cm7
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「てか、先生。その言い方じゃあ俺はやっぱり、馬鹿ですか?」
ごまかすように吐き出た言葉だったが、実際そうとも取れる。三上はわざとらしく、アッとやっちまったと笑って見せた。つられて直人も少しだけ笑った。・・・でも心からは笑えない。まだ三上がここに呼んだ意図が分かっていないから。笑いながらも探っている。目だけは見落とさないようせわしなく探っている。
三上は少し困惑気味だ。動機は本当に生徒を褒めようとしたのかもしれない。それなのに、この生徒は教師を疑ってばかりいる。もう少しスムーズにはいかないものか。全身にため息がこもったが、鈍感な生徒にはそれも読み取れない。三上は出来るだけ静寂に、感情をしっかりとこめて言った。呟くような口ぶりだ。
「まあ、そう固くなるなよ。私の口調も少し畏まっていたのかもしれない。2人とも、少し落ち着こうか」
2人ともという言い方。この場には2人しかいないのに。落ち着こうかという言葉が場にもたらした効果は、予測以上の妙な沈黙。三上は妙な男だ。
直人から見て、今目の前に座る男。顔立ちは、二枚目・・・だけど素直にかっこいいとは言い難い。分かるのは、自信のある人生を歩んできたのだろう。雰囲気は・・・格好いい。得体はしれないが、惹かれるものがある。
「・・・じゃあ先生。なんでここに呼んだかを早く教えてくださいよ。でなくちゃ、俺は探りながらあん(あんたとは言えないな)・・・先生と話すぜ」
それを聞いて三上はまた少しだけ笑った。そして、直人に何枚かの紙を渡してきた。案の定、直人の出したレポート用紙だ。内容は『商売について』。単純だが難しかった課題。そのレポートを見せてくるというのは一体どういうつもりなのだろうか?
「これは君が書いたレポートだ」
パソコンで書いたから正確には書いたとは言えないが。自分が作成したものなので首を縦に振らざるを得ない。
「え・・・ええ。な・・・何か問題でもありましたか?」
紙を目の前に着き出されると急に不安になる。三上の口調がまじめに戻ったせいもある。打ち解けようと思ったんじゃないのか?三上の様子をやっぱり探ってしまう。見透かしている三上は、真顔なんだけど努めて表情を緩ませている。苦手なようだ。三上も人付き合いってやつが。
直人にレポートを無理やり持たせると、体をほぐすように動かした。三上も自分で言っていた通り、若干強張っているようだ。それでも、やはり教員の立場が長いからか直人よりは慣れている。でも、もっとリラックスしなよ、先生。
「君は、やはり自分を初めに悲観する癖があるようだ。さっきは褒めたつもりで言ったのだが伝わらなかったようなら、もう一度言おう。君は賢いよ」
2度言われようとも、それが何度言われたとしても、素直には喜ばないし、そんな言葉で心を簡単に開くほど少年じゃない。まあ大人ともいえない。歪んだ青年ってところか?けど、なんやかんやで褒められたので、少し気分がいい。
「結局なんで呼んだんすか、先生?レポートが良かったから特別何かご褒美でもあるんですか?まさか、褒めてくれるだけで呼んだなんて・・・ないですよね?」
受け取ったレポートには目を通さないし、目もくれない。自分で書いたから内容は大体覚えているし、人が見てる前でそういうのを見るのはなんだか恥ずかしい。だからこぼれ出た、くだらない冗談も三上には分かっているようだ。曖昧な笑いを見せ、しばし沈黙した。
「・・・レポートの内容は、正直言えば、普通だ。でも、気になる部分もある。君は、このレポートを何を参考にして書いたんだ?それが気になるんだ」
・・・直人は首をほぐしながら、レポートを持つ手に初めて目を向けた。何をって、そりゃ、あんたの授業だ。ってことは言いにくい。本当にそうでも、言うと妙に媚を売っているようでもあるし、逆に、『気になる』ことが、もし万が一に最悪なことだったら、下手すれば怒られる。どっちだ?正直に言うべきか、はぐらかすべきか。レポートを見てても、足元を見てても、答えは書いていない。俺の脚、臭くないか?臭わないから平気か?レポート、手汗で紙緩くならないか?後でまた返すのかこれ?
思考が集中力をなくしてくだらない方向に走る。こうなれば、もうゴールにはたどり着かないだろう。
レポート用紙は、力を入れ過ぎて下の方がくしゃくしゃになってしまっていた。下を見ながら瞳だけを左右に動かしても何も見つからない。三上はずっと見ている。答えを待っているのだから。・・・この沈黙は、答えがばれているのか?・・・もういい。隠すようなことではない。正直に言って何が悪い。むしろ、それしか答えがない。
「・・・えーーー。えーーと、しょ・・・正直言えば、せ・・・先生の授業を参考に・・・したものを大体レポートに・・・しましたけど」
言ってから少し後悔しながらも、後悔を打ち砕くために脳で悪態を吐きまくっている。(正直に言って何か悪いことでもあるのかってんだい)
恐る恐る直人は視界を昇らせた。目的を悟らせないようにこれまたゆっくりと。先生は一体どんな表情をしているんだ?怒っているのか、それとも?見ると印象ではほんのり笑っているようにも思える。気のせいか?単に俺がそう思いたいだけか?
三上は、本当に和やかな表情をしていた。直人の勘違いなんかじゃない。次の言葉も、和やか口元から出た言葉にふさわしく、心を落ち着かせてくれるような和やかさがこもっていた。
「そうかい。君はもしかしたら本当に良き生徒かもしれない。君が商売におけるCМ等の影響力に関して書いたそのレポート。私の教えをよく理解しているように思えてポイントを押さえている。君は、単にレポートを書くため、或いは、単位を取るために興味あるなしにも関わらずただ授業を受けて得た知識をまとめたにすぎないのかもしれないけれど」
「・・・」
今、きっと何とも言えない表情を浮かべていることだろう。三上は少し息を吐いた。なんか反省しているようだ。
「言い方が回りくどいのは昔からの私の悪い癖だ。分かっているから許してほしい。告白しよう。こんなにも興奮しているのは久しぶりだからな。変な意味じゃない。・・・ふー。とにかく、君のレポートは本当によかった。書き方やまとめ方はまだまだだが。・・・今日はもう帰ってくれて構わないが、君にひとつやってきてほしいことがある」
宿題だよ。三上はボソッと言い、また自分の机に向かい、また何かを取りだした。今度はなにかの本だ。この生徒はあまり本を読まないのだが、新任教師にはそれが分からない。うんざりを表に少し出す生徒は、哀しいかな生徒の性分から黙って受け取ってしまった。受け取りたくはなかったが、手元にぐいぐい差し伸べてくるもんだから、つい、受け取ってしまった。
「・・・なにこれ?」
持つと、彼にとっては分厚い本だった。一瞥だけでは情報は読みとれない。三上は特別説明はしない。やるべきことだけを言った。
「感想文だ。単純でもいいが、的確に頼む。期限は特に設けるつもりはないのだが、それだと君が忘れて私が待ちぼうけを喰らってしまうかもしれない。だから、最低でも1か月以内。いいか、1か月だぞ。あまりにも簡単に終わらせたら単位はないと思ってくれ」
直人は部屋を出た。呆気に取られてお辞儀もしない。そういえば、部屋に入る時もお辞儀なんてしていない。失礼なことだらけだったが、なんだか気にいられたようだ。直人も三上は嫌いじゃないが、めんどくさそうだ。とにかく1か月でなぜか課題を出さなければならなくなったし。
廊下は閑散としていた。廊下を閑散とするという表現はおかしいかもしれないが、つまりは物悲しかった。まだ13時半の明るい午後の昼間だというのに。
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