でも言ってね?』
「じゃあ脱いで」
『うん、わかったよ。ちょっと恥ずかしいからゲーム機壊すね』
「申し訳ございませんそれだけは勘弁してください」
危うくセクハラ発言で世界が崩壊するところだった。
『あはは!で、何を試せばいいの?』
「おう、そのゲーム機、カメラが繋がるようになってるんだけど、それ付けてみてくれない?」
『んー、そんなのあったかなぁ・・・あぁこれかぁ。よいしょっと・・・付けたよ〜・・・うわぁ!りっくんだ!』
「よっしゃ当たり!こっちも妙が見えた!」
周りに浮かんでいるUIに、妙の映像が映る。・・・パーティ表示枠に。ご丁寧に、残りの枠には斜線が入っている。って事は・・・ソロ確定なんですね。くそう・・・まぁ誰か知らん奴より妙の映像の方がいいか。今の俺にとって、それこそが何よりの心の支えになる。
『うわー・・・信じられないけど本当にりっくんが動いて喋ってる・・・」
なんか泣いてる。俺はどんな姿なんだろう。聞くのが怖い。だから。
「なぁ」
『ん?何?』
「いくら休日だからって、昼間にパジャマはないと思うな」
『・・・きゃー!』
ばさっ、ガッ、いったたぁ・・・という生活音と共に、妙の映像が真っ暗になる。何か被せたかな。蹴っ飛ばしたのは本体か?一瞬地震が起きたわ。
けど・・・それよりあの・・・衣擦れの音が丸聞こえでちょっとドキドキします・・・が。エリート紳士だからここは黙っておこう。本気で本体壊されかねんしな。
しばらくして、何故かよそ行きの服を着た妙の映像が表示された。
『・・・こほん。おまたせー』
「どっか遊びに行くのか」
『そうじゃないよ!ん?りっくんと遊んでるから間違ってはいないのかなぁ。でも今のりっくん、漫画の最初のページで魔物に殺される村人Aみたいな恰好だよ?』
知りたくなかった。
「あー・・・ゲーム進めたら防具とは別に服が買えるようになるから、なんか買って」
『うわー、合法で着せ替えごっこができるんだー!』
「その言い方ヤメテ」
勝てん。ちくせう。
「あ、そうそう。オカンの用件は済んだのか?」
『うん。今日の夕方から、りっくんの遺言で散骨に行くんだって。私も行く事にしたの。それでこの格好なんだ』
確かに生前、『もし俺が死んだら骨は海に撒いて』とか『それが男のロマンだ』とか恥ずかしい事を口走った記憶がある。ん?散骨?
確か・・・遺骨が元の世界とこの天界を繋ぐために必要な触媒とかジジイが言ってた・・・よう・・・な・・・ってヤバイ!そんなことされたら復活できん!
「妙!スタップ!スターーーーーーーーーーーーップ!!」
『きゃあ!ななな何!?何が起きたの!?』
「そうじゃない!散骨ヤメテ!お願い!」
全力でジャンピング土下座。ゲームキャラは相変わらず天に向かって棒を掲げてるが、カメラのおかげで思い通りの恰好ができるぜ。頭で考えた姿が映像として出るらしい。って、今はそんな事はどうでもいい。
「えっと、とっても大事なお話があります」
心を落ち着かせてそう告げると、妙は急にモジモジしだした。
「ん?どうした?」
『ま、まさかりっくんの方からこくh「違う」えー!ひどい!』
また訳の分からないことを・・・
「えっとだな、今俺はゲームの世界に閉じ込められてるのは理解できているな?」
『うーん・・・本当はまだ信じられないというか、実はどこかで生きててからかってるんじゃ?とか』
「いや死んでるってば。・・・多分」
なんか自信なくなってきた!?
『でも・・・お葬式も火葬も出たし、いっぱい泣いたし・・・本当なんだね』
「あぁ。へんなジジイに連れ込まれてな・・・いてぇ!」
なんで金タライが・・・あのジジイの仕業か。見てやがんのか畜生が。
『あははは!昔のコントみたい!』
「話が進まん・・・で、だ。そのジジイによるとだな、ある条件を満たせばそっちの世界に戻れるらしい」
『・・・え?今何て・・・』
「そっちの世界に戻れる、って言った」
『い、生き返るってこと!?』
「そうらしい」
『うっそー!ほんとー?信じられなーい!』
「また古いネタを・・・で、その条件のひとつが、骨が残ってないとダメらしいんだわ」
『待ってて!今すぐ止めてくる!』
「あー、それよりうちの家族連中そこに呼んだ方が早い」
『あ、それなら皆で喋れるもんね。じゃあ電話してくる』
「頼んだ」
『らじゃ!』
妙が電話し始めてから少し経ち。
「さーんーこーつーちゅーうーしー!」
叫んでみた。特に意味はない。
『すぐ来るってー』
「そっか。んじゃあと五分ぐらいか」
『そうそう、さっき、遺骨は条件のひとつ、って言い方したよね。まだ何かあるの?』
「あるよ。というかそっちの方がかなり厳しい。気合い入れて聞けよ?」
『な、何・・・?』
妙が軽く息を飲む。俺はゆっくりと、その条件を告げた。
「妙が、このゲームを、クリアすること」
『・・・』
「あ、やっぱり固まった」
このゲームのクリアが復活の条件だが、自分を誰かが操作しないとクリアできない。ジジイは『誰がプレイするか』についても言及しなかった。というかこのシステム自体の説明すらなかったのだが。恐らく、誰がプレイしてもいいのだろう。
だけど。俺は妙に操作して欲しいと思った。妙の映像を見て、その思いは一層強くなった。ここで他の誰かに代わってしまうと、本当に心が壊れるかもしれない。だから、「妙が」という条件を勝手につけた。何年かかるかわからない。だけど・・・
『・・・何年かかるか分からないよ?おじいさんおばあさんになっちゃうかも・・・私だけおばあさんになっちゃうかも・・・』
同じこと考えてた。確かに、どれもありえる。妙だけ歳をとるのは一番辛いな。
「んー、頑張れ。あとな、『そっちの世界に戻る』って話だが、正確には『俺が踏むはずのバナナの皮を華麗に回避させてくれる』らしい」
『死を回避できるって事?時間が巻き戻るんだ・・・記憶とかどうなるんだろうね』
「どうだろうな。その辺ジジイは説明すっ飛ばした。普通に考えたらタイムパラドックスが発生して宇宙がヤバイみたいな事になるかもしれんが・・・俺にもよくわからん」
『あれかな、違う世界せ「やめろ」』
平行世界の話なんぞいくらでもあるだろうに、何故わざわざピンポイントでそれを出すのか。他の創造神はその辺どうやって処理してたかな・・・まぁいいか。どうにかなるなる。うちの創造神はその辺有耶無耶にするのだけは得意だし。
「というわけで。ささっとクリアしちゃってください。ささっと」
『うぅー、簡単に言うけど・・・このゲーム、すっごく難しいよ・・・』
はい、知ってます。そして妙がこの手のゲームが苦手なのも知っています。ちみっ子でもクリアできる配管工のゲームもクリアできません、この子。最初のセーブポイントにもたどり着けないまま何百回も死んでますし。
泣き言を言い続ける妙をあの手この手で宥めていると、ウチの家族共がやってきた。なんかみんな泣いてる。泣いてくれてる。ちょっと嬉しいかも。
クリア経験のあるウチの兄と妹がコントローラの取り合いをしていたが、妙がクリアしないと復活できないと言ったらおとなしく引き下がった。嘘ですが。ごめんよ。
「とりあえず、俺のプレイ動画参考にしてみたらいいんじゃないかな。兄ぃ、ちょっと再生してみて」
『おうよ』
バッグの中から華麗にノートPCを取り出し、URLを叩く。人差し指打法で台無しだが。それでいて入力速度は速いので、なんだか世紀末救世主伝説に出てきそうな姿だ。
つかURL正確に覚えてるのはすごいがブックマークの方が楽だろう、兄ぃ。
『これだな。四十時間超える動画だから覚悟せよ』
『一度に観たって覚えられないから』
だよねー。
『観る度思うが・・・四十時間超プレイし続けられる陸はどこかおかしい』
『陸兄ぃはちょっと残念な人だよねー』
『ちょっとは勉強に回して欲しかったんだけどねぇ・・・』
「うっせー馬鹿」
抉るな。自覚はしてるんだ。あの馬鹿げた集中力も一応評価に入ってるんだ。拒絶の方が多いけど。なんか泣けてきた。
『なんだか絶望しか見えないけど、頑張るよ』
「奇遇だな。俺にも同じ物が見える」
『むぅー、人に言われるとちょっとムッとなるなぁ』
「その怒りを力に変えてくれ」
俺も最初はその理不尽な難易度にコントローラ投げたくなるくらい頭に来たんだ。それを力に変えた。妙にも出来る。きっと。多分。少しは。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うわーん!こんなの絶対無理だようー!」
『だからコントローラ投げないで!お願い!』
「あ、アイテム発見〜」
『あ!イヤ!そのアイテム地雷だから!あっーーーー!』
「奥行きはあるのに隠れられないんだねー」
『このシステムは納得できねー!目の前に隠れられる横道があるのに入れない!ぎゃーーー!』
「あーあ、また死んじゃったー」
『俺が死んだ時の反応が希薄になってきてるんですが・・・マジ痛いんだよ!勘弁してくれー!』
二人でぎゃーぎゃー言いながら、クリアを目指す。少しだけ、ゲームに慣れてきた気がする。そうなると、ちょっと面白くなってきて、りっくんがはまっていたのが分かる気がした。
・・・一緒にこのゲームで遊びたかったな。私がこのゲームをクリアしたら、遊んでくれるかな。でも、りっくんが死ぬ直前に巻き戻ったら、私はこのゲームをプレイするのかな?こんなへたくそな私と一緒に遊んでくれるかな?
「あ、また死んじゃった」
『また、じゃねー!ぽけーっとしてないで集中してくださいよ妙さーん!』
ちょっと他の事を考えるとやられちゃうなぁ・・・集中、集中!私はやればできる子!お母さんだっていつもそう言ってくれてるんだから!
「私はやればできる子!」
『アホの子発見・・・イヤ!わざと谷に落ちるのダメ!ノーーー!』
「私・・・何回りっくん殺しちゃったのかなぁ・・・」
うっかり、そんな言葉をつぶやいてしまった。
『殺した、って言うな!ただやられただけ!そのためのチート能力だから!な!もう二度とそんな悲しい事言うなよ!』
すっごい怒られた。でもちょっと嬉しかった。怒られたのに・・・何でだろ。えへへ。思わず顔が緩んで、
「あ、またやられちゃったー」
『もういい加減にしてー!』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今俺は、魔王の部屋の前にいる。
あれから一年。妙は本当に頑張った。どんどんうまくなっていってるのが分かる。感じる。その分、成績はどんどん下がり、留年はほぼ確定らしい。内定も取り消されたとか。うん、馬鹿だ。俺なんぞのために人生棒にふるとかないわ。あぁ、巻き戻るんだったな。ならいいか。
・・・本当にいいのか?巻き戻ったら、この一年間の記憶はどうなるんだ?
確かに死にまくった。それこそウンザリするくらいに。でも、いつの間にか隣で一緒に遊んでいると感じるようになった。楽しいと思えるようになった。
これも・・・この記憶も、消えちゃうのか?
そして・・・魔王に殺されること百ウン十回。
『やったーーーーーーー!』
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
二人して叫ぶ。とうとうやりましたよこの子!エンディング時に表示される死亡回数は五千回を遥かに超えたが、それでもやり遂げましたよ!
「よく頑張ったなぁ〜」
『ふぁい、頑張りましゅた〜』
噛んだ。台無しだ。だがまぁいいだろう。今日は特別だ。俺の復活の日だからな!
エンディングのラスト。聖剣を掲げる俺。光に包まれるシーンで・・・
「よう頑張ったのう」
「喜びを分かち合う感動の場面を邪魔するとはいい度胸だクソジジイ」
「ええ加減クソジジイ呼ばわりはやめてくれんかのう」
俺は天界にいた。あの日に戻るのではなかったのか?
「言ったじゃろう、お前の骨は『元の世界と天界を結ぶ触媒である』と。じゃから、元の世界に戻すために一旦ここへサルベージしたのじゃ」
「人を海底に沈んだ船みたいに扱うな」
相変わらずふざけたジジイだ。神じゃなかったら殴り倒してる所だ。
「・・・さて。それではこの間約束した報酬を渡す時が来たようじゃな」
「あの日に戻るのか」
「うむ。お主は目の前に落ちているバナナの皮を発見、それをクワドロプルアクセルで華麗に回避するというシナリオじゃ」
「人間にできるアクションじゃねーだろそれ」
「・・・なぁ。あの日に戻ったらこの一年の記憶はどうなる?」
「当然、ウチのバカ創造神固有スキルである不思議光線で全て抹消じゃ」
「呪いは効かなかったか」
「堕天寸前じゃから、一応効果はあったみたいじゃぞい」
「ははは、そりゃいいや。・・・なぁジジイ、あの日まで巻き戻すのは決定事項なのか?」
「ん?何か問題でもあるかの?」
「・・・いや・・・こういうのはできないかな・・・」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
りっくんの声が、聞こえなくなっちゃった。前にお話してくれた、天界っていう所にいるのかな?だったら・・・あの日に戻るのかな。今の私、どうなっちゃうのかな。
・・・ううん、考えない事にしよう。その方がいい。留年も内定取り消しもなかった事になるし。みんな幸せだよね。あれ?みんな幸せになれるのに・・・私、なんで泣いてるのかな?あはは・・・壊れちゃったのかな?・・・笑おうとしてるのに、涙が止まらない。
「りっくん・・・怖いよう・・・」
「よう、妙。久しぶりだな。って、何で泣いてんだ?相談なら乗るぞ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
妙の放つ様々な感情を一年間見続けていたテレビ画面。
晴れてエンディングを迎え、スタッフロールが終了した画面には・・・
「妖精の涙」には、あらゆる願いを叶える力がある
その者が涙する時、”彼女の想い”は神に届けられる
「バナナの皮を必ず見つける加護はオマケじゃ」