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「私、何が悪かったのかな?」
「何が?」僕は正直に思ったまま返した。
「なんで私がいるのに他の女の人と浮気したかってこと。私の何がいけなかったのかな?」
波の音にかき消されそうな小さな声だったが、彼女の言葉ははっきりとした輪郭を持ち僕の心へのしかかった。彼女に必要な言葉は
「君は悪くない」という慰めでもなく
「正直、今日久しぶりに会った同級生の女性の欠点を指摘しろと言われても無理だ」という正論でもないだろう。
世の中正しいことが善いことだとは限らないのだ……残念ながら。
「あ~もう本当なんでこんなことになちゃったのかなぁ?」
彼女はのけぞるようにして空を見上げた。
「もう5年だよ、5年。もうそろそろ結婚も考えてたし私、来週誕生日なんだ。段々若くなくなってくる。本当なんでだろう?」
「なんで?」
しばらくの間波の音だけがあたりの暗闇を支配していた。
「なんでって何?」
彼女は顔をこちらに向けた。その表情は暗くてハッキリとは見えないがどうやら怒っているようだ。
「さっきから何? 私の質問に質問で返してきて! 聞いてるのはこっちなんだけど?」彼女は勢いよく立ち上がり僕に詰め寄る。
「教えて? なんでってなにが? 私がこんなに落ち込んでるのがわからない? それともあなた日本語がわからないの? そうでしょ! そうなんでしょ! それとも私が浮気されたのが当然のことだっていうの? それとも彼が浮気するのも当然のことだっていうの? それとも私みたいな女は浮気されるのがあたりまえだからなんでわからないのかってこと?! それとも三十近くになるまでなんで結婚しなかったか嘲笑っているんでしょ! 私だってはやく結婚したかったわよ! 結婚して幸せな家庭を築いて仕事辞めて子供も産んでお母さんになって……でもチャンスがなかったんだもの。最後のチャンスと思った。ほんとに好きな人と結婚できるのは私の人生でこれが最後だろうなって……でも結果がこれよ! そうよ私はこれから一人でおばさんになっていくのよ!悪い?!」
あえてしばらく僕はなにも言わなかった。彼女の鼻をすする音が聞こえる。
「ねぇ教えてよ、どうしたらいいの?」
それは彼女の心から100%純粋な問いであり叫びであり、今自分以外の物に求めるすべてだった。
ぼくは思う。
たまたま今日、今この瞬間この場に僕がいるというだけで彼女は結局誰かに聞きたかったのだろう。頼りたかったのだろう。
何故? と
どうして彼氏が浮気したのかと
どうして自分がこんな目にあっているのかと
誰でもいいから尋ねたかったのだ。
……そして今ここにいるのは僕だ。
それならば何かしら答えないといけない。役は僕にふられたのだからそれを全うしなければならない。
だから僕はちょっと真剣に考えてみた。彼女にはそれだけの借りがある。今日の暇も潰せたし、アイスも美味しかった。
だから僕は質問した。質問してばかりで嫌になるし、また怒られるかもしれないと思ったが、仕方がないのだ。僕は僕の知りたいこと、確認したいことについて何一つ答えをもらってないんだから。
「彼氏さんのことは今でも好き?」
「好きよ、あたりまえじゃない、しょうがないじゃない、好きなんだもん」
その答えだけで十分だった。