CM3
読んで―(@_@)
今日は奈美恵に会う。バイトや大学では会っているとはいえ、デートもろくすぽしなけりゃ嫌われてはいないだろうか?直人は、そう考えると毎日そわそわする。外で会ってくれるとはいえ、もしかしたら別れ話を持ち出されるのかもしれない。幸い、別れ話をしにくいほどの晴れて澄んだ、天と地との境界線が分からないほどの、澄みきった気持ちの良い日だ。「あなたとはお友達だったわよね?」それは言われないだろ。可能性は0じゃない。
外で、そよ風に撫でられ、先に外に出てたなびく奈美恵がいる。自動ドアが、自分で開けられないことをこれほどまでにもどかしく思えたことはない。体ほどの隙間が開いたら、即座に外に飛び出そうとも思ったが、興奮しすぎて自動ドアのガラスを割っても面倒だと、妙に冷静な自分が直人を止めた。決められた間隔で進む時間のように、ゆっくりと自動ドアが開くのを待って、開ききったと同時に今度こそ飛び出した。
自動ドアは薄く、もしかしたら1センチにも満たない厚みで、こんなにも外と中とで世界を分けているとは。吹き込んでくる風も吹き抜けていく風も、どちらも直人の勢いには勝てなかった。
あの日のように奈美恵がそこにいる。この1か月を支えたのは、直人の体に刻み込んだ彼女のぬくもり、心に残した彼女の思い出だけだ。会えなかったから、それしか直人にはなかった。何故会おうとしなかったのか?会ってから後悔した。意地を張っていた自分が馬鹿らしい。風が追い風になって彼の体を後押しする。今なら風でも後ろから歩いてくる他人でも、もしくは特撮に出てくる怪獣でもなんでも直人の味方になってくれているだろう。こんなに俺ははやく走れたのか!?後押しされた直人の走りは軽快だ。押され引っ張られふんわりと力強く、そのままの勢いで奈美恵に抱きつこう。別れ話を出されたって構わない。こんなにうれしいことはないから。
「う・・・うげええええええええ」
前に進むはずの足は止まり、抱きつく直前で直人は急に吐き出した。こんな陽気でいい天気だというのに、草木は見守りながら、ほかに誰もいない。せっかくのシチュエーションが台無しだったけど、奈美恵は優しかった。別れようなんて思っていない。絶対にそんなことはない。直人を見た時、うれしそうに微笑んでくれた顔も、なぜか突然吐き出した彼に駆け寄り、少し泣きそうな表情で必死に直人の背中を擦ってくれた。
「だ・・・大丈夫なの?」
背中を伝う奈美恵の手飲む曇りと力加減から、彼女の本当の優しさを感じていた。それは体という障害物を通り越して純粋に心に届いたし、正直思わず泣きそうになった。・・・本当は、戻したことだしそれに乗じて涙はいつも以上に出ていた。まだ吐き出しそうなふりして嗚咽だけはごまかした。
「も・・・もう大丈夫だから・・・ありがとう」
きっと、そう言っても奈美恵は心配を絶やすことはないだろう。彼女の愛も本物だった。なぜ、彼が何の脈絡もなしに、スイッチを誤って押してしまったかのような単純な動作で吐き出したのかはわからない。もしかしたら、悪い病気にでもかかっているのかもしれない。うつるかも・・・なんて考えは片隅にも出てこなかった。恋人を、子供を、男の人を、家族を看病するような母性的な優しさを彼女は直人に向けてくれたのだ。
直人は必死に笑って見せた。だけど、それは地面に吐いたゲロに向かってのものだった。母性を感じたのか、鈍感な直人の心情は分からないが、奈美恵を直視することはできなかった。それは愛する人の前で吐いてしまったという恥じらいから来るものなのか、そう捉えることもできた。口の周りも中も汚れていた。でも、吐き出したのは言葉だった。彼はこんなにもいい日差しの中、最愛の人の愛を一身に受けながら、最高に幸福な気分になっても構わない状況で、弱弱しく背中を丸めて答えることしかできなかった。
「だ・・・大丈夫だから。きっと、もう平気だよ」
読んでくれた方、ありがとう




