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 学期初めのテストも終わり、目下大きな行事もないだらけきったある日。僕はいつものように遅刻ギリギリの時間に校門をくぐり、教室へと向かった。教室に入ると何かいつもと違うムードが漂っていた。取り敢えず荷物を自分の席に置き、何やら人が集まっている方を見ると赤いペンでいっぱいに汚れた机が目に入った。よく見るとそれは鳥居の形をしているようだった。

「あれ何? どうしたの?」

僕は近くにいた友人に聞いた。こんな僕でもその頃は友人と呼べるものがちゃんといたのだ。


「いや……わからん。俺も朝来た時にはああなってた」


「あれ誰の机?」


「……鳥井さん」


「あーだから鳥居の絵?」


「まぁおもしろくはないね」


「鳥井さんは? 見たの? あれ」


「うん、見てすぐにどっか行っちゃったけど」


「誰がやったの?」


「知らん、でもたぶん……」


 そいつは教室の一角に視線をやった。そこには数人の女子がかたまっていてそれを見て僕はあぁねと思ってしまった。教室の中にいる者の中で彼女達だけが戸惑った様子を見せず、むしろ何か面白いことがあったように少し浮かれていた。

 僕はその時正直言うと彼女達を責めるとか懲らしめるとかそういう気もしなかったし、もとよりその勇気さえ無かった。


ただ少し、ほんの少しうんざりした。


 おそらく書いた犯人以外であれを発見した時から今まである程度の時間が経っているはずなのにまだ落書きが残っていて未だに消そうという気配がないこと。

 女子はおそらく犯人グループの目の前で消して次の標的になりたくないからだろうし、男子はそれに加えて女子の比率がかなり多いこの学校において例え一部でも女子を敵にまわしたくなかった。

もちろん僕も同じ気持ちだったし、誰かが消すだろうと、しかし、それと同時に空気を読んでけしちゃいけないだろうと

そういうムードが漂っていた。

僕はそれに対してちょっと、ほんのちょっとうんざりしたのだ。

朝の爽やかさとは反対の物を見せつけられて

ゆとり世代のまわりとあわせていればいいよいう現代の大和魂や

何より自分の無力さに対して……

だから僕はまず友人に聞いた。


「黒ペン持ってる?」


「ペン? シャーペンならあるけど」


「太い油性は?」


「ないけど、たしか教卓の中に……」


僕はそれを聞いてすぐに教卓の中から黒のマジックペンを探し当て自分の机に向かった。

自分の机を見下ろしながら僕は少し深く息を吐いた。

ため息か深呼吸かもわからないそれは教室の騒々しさに埋もれていく。


今は誰も僕を見ていない。


世界は僕を見ていない。


(鳥井さんの机に鳥居の絵なら、僕の机には――)


 僕は自分の机にいっぱいに大きく熊の絵を描いた。我ながら、うん……下手だ。

描き切ると僕の行動に気付いた数人が集まってきた。


「お前なにやってんの?」


「なにこれ?」


それに伴いクラス中の注目が僕に集まってしまった。


僕は一言「流行ってんだろ? これ」とだけ言った。


「馬鹿だろ」


友人やクラスの物たちが次々にそんな感想を述べた。

まさにその通りだと思った。

そんな騒ぎの中でもチャイムは鳴り、朝のホームルームの時間を知らせた。


 その後のことはよく覚えていない。

確か担任の先生に鳥居の絵の犯人に間違われて怒られたり、しばらく話のネタにされてアホ呼ばわりされたし、何十回もなぜあんなことをしたか聞かれたが、すべて「なんとなく」で通した。

鳥井さんは詳しいことは知らないがそのまま普通に学校に来続けていたし、落書きをしたであろう女子のグループは夏休みに入り、二学期になるころには大体が学校を辞めていた。よくあることだ。

 3年になって鳥井さんとはクラスが別になったが元からほぼ会話した無かったが、僕の頭にはあの机の真っ赤な鳥居の落書きと、あの時ホームルームの時間に少し遅れて教室に入ってきた鳥井さんの泣いていたであろう真っ赤に腫らしたその眼を僕は覚えていた。

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