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 僕の役はもう終わった。彼女が告白を行う公園の隅っこにあるベンチ、冬の気配を感じさせる肌寒い風に吹かれながら僕は一人座っていた。

 ここからは何とか公園の中央にある噴水の所で待っている彼女の姿が見える。遠くなので表情まではわからないがそわそわ落ち着かない様子だった。すると一人の男性がまっすぐ彼女のいるところへ歩いているのが見えた。

 噴水の前で出会う二人。あの二人が今いったい何を話しているかは、ここからではうかがい知れない。

 町は無関心で会社帰りのサラリーマンや若者の集団が二人の近くを通るが見向きもせずただそれぞれの家や目的地へと過ぎ去っていく。

  

 誰もあの二人のことを見ていない。

 

 世界はあの二人のことを見ていない。


そんな風に思った。


 急に何もすることができない無力感に襲われ、ふぅーと息を吐く。口から出た白い息はどこに行くでも、何をするでもなくただ空気に溶けていった。


僕は祈った。

特に誰かに対してではない。


僕は願った。

この無関心な世界があの二人を結びつけるために微笑んでくれるように。

この世界がみんな幸せであふれるように。

そして僕はこの時その願いが叶うことを


もう知っていた







 一瞬辺りが暗闇に包まれたかと思うと。公園の中央の噴水が色とりどりの光に照らされ勢いよく高く噴き出した。それと同時にどこからともなく音楽が響き渡りそして

スーツを着たサラリーマンが

コートを羽織ったOLが

塾帰りの学生が

通りすがりだったはずの人々が音楽に合わせて二人のまわりを踊り始めた。

ゴスペル調の曲は曲名はわからないが、明るくあの二人を祝福しているようだった。笑顔で踊る人々は喜びに満ちまるで解き放たれたように軽やかに舞っていた。

見える限りすべての街路樹にはまだ時期にははやいイルミネーションが灯り、周囲の人間が何事かと携帯電話を片手に集まってきていた。

 その人ごみの中からも次々と人が飛び出してきてその祝福の輪の中へと加わり、さらに数を増やしていった。

そしてついにはとどめと言わんばかりに音楽が響き渡る空に季節外れの花火が上がり始めた。

(おいおい……ちょっと大がかり過ぎやしないか?)

想像よりも遥かに大きな規模に思わず唖然としてしまう。

(こんなに集まったのか……)


フラッシュモブ


SMSなどを通じて多くの参加者を誘い公の場で今日のようなサプライズを行うことを言うが……

あのイルミネーションや花火、町中から響き渡る音楽や参加人数など日本で行うとしては見たことがないほど大規模だった。一体何百人……いや下手すれば何千人規模のことを僕が気付かないレベルでひそかに準備したっていうのか……

 一体どんな魔法を使ったか知らないがこれを仕組んだ張本人は今、ネタばらしにあの二人に駆け寄り説明しているようだった。その生き生きした様子に安心する。

そうこれを主催した友人というのはこの前まで僕の恋人だった鹿島さんだった。


 きっかけはあの時の電話だった。別れかけているカップルがいてそのカップルに対してサプライズをしてほしいと。

 正直サプライズはおまけで鳥井さんを連れていく店をどこにしたらいいかを教えてもらうことが目的だったわけだが。しかし、鳥井さんの名前を出したところで鹿島さんの反応がかなり変わった。


「それ、私かもしれない」


僕から話を聞き終わった後鹿島さんはそういった。

そう、例の浮気相手の女性は鹿島さんだったのだ。というか浮気でさえなかった。 彼氏さんは今から2か月も前に鹿島さんの会社へサプライズの依頼をしていた。その打ち合わせの現場を浮気と勘繰られてあの二人は喧嘩してしまったのだ。


「あの人ホント馬鹿ね。別れてしまったら隠す意味さえないじゃない」


 サプライズの件はキャンセルになったらしい。料金だけは支払われてキャンセルの理由を教えてくれなかったそうだ。

 

 というわけで

その時から途中まで進んでいたサプライズの準備を再開させて今日予定通り鳥井さんを驚かせることに成功した。もちろん鳥井さんにだけは今回こんなイベントを行うとまでは伝えていなかった。僕が行ったことと言えば鹿島さんがセッティングしてくれた店に鳥井さんを案内しただけだ。

 

「ありがとう、大成功よ」


未だ続いている祝福の輪からわざわざ外れて僕の所へ鹿島さんがやってきて言った。


「これ採算取れるのかい?」

僕は冗談交じりにそう言った。


「そういうことは心配しなくても大丈夫よ、今日のこれは自治体に協力してもらってるの、町おこしの一環としてね。儲けははトントンってところだけど今回は宣伝みたいなものだから」


「そうか、これからは個人だけじゃなく自治体や団体も相手にやっていくんだな」


「そう、さすがに個人相手ばかりじゃ限界があるからね。お金は持っているところからもらわないと……」


 するとそのタイミングで歓声が響いた。どうやら最後に主役のあの二人は熱いきすをしているらしい。拍手が沸き起こっている。


「ねぇ、あなたもこれからも一緒にこの仕事やってみない? もちろん手伝ってもらえる範囲でいいけど。あなたなんだかおもしろい星の下に生れているみたいだし」


そう誘われて僕は悩んだ。今回のような光景が見れるのならそれはとても素晴らしいことだ。いつもなら面倒だと切り捨てるところだが、僕も今回の一端を担ったことでの充実感があり、確かに抗いがたい誘いだった。


「おーい、もう撤収するぞ」


すると一人の男性がやってきて鹿島さんに声をかけてきた。 


「ちょっと待ってよ、今日のMVPと話をしているんだから」


「MVPって……あぁどうも」


その男性は僕が誰かわかったらしい。そして僕の方も二人の雰囲気と男性の今の微妙な苦い顔でわかってしまった。

鹿島さんに告白した男性というのはこの人のことだろう。確かに気は優しくて力持ちといった風貌だ。


「えっと……彼が木谷君、お互いの自己紹介は……しない方がいいわね。ところでどうなの?今回の件で感じてくれたと思うけど大変だけどとてもやりがいのある仕事よ? 」


しかし、僕はこの木谷さんを見た瞬間から答えは決まっていた。


「遠慮しとくよ。本当はガラじゃないんだこういうこと」

それに木谷さんがいる限り気まずいのは目に見えている。


「そう……残念ね……」

鹿島さんはわかっていたようにそうつぶやいた。


「これからみんなで打ち上げ行くんですけど一緒にどうですか? 今回の経緯詳しく知りたいって人も多いですし」


隣の木谷君がそういって誘ってきた。ほんとこの人はいい人間そうで安心した。しかし、僕はその誘いにも応えられない。


「誘ってくれて悪いけど、この後すぐ用事があるんだ。あの主役の二人におめでとうとだけ伝えてくれるかな?」


「そうですか……わかりました。あの二人には責任もって伝えておきます」


「じゃあもう行くわね。また何かあったら連絡してね、厄介事でも大丈夫だから」


「あぁその時は頼むよ」


「じゃあね」


そうして僕は二人の後姿をベンチに座ったまま見送った。


さてと……


この後すぐ用事があるというのは半分嘘だった。予定などこの後には特にない。ただ一人静かに酒が飲みたかっただけだった。

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