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世界の休業日

作者: 矢光翼


思い付いたので書きます。いつも通りです。

いつもの時間に起きるとそこは何もない世界だった。

物心ついたとき、僕はそんな風に感じたのだけど、まぁそんなわけないんだよ。一夜で世界から全てがなくなるなんてあるわけがない。

物心ついて数年経ったからわかるよ。全てはなくならないけど、『何か』はなくなるんだ。

今日は、世界の休業日。太陽以外の、光はない。


「おはよ」

短針はちょうど六の位置。寝坊はしてない。

「あら、早かったわね」

母さんはテーブルにご飯を並べてる。なんだ、ちょうどぴったりの時間じゃんか。

「今日は早いうちから動かなきゃ」

「動くって、散歩するだけじゃない」

「適度な運動だよ。いただきます」

「あ、ちょっと待って、お父さん呼んできて」

「あれ、お父さん今日は・・・」

「やっぱ中止だって。万が一のこともあるし」

「ま、無理もないか」

時計がチッチッチッチと鳴いている。まるで外の鳥と合唱してるみたいだ。

今日は珍しく父さんが家に居る。

いや、いつも俺より家を出るのが早いだけなんだけどね。

「ご飯だよ~」

「そんな声で届くわけないでしょー?」

「えーもう、勝手に起きてよ・・・」

階段に躓かないようにゆっくりと僕は上る。

「寝起きに上りはきつい・・・」

ノックをして部屋に入ると、あることに気付く。

「・・・母さん?」

「なに~?」

「二度寝かな」

「あー、じゃあ食べちゃいな」

「はーい」

朝ごはんはきゅうりとトマトのサラダっぽいやつ。

「野菜しかない~」

「いいでしょみつる野菜好きなんだから。それとも肉食べる?」

「あ、遠慮しときます。美味しく戴きます」

「はい、召し上がれ」

口の中できゅうりが割れる音がする。

そしてきゅうり特有の味が口の中に広がるけど、僕はどうもこの味が苦手だ。

流し込む役割としてトマトを頬張る。うん。なかなか味が勝ってていい感じ。

「今日はどうするの?」

「今日ってこと忘れててさ、だから畠山はたけやまさんのところの畑からいくつかもらってくるよ」

「あぁ、そう」

すでにきゅうりの味は消えている。

味は苦手だけど、あの特有の味がなくなるとそれはそれで寂しい気も、する。

いや、そんなことはないな。

味が消えてもきっと僕は寂しくない。

だって、今日は世界の休業日なんだから。


人間が生活するうえで活用している電気。それから酸素。

それらの供給が二十四時間ぴったりストップするのが、世界の休業日。

この日は電気が通らないので光が点らない。そして不思議なことに電気を使ったものすら使い物にならなくなる。

僕の枕元に置いてあるLEDライトが使えないのがいい証拠。

電気の存在そのものが否定される日なのだ。

地球の栄養を一手に引き受ける植物の生命活動もこの一日だけは停止する。

なので、酸素も供給されない。

人間は発展してきたが、この日だけは越える事はできないって、日本史で言ってた。

それは正しいんだろう。あの台風すらものともせず登校させる教育委員会が、酸素と電気が消えただけで学校を休みにせざるを得ないんだから。教育委員会がこの日を越えてからじゃないと話にならない。

この日は人間が作ったものじゃなく、遠い昔から続いてきた世界の休業日らしい。

過去地球に負担をかけ続けた人間のツケが今僕らに回ってきてるのだ。

自然のものであり、尚且つ植物でない太陽やそのほかの恒星たちだけが、僕らを照らす光となる。

日暮れは闇の入り。ろくに活動できないんだ。まぁ、僕にはそんなこと関係ないんだけどさ。


部屋に戻り、流れないのをわかってヘッドホンを着ける。無音なクセに外の音が聞こえるという矛盾が嫌いじゃない。

暗くなる一歩手前まで勉強して、そこから真っ暗ギリギリまで散歩する。

僕が今までの人生十六年で編み出した作戦(実行に移ったのは三年前からだけど)。

いつもは勉強をやりたくないけど、今日ばかりは勉強のやる気が出る。だってゲームもできないんだもん。

教科書を開いて問題を解く。しかし数分してくぐもったノックの音がする。

「なに?」

まぁ母さんだろう。入り口を見ずに返事をする。

「充、お友達だけど」

「ん?あれ、今日誰かと遊ぶ予定なんて」

入れるはずがない。だって今日は世界の休業日。僕の作戦三年目なんだから。

「勉強しに来たらしいわよ?」

「勉強かぁ、わかった今行く」

あぁ、この階段、もっと暗くなってから下りるはずだったのに・・・

ドアの向こうに待っていたのは、クラスメイト。

「は・・・へ?」

ただのクラスメイトならまだ。

「えっと・・・」

いつも遊ぶ奴ならまだ。

「勉強、しよ?」

僕の目の前に居たのは、クラスにおける高嶺の花、朝田あさださんだった・・・

「えっと・・・は、はい・・・」


今何が起こっているのか僕にはよくわからない。

クラスメイトを連れて階段を上ることはあったけどそれらは全て男子。女子なんて一度も入れたことない。

それが今、何故?何故朝田さんは僕の家に?

「あ、適当に座っ、てて・・・あ、あの、飲み物、持ってくるから」

「え?あ、は、い・・・」

とりあえず誰かに助けを求めよう。あ、あいつなら今日は暇かな。

僕はケータイを取り出す。しかし応答はない。何故?・・・あ、今日世界の休業日だった。

わかりやすいボケを無言でかましてしまった。

飲み物を持ってくると言ってしまったので、母さんに頼んで一リットルのを一本貰ってく。

「ごめん、こんなのしか」

「あぁいいの!こちらこそごめんね!いきなり押しかけちゃってさ・・・」

「えっと、うん。で、なんだけど」

「ん?」

かわいい。さっき高嶺の花とかいったけど僕は普通に彼女のことが好きだ。クラスで人気だからとかじゃなく、小学校の頃から。

すごく端折ると、朝田さんと僕は小学校の頃からのほぼ幼馴染。「ほぼ」っていうのは、会話の回数が片手で収まるから。

なにも交わることなく今僕らは高校生。なんの因果か同じ高校に来て、同じクラス。一時は運命を感じたけど彼女のほうから「運命だねっ」って言われないことから僕はその可能性を捨て何を言っているんだ僕は。

「なんで、うちに?」

勝手に話が(脳内で)逸れたので引き戻す。

「ただ、勉強しようと思って・・・」

「だから、僕の家に?」

「うん・・・充君勉強できるから」

ズッキューン。まさか朝田さんが僕のことを名前で呼んでくれるなんて。かれこれ十年同じ感じだったけど新発見だった。

「いや、僕家じゃゲームばっかで・・・」

どうにか僕の理性が会話を繋げてくれてる。本能は心の底に沈むから後はよろしく頼んだ理性。

「でも、勉強道具・・・」

「あ、これは世界の休業日だから」

「あ、ゲームできないもんね」

「そうそう。だから暗くなるまで勉強。そっから散歩。真っ暗になるまで」

「へぇ・・・あ、じゃあ邪魔だったかな?今日暗くなるの早いし・・・」

ここで帰すような男じゃないんだって今初めて知った。

「いや、いいよ。一人勉強じゃたかが知れてるし」

真っ赤な嘘だ。僕は一人の時に真価を発揮する。でも今は関係ない。

「よ、よかった・・・あのね、教えてほしいところがあって」

「教えられるかなぁ僕」

「きっと大丈夫」

なんで勇気付けられてるんだか・・・まぁやる気は俄然でるけどさ!

一時間後、結構勉強進みました。一人で居るより真価発揮しちゃいました。

「ふぅ、やっとここまで!」

「朝田さん飲み込み早いから俺もやりやすいよ」

「えへへ、そうかなぁ」

この一時間で僕はとても幸せな時間を感じています。うん、普通に幸せ。

「僕より早くできてるとこもあったよ」

「え、どこ!?」

「ここ。ほらさっき朝田さんに一人でやってもらったとこ。ここ僕苦戦したんだ」

「へぇ・・・充君が苦戦したところを私が解いちゃったんだ・・・なんだか嬉しいなっ」

高嶺の花が高嶺の花たる由縁がわかりまくりの笑顔。すごくかわいい。

「とりあえず、休憩しようか」

「そうする!充君のお陰で一時間が早かった!」

それは僕との時間が充実してたってことなのかな。充感涙の極みです。

「そういえば」

朝田さんがコップ片手に言葉を発する。

「充君って、わたしのこと朝田さんって呼ぶよね?」

「えっ?あぁ、うん」

まぁ、数回しか喋ってないし妥当だと僕は思ってるんだけど・・・

弥生やよいって呼んでくれても、いいんだよ?」

警報、警報、僕の心臓がどうにかなりそうです。

「・・・へ?」

「だ、だって、もう十年も一緒だよ?名前で呼んでくれたって・・・」

「あっと・・・あの、そんな喋ったこととか、なかったし・・・」

「気にしなくてもいいのにー!」

「ぼ、僕は気にしちゃうからさ」

「むぅ・・・」

なんだなんだ小動物かかわいすぎるよ朝田さん。

「わ、わかっ、た・・・弥生さん」

「さん付け?でも、前より近くなったきがする!」

そろそろ萌えすぎて辛いので半ば強引に勉強を再開しました。


四時ごろ、例年なら散歩に出向く時間。

「四時かぁ」

「んーっ、勉強もしたし、今日はもう帰ろうかな!いきなりありがとね、充君!」

あ、去る。

弥生さんが、帰る。

今日いきなり来て、なんか距離が近くなった弥生さんが、居なくなってしまう。

今日が世界の休業日だったから起きた偶然なのかもしれない。もしかしたら夢かもしれない。明日になったら弥生さんはいつもの高嶺の花に戻ってて、今ままで僕の近くで勉強していた花ではなくなってしまうかもしれない。じゃあどうすれば、この花を、明日もまた見るためには、どうすれば。

「待って。いつもなら、今から散歩に向かうんだ」

その言葉は容易に飛び出た。だからこそ、内心焦った。

何を僕は口走ってるのだろう。何を言ってしまっちゃってるんだろう。

でもそんな僕の焦りとは裏腹に、

「・・・」

僕の瞳には首を縦に振る弥生さんの姿がしっかりと入り込んでいた。


「ここは、いつもの夕暮れとは違う感じがする」

「真っ暗になることがわかってるからかな」

「どうだろう。こっち左だよ」

「うん」

他愛のない会話。だけどそこには間違いなく恥じらいが見え隠れしてる。

弥生さんと歩くなんて初めてだ。

・・・一緒に歩くより先に家に招き入れるっていうのも変な話だけど。

僕の少し後ろに弥生さんが歩いてる。今僕らは太陽に向かって歩いてるから、弥生さんの影は見えない。でも、音は聞こえる。

世界の休業日で光と酸素は消えても、音だけは決して消えない。

僕の後ろには、弥生さんがいるんだ。

小学生の頃から好きだった、あの人が。遠い存在だった、あの人が。

鼓動は忙しく打ち弾む。落ち着け落ち着け。いや、無理だ。

僕は、一番消え際の太陽が綺麗な場所へとやってきた。

「わぁ、綺麗・・・」

「去年見つけたんだけどさ、偶然ね」

「充君はこういうプロなのかもね」

「こういうプロってなにさ」

なんか、結構久しぶりに笑った気がする。緊張していたからかな。

「ねぇ充君」

「な、なに?」

「今日は、ありがとね。本当なら勉強教えてもらってすぐ帰るつもりだったのに・・・」

「いいよ、僕、誰かをここへ連れてきたかった。だから、気にしなくていい」

「うん・・・」

橙色の太陽が弥生さんを包み込んでる。

柵の影と太陽の橙が綺麗に張り付いている。

・・・そろそろ日が落ちる。真っ暗になったら星空が出ない限り帰宅が危ない。

今日はちらほらと雲が流れている。今は綺麗だけど暗くなったらネックでしかない。

・・・言おう。

「充君」

僕より先に口を開いたのは弥生さんだった。

その顔は橙とは違う色で彩られていて、とても、綺麗だった。

「なに?」

「太陽って、こんなに綺麗だったんだね」

「・・・うん」

「これが見れたのは充君のおかげだね」

「そんなことないよ」

「・・・今から言う言葉、全部聞いてね」

まさか。

ドクン、と心臓が高鳴る。

まさか。

手のひらに、汗が滲む。

まさか。

ゆっくりと、体を弥生さんの方へ向ける。

「うん」

「私は、充君のことが好き。充君がどう思ってようと、私は充君のことが、ずっと前から好き」


バダンッ


決してそんな音はしなかったけど、そんな音が聞こえた気がした。

日が、落ちたのだ。

急に目の前が真っ暗になる。弥生さんの告白と同時に、僕は弥生さんを見失う。

「返事は、また今度、聞かせて」

弥生さんが遠のく。

返事?また今度?

何を言ってる?ここは、僕が動くべきだろ?僕が告げるべきだったろ?言葉は、決まってるんだから。

「待って!」

僕は暗闇に叫ぶ。

こんな真っ暗なんだ、弥生さんが迷ったら危ない。いやそれよりも、僕の気持ちを伝えなきゃ。

さぁ、さぁ、さぁ。

「弥生さん!」

暗闇の中で、人の感触を掴みとる。

「弥生さん、弥生さんじゃないかも知れないけど、弥生さん!僕も・・・僕だって、ずっと前から好きなんだ!小学生のころからずっと!」

弥生さんじゃなかったら、僕はただの恥ずかしい男子高校生、だけどそんなことどうでもいい。気持ちを伝えなきゃ、僕は帰るに帰れない。

気持ちを伝えて帰ろうとした弥生さんを目の前にして、気持ちを伝えず帰れるか!

・・・返事はない。きっと弥生さんのはず。

真っ暗闇だから、顔が見えない。光が入らないとはこういうことをいう。

今日という日が、音もまるごとなくす日じゃなかったから、わかった。

弥生さんの、微かな声が。

「充君・・・」

どうやら、弥生さんだったみたいだ。

安心と、達成感。

やっと、伝えることが出来た。しかも最高の形で。

弥生さんが、口を開く気がした。

「・・・充君」

「はい」

「家、わからなくなっちゃった・・・」



今日は、世界の休業日。

光が消え、なにも見えなくなる一日。

そんな一日の変わり目のひと時、僕らに小さな『何か』が灯る。

音しかない、世界の休業日の隙間を埋めるかのように。



二人がどうか幸せでありますように

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