幼馴染の思い込み
「あーちゃんはね、ほんとうは、おとこのこなの」
幼稚園で一番の仲良しさんだったお友達のカミングアウト。それはたくさんのたんぽぽが揺れる、幼稚園の庭での出来事だった。
自分のことをあーちゃんと呼ぶお友達は、大きな目を不安そうにパチパチさせて、私の反応をじっと伺っている。ブランコや滑り台からは同じ組のお友達の高い声が聞こえて、楽しそうだなぁと場違いにも思った。
そんなあーちゃんとたんぽぽを摘んでいた。あーちゃんのお姉さんであるカナコお姉ちゃんが誕生日だっていうから、お花をプレゼントしようねという話になったのである。
黄色のたんぽぽを両手に持ったあーちゃんは、さらさらつやつやの栗色の髪に天使の輪っかが輝いている。おめめも大きくて、頬はぷっくり、バラ色だとほのかちゃんのママが言っていた。そんなあーちゃんは組の中でも一番かわいいと言われている女の子……のはず。
「なっちゃん? やっぱりあーちゃんのこと、きらいになった?」
「……ううん、きらいじゃないよ? そっかぁ、あーちゃん、おとこのこだったんだ」
こくりと頷くあーちゃんに私は混乱していたけど、目の前のお友達が泣きそうになっているのを見て、慌てて言葉を付け足す。あーちゃんが男の子なら、私だって男の子かもしれない。とりあえず、今はあーちゃんに何か言わなきゃ!
「それにね、なつきもね、おとこのこなんだぁ!」
幼稚園児とはいえ、私は相当のおバカさんだったのである。
「そうなんだ……なっちゃんも? よかった。あーちゃんと一緒なんだね!」
「うん、お揃いだよ!」
そしてあーちゃんに多大なる誤解を与えた私は、その日、ママに自分の性別を確認するのを忘れた。なぜなら、家に帰ると大好きなクリームパンがあったのだ。
それから幼なじみのあーちゃんこと崎山歩くんは、私のことを男だと信じて疑わないのである。私も相当のバカだが、歩もひどいおバカさんだ。
もちろん、私は正真正銘の女の子だった。
* * *
月日が流れて私と歩は高校生になって、しかも家から近いという理由で同じ学校に通っている。歩は幼稚園から小学生までは美少女と見紛うほどかわいかった。中学生になって学ランを着るようになってからは、町一番の美少年となる。
そして、高校になってもその美貌は衰えをしらず、ニキビもなく健やかな肌にばっさりまつげ、やっぱり大きな目は人を惹きつけた。
声変わりはしているらしいんだけど……正直、そこまで低くないし、しゃがれてもいない。歩はそれを気にしていて……私に相談を持ちかけることもある。
今まさに。
「なっちゃんもさ、声変わりまだでしょ? やっぱりさ、気になる?」
「いや、まったく。そこまで低くならないんじゃないかな……多分、このまま?」
「個人差があるっていうもんね……なっちゃんも俺も声は低い方じゃないからなぁ」
「そうだね」
私の部屋でお菓子を食べながら、音楽雑誌を開く歩。学校帰りなので男子の制服を着ている。灰色のジャケットに黒のスラックスといった、話題にも登らないような一般的な制服である。その横で私は足を伸ばして、雑誌をふとももの上に置いて眺めていた。雑誌はティーンズファッション誌で、かわいい女の子のスナップがたっぷり載っている。ちなみに私の太ももを覆うのはプリーツのスカート。
「あ、新曲出すんだ。なっちゃん、ほら。なっちゃんの好きなバンド。よくカラオケで歌うけど、歌えてないやつ」
「やかましいわ。低い声はがんばっても出ないんだよ」
「やっぱり声変わりに期待するしかないんじゃない?」
歩はそう言って自分の喉元を手でさすった。そこには僅かなでっぱりがある。
「なっちゃんはさ、また女の子の雑誌を見てるの?」
「そうだよ。新しい靴が欲しいなって」
歩にショートカットのモデルが履いている靴を示す。ピンクにストラップのついたパンプス。ヒールがそこまで高くないのがいい。
けれど、歩は「かわいいけど」と言ったあと、口を噤んでしまった。そして、深刻そうな顔でもそもそと話し始める。
「ねぇ……なっちゃん。思うんだけどさ」
「うん?」
「そろそろ……女装するのはやめたほうがいいんじゃないかな?」
ぐっと決意を込めた眼差しを向けられて、私はぽかんと口を開けて麗しい顔を見つめる。そして、眉間にしわを寄せてしまった。
別に女子であることは隠していない。制服だってスカートだし、普段着もスカートを着ることは多い。今いるこの部屋だって、男の子というよりは、女の子らしい部屋だと思う。ベッドカバーも花がらで、くまのぬいぐるみが枕の傍にちょこんと置いてあるのだ。
なのに何故! こやつは気づかないのだろうか!
そろそろ温厚な私が火を噴いてもおかしくない。というか、このふとももの柔らかさや、ささやかな胸元の膨らみをこいつは何だと思っているのだろう。
「怒ってる? なっちゃん、顔が怖いよ。ああ、別に、なっちゃんの趣味だからとやかく言うつもりはなかったんだ。でも、最近、クラスメイトがさ。なっちゃんのことをかわいい女子って言っているのを聞いて……うん、俺がちゃんとなっちゃんは女装している男子だって訂正したんだけど」
なんで、誇らしげなんだ。クラスメイトの方が正しくて、歩は間違っているよ。そろそろ私が女子だってことに気づいてもいいはず……なんだけど。
「あーちゃん」
「へ? え、な、なに?」
つい、昔の呼び名を口にしてしまった。しかし、それは些細なことなので置いておく。歩の両肩に手を置いた私は「いつか女だって気づくだろ」という長年の期待を捨てることにした。幼稚園生のときのお馬鹿な発言が、高校生になってもついて回るとは想像さえしていない。
なんであのとき、かわいいあーちゃんが男の子なら、私も男の子かもしれない。なんて思ったんだろうなぁ。子どもの考え方、理解できない。
「実はね、私、女の子なんだ」
「……は?」
「幼稚園のとき、男の子だって言ったけど、あれ違ったみたいだわ」
面倒だからさっさと言っておくか。そんな軽い気持ちでさらりと告げれば、歩は大きな目を僅かに瞠った。そして確かめるように普段から感じていたらしい、疑問を私にぶつけてくる。
「じゃあ、声変わりしないのも?」
「女子ですし」
「制服がスカートなのも」
「女子ですし」
「ファッション雑誌が女性向けなのは?」
「女子ですし」
ひとつひとつに答えていくたびに、歩の顔が驚愕に染まっていく。そしてどこか青ざめていく。うそだろ……とぷるぷるの唇が声もなく呟いた。私としては今まで気づかなかった彼に「嘘だろ」と言いたい。この分だと、疑いなく私のことを男だと思い込んでいたらしい。
歩って……成績はいいはずなんだけどなぁ。勉強できるおバカさんってやつか。
「え、えっと、なっちゃんの部屋がかわいいのも?」
「それは趣味? でも可愛い物、好きだし」
「うん、知ってる。そっか……じゃあ、なっちゃんがいい匂いするのも女子だから?」
「それはシャンプーじゃね?」
「え、あ、うん」
青から赤へと染まっていく歩に小首を傾げながら答えると、最後の質問だけ納得いかない表情だ。いやいや、だってさ、歩もいい匂いがするもん。そういえばお姉ちゃんと同じシャンプーを使っているって言っていたもんな。
「というわけで、私は女なんです。これからもよろしく」
「……いや、ちょっと待って。考えさせて」
話が早く済みそうだ! と思ったのにも関わらず、歩は最後でストップを駆けた。何をいろいろ思い出しているのかわからないが、口元に手を当てて首筋まで肌が赤くなっている。暑そうだな、と思った。
それにしても何を考えているのだろうか。
「……やっぱり、俺の中でなっちゃんは男だよ……! そりゃ、奇跡的に同じクラスになったことがないから、プールとかでもわかんなかったし……海でもパーカー着てるし。胸はその……詰めているんだって思ってた! だって、クリームパンが好きだろ!?」
「お前……! 私の胸はクリームパンだと思っていたの!?」
「しょうがないだろ、たまたま腕があたったときに、ふかふかだったんだから!」
ふかふかという言葉は褒め言葉として取っておこう。でも、クリームパンはないと思う。確かに好きだけどさ……スクールバッグにだって入っているよ。でも、どうしてクリームパン。どこか純粋な所がある歩は、思い込むと一直線なところがあるのは知っていた。けれど、それがわたし自身についても勘違いしているとなると、なんだか悲しい。
「歩は……私が女の子だとダメなの……?」
「そ、そんなことはないけど! でも急に女だって」
「むしろ男だと思い込んだまま、ここまで来たのがすごい」
そこまで女の子らしくないんだろうか。落ち込むわ……がっくりと肩を落とせば、歩の綺麗な顔が困惑に変わる。そして私の身体をしげしげと眺めた。どう見たって女なんだけどな……!
「もう、いいよ、わかった」
「……え?」
「私のことは女だって思わなくていいよ。歩が混乱するなら、今まで通りでいい。ていうか、問題も特になかったし」
「なっちゃん、何を言って」
「いいんだよ。私達は幼なじみだもの。これからもそうでしょ?」
正直、うだうだする歩に女だと言い聞かせるのが面倒臭くなった。これまで男だと思われていたとしても、何か困ったことはなかったし。それにしてもあれか。私のことは流行りの女装男子だって思っていたのかな。なんだろう……胸がきゅっとする。
近づけていた身体を離して、私はお菓子を摘みながら再び雑誌に目を落とす。話は終わったという合図である。やっぱり、このパンプスかわいいなぁ。どの服と組み合わせよう。
手持ちの服を思い出しながら、頭のなかでとっかえひっかえする。すると先ほどから黙ったままの歩が、唐突に立ち上がった。
「俺達は確かに幼なじみだけど、俺は……ずっとなっちゃんが男として好きだった!」
そして部屋を出て行ってしまった。あの……音楽雑誌とスクールバッグ、忘れているよ?
まぁ、気づいたら取りに戻ってくるだろう。にしてもだ。男として好きとはどういう意味だろうか。
歩自身が男として私を好きなのか。
それとも私のことが男として好きなのか。
頭を悩ませる紛らわしい言い方に、私の方も困惑気味だ。でもまぁ……これで幼なじみという信頼と絆が揺らぐわけではない。そう思って私は呑気に、今度の休みにでもパンプスを買いに行こうかな……なんて考えていたのである。
結局、歩は雑誌とスクールバッグを取りに来なかったので、私がわざわざ届けに行ったんだけど、歩には会えなかった。
* * *
「……歩、今日は一緒に」
「ごめん。ちょっと今日も忙しくて……また今度ね」
「うん、わかった」
放課後、急いで歩のクラスに行けば、教室から飛び出さんばかりの勢いで出た歩を捕まえた。だけど用件を言う前に歩はさっさと行ってしまう。その素早さに私は引き止めることもできず、中途半端に上げた手をゆっくり下ろすことしかできなかった。
もしかして、避けられている?
自分が女の子ですよとカミングアウト……ってほどでもない、当たり前の告白をしてから一週間。週に何回かは私の部屋か歩の部屋で勉強したり、ゲームをしたりしたのに、それが全くない。というか、顔を合わせても「用事が!」の一言ですぐにどこかへ行ってしまう。
正直に言って、めちゃくちゃ凹んだ。
軽く「そろそろ女だって気づけよボケナスがぁあああ!」という気持ちで、事実を告げたことを後悔している。別に……私は、歩に女の子扱いされたいわけじゃなかった。こんな風にギクシャクするとは思っても見なくて……ああ、だからかな。幼稚園のとき、本当のことを教えてくれた歩が不安そうにしていたのは。
私は高校生にしてようやく幼稚園児だった歩の気持ちに追いついたのである。ごめん。今まで鈍感とか成績がいいおバカさんとか思っていて。バカなのは私のほうでした。謝るから前みたいに仲良くして欲しい。
ま! そんなことを言う暇も与えてくれないんだけど!
これはもう、頑張って声変わりすべきなんじゃない? 前のは冗談だよ! 私もとうとう喉仏が張り出してきました! なんて報告しとけば丸く収まるんじゃない?
そもそも、あのきらきらした顔で私よりも女子の制服が似合いそうな歩が男なんだ。だから、私が男だってことを貫けば、その通りになるかもしれない……。
なんてことを考えたけど、それはやっぱり無理な話で。歩に避けられるのは本当に辛かった。
日に日に声を掛ける勇気もなくなって、朝起きて学校に行くのが憂鬱だと感じる。今日も避けられるかもしれない。そう思うと部屋に引きこもっていたい。
「……めげちゃダメだよね。十数年の絆があっさりと切れちゃうなんてあるわけない。それに……毎年、忘れている歩の誕生日を今年は奇跡的に覚えている!」
避けられてから歩のことばかり考えていたからか、あと三日後に歩が誕生日を迎えることを思い出した。これはチャンスでは……!?
結局、買わなかったパンプス。この代金をプレゼントに換えて、歩に贈ろう。確か歩の好きなバンドがアルバムを出していたし……そんなことを思いついた私は、放課後になると近くのレコードショップに走って、アルバムをゲットした。
そして誕生日が来るまでの三日間。相変わらず歩に話しかけても、すぐにかわされて、自宅に遊びに行っても帰っていない。おかげで私は歩のカナコお姉ちゃんと新作のファンタジーRPGに手を染めてしまった。発売されるたびに話題になる超有名なシリーズである。すごく面白くて、ゲームのために連日通う勢いだ。今度は泊まり込みでプレイする約束をした。ありがたい。
誕生日の日。
今日こそはと折れそうになる心に気合をいれて、彼の教室を訪ねて捕まえた。
「なっちゃん……!?」
「今日は誕生日おめでとう。というわけで、絶対に離さない」
「……あの、意味がわからないんだけど。ありがとう?」
「プレゼントも買いました」
「珍しい……」
腕を固く掴めば歩は戸惑った表情を浮かべながらも、私の言葉に嬉しそうに頬を緩める。良かった。女の子だからって嫌われてはいないみたいで。だけど、歩のこと……すっかり忘れていたことがある。彼は美少年で女生徒からの人気を集めている。
「あの、崎山くん」
遠慮がちに声をかけたのは、見知らぬ女の子。彼女の顔を見ると歩は「あ、そうだ」と言いながら片手でスクールバッグから一枚のCDを取り出した。
「ありがとう。まだ買ってないアルバムだったし、良かったよ」
「ううん。また同じバンドのファンが居て嬉しいよ」
「俺はさ、三曲目と五曲目が特に好きで」
女の子が受け取ったCDは、私がプレゼントにと買ったアルバムだった。しかも、女の子の方は初回限定盤である。買いに行ったけど、店頭には置いてなくて。普通のでもいっかなって、思ったんだけど……二人は初回限定盤にだけついていた曲について更に盛り上がっていた。
歩が無邪気に笑いかけるたび、女の子も思わずといった調子で笑顔が零れる。それを見て自然と歩の腕を掴んでいた手から力が抜ける。
なんだか、ものすごく寂しくて、居たたまれなかった。もうプレゼントを渡す勇気なんかない。やっぱり、パンプスでも買っちゃえば良かったかな。
「……私、用事を思い出した!」
「は? なっちゃん?」
「急がなくては……ごめんね! また今度!」
歩の誕生日は来年だけど。もうしょうがない。初回限定盤のCDには太刀打ちできない。私が声変わりしないのもしょうがない。
「えっと、用事って?」
「カナコお姉ちゃんとゲームするわ」
「それ……めちゃくちゃ俺の家なんだけど」
「しょうがないね……カナコお姉ちゃん、しばらく家は出ないって言っていたもんね」
「いや、そういうことじゃなくて」
じゃあ、どういうことだよ。そう聞きたいけど、じっと注がれる女の子の視線に私は耐えられそうにない。女の子はCDを両手に持ちながら、私を見て小首を傾げた。そしてふふふと笑ったのである。それは嫌味な笑いじゃなくて、どこか微笑ましいというように。それに私は自分の気持ちを見透かされたような気がして、さらにバツが悪くなってしまった。
なんでこんなに寂しいんだとか。居た堪れないのかとか。私さえ理解していないのに、彼女のほうがよく知っていそうだ。大人しそうな子だと思ったけど、侮れない。その優しいまなざしがこそばゆい。
「とりあえず、私はこれで。そうだ、ちょっとカナコお姉ちゃんに男になりたいって相談してくるわ」
もうとっくに歩の腕は離しているので、冗談まじりの本気を口に出して教室を飛び出した。その早さと来たら、以前の歩の素早さも目じゃないってくらい。体育でもこれくらい本気を出して欲しい、私の身体。だけど、歩のほうが何倍も早かったらしい。
「なっちゃん! ちょっと来て」
私はあっさり掴まって、元の教室へ連行されたのである。そこにはもう女の子はいなくて……クラスメイトも影さえ見当たらなかった。椅子に座らされた私の前には歩。立てないように肩を抑えこまれる。
「なんで、男になるの?」
「だって……歩は私が女の子だから避けたんでしょ?」
「……ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。いや……ずっとなっちゃんは男だと思っていて、男なのに身体が細いなとか……手が小さいなとか、不思議には思っていたんだけど」
そこまで知っていたなら気づけよと言いたい。私の視線に気づいたのか、気まずそうに顔を逸らした歩。顔の横を一筋の汗が流れる。
「声も可愛いし……いい匂いするし……俺、ずっとなっちゃんが好きで。もしかして俺って、男が好きなのかなって思ってた」
「……やっぱり? 男のほうが! あ、安心して……この胸はクリームパンだから!」
だから、避けたりしないで。
小さな声で懇願するように言えば、歩が息を飲んだ。顔をあげられなくなった私は、自分の身を守るように小さくなる。僅かな沈黙が痛いくて怖い。歩が何を言うのか想像できなくて、拒絶されたらどうしようって不安だ。
「ごめん。なっちゃん。傷ついたよな、本当にごめん。俺、なっちゃんのこと好きだよ。幼なじみだけど、幼なじみだけじゃ居られないくらい、なっちゃんのことが好きでたまらないんだ」
あんまり声変わりしないな。そう言って気にしていた歩の優しい声。それが私を宥めるようにゆっくり降り注ぐ。そして肩に触れた手が私を包み込んだ。歩の体温といつものいい匂いがする。
「……この前は混乱してて、ごめん。でも、なっちゃんが男でも女でも変わらず好きだよ。でも、女の子だって聞いて、あとからさ、すんごい嬉しくなった」
「避けたのに……?」
「だってカッコ悪いだろ……なんで、なっちゃんのこと、男だって思ってたんだろ」
バカだよな。と歩は自嘲するように言った。おずおずと顔を上げると、大きな瞳が私を捉えていて、ゆるゆると口元がほころんでいく。
「私も歩のことが好きだよ。男でも女でも」
「……あ、うん」
何故か微妙な顔で頷かれて納得がいかない。今のシーンは感動的じゃないかな……と思うんだけど。それにだ。私の勘違いじゃなければ歩は私のことが好きらしい。
その好きは幼なじみの好きじゃなくて、こう、恋愛感情的にってことだ。
「……えっと、それで、さっき気づいたんだけど。私も……そのう、歩のことが好きです」
歩も鈍いけど私も相当に鈍い。さっきの寂しさといたたまれなさは、私が歩のことを好きだっていう気持ちが発端で。そんで、私は思った以上に、歩に男の子だと勘違いされていたのがショックだったらしい。
「良ければ幼なじみ兼恋人として、これからもよろしくお願いします」
「もちろんだよ。なっちゃん」
美少女と間違われていたはずの歩は、嬉しそうに私のほっぺたに口付けた。柔らかな唇が離れて、驚いて彼を見ると男の子の表情を浮かべている。
ああ、やっぱりあーちゃんは男の子である。
ちなみにプレゼントに買ったアルバムを歩はとても喜んでくれた。そんな大したものじゃないと言えば、なっちゃんが誕生日を覚えているなんて稀だしねと笑ってみせた。ごめんなさい。これからは手帳を買うたびに真っ先に書き込みます。スマホのスケジュールにも登録しておきます。
その日、歩の家に遊びにいって、お誕生日ケーキをごちそうになった。そしてカナコお姉ちゃんとゲームをしたら、歩は拗ねてしまった。それからの機嫌取りが大変で、私はスクールバッグからなくなくクリームパンを差し出す。
「なんでクリームパンが入っているのさ」
「お腹すいたら食べようと思って」
「ふぅん……あ」
「なに?」
クリームパンを両手に持った歩がマヌケな顔で、まじまじとクリームパンを見る。そして「ごめん」と急に謝りだした。
「やっぱりなっちゃんの柔らかさとクリームパンの柔らかさは違うね。どっちかっていうかと、なっちゃんの方がふにふにというか」
え、なになに。クリームパンの感触でいつぞや当たったという、私の胸の感触を思い出していたというわけ? しかも輝くような笑顔をこちらに向けている。
もしかするとあーちゃん……男の子なんて可愛い枠じゃないかもしれないな。
そんなことを思った。