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愛に種族は関係ない

作者: 東雲 豊


 愛に種族は関係ない。

 だなんて台詞、素面で言えるのならたいしたものだ。 ああいうのは自分に関係がないからこそ、無責任と共に吐き出せるようなものなのだ。

 しがらみに挟まれた者らの末路は決して明るくはない。 様々な困難と幾重もの不安、そういったモノから逃げ続けなければならないのだから、その心労は想像に難くない。

 きっと、先ほどの台詞も様々なしがらみから目を逸らす為の手段なのだろう。 聞こえの良い言葉で絆を固め、愛を再確認する。 全く馬鹿らしいものだ。


 ――ほんとうに、まったく、馬鹿らしいものなんだが!!


「ええいいい加減に離せ!! 聞いているのかこの毛玉め!!」 勢いよく身を捻れば纏わり付いていた毛玉がびくりと跳ねる。 同時に腰に回されていた手に力が篭る。 ……あ、肋骨が嫌な音立てた。

「っ……痛い!!」 喚けば毛玉はぱっと離れる。

「ご、ごめんエリー。 痛かったかい?」 沢山の牙を携えた口元からはおどおどとした声が漏れる。 「痛いに決まってんだろ!! お前は狼人族だ、私とは力の差が有りすぎる!」

「そ、そんな事言ったってエリーが悪い!!」

「何が悪いんだ!!」 肋骨締め上げられてこっちが悪いだなんて言わせないぞ。

「だって、だって……前に、エリーが”愛に種族は関係ない”って言ってくれたじゃないか!!」

「あぁん?! ……あー、それは…………」

 ああ言ったとも。 そう、言った。

 酒の席に持ち込まれた恋愛ごとに対して、私は無責任にも言い放った。

「なんだよヴォルグ。 愛に種族は関係ないさ。 お前のような強い狼人なら、相手も悪い気はしないと思うぞ」 と。


 ああ、思い出したそうだよそう。 言ったよ、言った。

 ヴォルグが凹んでいるから元気付けようとして言った。 でもそれはパーティーを組んでいる相方を心配する意味で励ましただけだ。 後押しをした訳じゃない。

 しかしどうして……その相手が私だなんて想像できるだろうか。 いやできない、できないだろこれ。 相談ごとも「実は好きな人が出来て……」みたいな感じだったしな、うん。


「エリー」 「……おう」

「お前は意識していないかもしれないけれど、俺はずっと意識していたよ。 お前にとってはただの相方だっていうのもわかっている。 でもお前はいつだって傷ついた俺を癒してくれた」

 ……そりゃ相方だし、私は魔法を扱える。 回復するのは当たり前だ。

「他のギルドのやつに誘われたって、いつだって俺がいるからと断ってくれた」

 そうだな、組んでいて楽なのはペアだしお前は回避が得意だからな。 とても魔法が撃ちやすい。

「それに、愛に種族は関係ないと俺を励ましてくれた」

 あ、目がきらきらしてる。 やばい、これはやばい。

「愛しているよエリー。 お前が愛していなくとも、俺はずっとお前を愛し続けよう」

 傅いて手を取られる。 狼人族の少しぬれた鼻先が手の甲に当たる。

 ああ、なんだってんだ。 そんな寂しそうな目で見ないでくれよ、駄目だって。 駄目なんだってそれ――――実家で飼っていた犬のコロを思い出すんだよそれ!!!


「エリー……」

 ヴォルグはじっと待っていた。 おそらく私の言葉を待っている。

 私は黙ってそのままヴォルグの頭に手をやる。 ああああああこれだよこれ、この手触りコロとそっくりなんだよこれええええええええ。 ああああああああ。

 そっと撫で始めるとヴォルグは片目を瞑る。 ああその仕草もコロとそっくりだなあ……。 ああ、可愛いよ本当に可愛いよ。

「…………なぁエリー」 撫ぜられながらヴォルグが問う。 「お前、今他の男の事を考えているんじゃ――」

「ぶふぉつ」 なんだそれ。 思わず噴出せばヴォルグは顔を顰める。 確かにコロは雄だったがそれ以前の問題だ。

「もしかして、エリーは他に好きな男が――」 「無いよ、んな面倒なもん」

 私もヴォルグも定住地を持っていない。 各国のギルドが家のようなものだ。

 そんな状態で恋人を作ろうだなんて面倒な事はしない。

「そ、そうか!」 顔を輝かせ、こちらに恍惚とした目を向ける。 「愛しているよ、エリー」 いや、あの、うん。


「……私は愛していないんだが」

 呟いてみたがヴォルグには届かない。 いや、聞こえては居るはずだ、腐ってもあいつは狼人族。 聞こえなかったフリをしたいのだろう。

 長く毛深い腕を私の腰に回して 「愛しているよ」 と只管囁く。 あの励ました日から暇さえあればこうしてくる。


「……ええい!! 離れろ!!」 「いいじゃないかエリー、愛しているよ!!」


 いつもの往来、変わらないやり取り。 彼はひたすら私に愛を囁く。

 鬱陶しいはずなのに、何故かこのやり取りが好きで堪らない。 ……この求愛を受けてしまえば、茨の道しか待っていない。 そんな事分かっている。 でも――


「ヴォルグ!!」 「エリー!!」


 でも、時々しがらみなんて全部ブッ壊してやりたい、どんな困難も二人ならば蹴散らせる。 そんな馬鹿らしい事を考えているのは内緒にしておこう。

 そう思ってしまうあたり、私ももう手遅れなのかもしれない。

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