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後編

 雨がしとしとと降る朝のこと、王子さまは石の塔の窓から外の景色をぼんやり見ています。

 受け入れてしまえば簡単なことでした。王子さまは数日間何をあんなに慌てていたのだろうと自分を叱咤しました。好きな人の前でのあの醜態といったら、ちょっとした黒歴史とでもいいましょうか。


 さて、気分がすっかり凪いでいる王子さまでしたが、待てども待てども彼女はこず、それから曇天の空が徐々に暗くなってゆき――緊張がとけたのか軽い居眠りをしていた頃のことでした。

 王子さまが目を覚ますと、すぐ目の前に彼女の顔が自分を覗き込んでおり、はじめて彼女と会ったときと同じようにびっくりしてしまって後ろに倒れてしまいました。


「お、驚かせないでくれ……! 心臓に悪い!」

「……ごめんね?」


 無表情で謝罪をする彼女にはあぁ、とため息をついて王子さまは彼女に問いかけます。今日ここに来る時間が遅かったこと、それから雨だというのに傘もささないでぬれてしまって風邪をひいてしまうぞ。とも。

 王子さまから手渡された清潔な真っ白のタオルを使う彼女を見て、肌は白いことやまつ毛がとても長いこと、全体的に細くて自分の手でつかんでしまえば折れそうなのにどうして跳躍力が高いのだろうだとか、もんもんと押し黙る王子さまに動を感じさせない声色で、彼女は喋りました。

「もう、ここにきちゃダメなんじゃないかと思って」


 がちゃん、彼女のために用意したはずの温かいミルクの入ったマグカップを落として王子さまは呆けてしまいました。

 ようやく自覚した恋が今ここで砕けてしまった音にも似ていました。

 彼女は王子さまをじっと見てまた喋ります。

「だから、今日でお別れしようと思って。私のことについても貴方に知ってほしいと思って。つまらないと思うけれど、どうか最後まで聞いてほしいな」

 そうして、彼女は今までの中で一番長く言葉を紡ぎ始めました――。



 彼女には名前はありませんでした。

 それでも彼女には親がいました。

そ れから名前はなくとも呼び名はありました。……『99号』というものです。


 『99号』は彼女の呼び名でした。彼女は機械人形だったのです。


 『99号』が造られるまで、創造主である主人は98回もの失敗を重ねてきました。はじめは形にすらならず、形になっても動くことはなく、動いても数日経てばまた動かなくなり、何日と持ってもいつかは壊れ……。とにかく、何年も何年も失敗を続け、ようやく彼女が完成したようでした。

 はじめて目覚め、主人の顔を見た時、『99号』は何の感情も浮かべることはなかったそうです。

 それは、『99号』がまた失敗作であることの印でした。


 『99号』の主人は機械人形を造り続けてきましたが、人間のように巧妙に造られた『99号』を見ればわかるように、望んだものは彼女のようなものではなく『人間とかわりない存在』であったことは確かなはずです。そうでなければ見た目だけはどこまでも人間に近い『99号』を見て失望することなどなかったはずですから。


 失敗作である『99号』は主人の最後の望みでした。つまり、彼はもう死を前にしており、彼女以上のものを造り上げることすら不可能とされていました。失望のまま主人は数日経って息をひきとっていったのも、どうにもならないことと同じです。


 こうして、『99号』である彼女は主人を看取り、不完全なまま止まる日を待つことになったのでした。



「貴方のことを見つけたことも、主人(マスター)が死んでしまって数日経った時だった。私は元から少しの知識を得ていたけれど、貴方のような存在はきっと――記録装置の中にもどこにもなかっただろうから」

 だから感情がなかったはずなのに『興味がわいて』貴方の元にきた。


 淡々と話された内容を話し終えると、彼女、『99号』は王子さまを見つめました。

 王子さまは一気に話された内容をかみしめて、飲み込んで、大きく息をはいて、また、彼女を見つめます。


「……だからなんだな、君が、俺を見た時に叫ばなかったのは」

「……?」

「俺は、見てのとおり変わり者だ。それから、普通の人間だったら俺を見た途端に叫びだすんだ。黄色を輝かせた金色の髪の色も、青を深めた藍色の瞳の色も、魔力が強すぎる証だから。手に負えないと叫び泣くんだ」


 自分の母親がそうであったように、王子さまを見て怯え震える者が当たり前だったので、彼女の反応が皆と違うことに驚き、そして嬉しかったのだと王子さまは思います。

 だから、機械人形であるという事実が不思議と受け入れることができたのかもしれません。


「でも、私は貴方を騙していた」

「騙すうちに入らないさ。君は言わなかった、俺は問わなかった。そして君が俺に大事なことを今話してくれた、それだけが今わかる事実だろう?」

 雨は雪にかわり、雲の隙間からのぞく月と星の光が闇空に輝く中、王子さまは彼女にこういいました。


「俺は君のことが好きだ」


「……私なんかで、いいの?」

 機械人形である、私でいいのか。その言葉に王子さまは馬鹿だなあと『99号』に笑いかけます。

「機械人形なんか、じゃない。俺は俺を見てくれた君が好きなんだ」

「一緒な時を過ごすことなんてできないかもしれない……」

「じゃあ、その時は傲慢な願いだけど俺と一緒に眠ってほしい」

 なあ、だから返事をきかせてくれよ。


「――私も、貴方のことが好きなんだと、思います」




 石の塔での愛の告白をした王子さまたちのそれからのお話は、きっと皆さんの思うとおりの結果であるとお伝えしましょう。

 『99号』はもう機械人形ではなく人間になることができ、王子さまは長い長い暇つぶしのひとつでもある金色の髪の毛をばっさりと切ってしまいました。

 それからあの石の塔はがらんどうで誰もいなくなってしまい、夜空には二つの人影が月と星の光で幽かに見えたと言われています。

 これでこの物語はおしまいですよ。二人の物語が続いても、それは私たちが知ることのできないお話です。

 あら、このお話みたいな世界だったらどうしようって?大丈夫ですよ、夢の中じゃないんですから。

 なぜって、どんな物語もゆめゆめしくあてにならないものばかりなんですからね。

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