cm11
うす
立ち並ぶ家の間に挟まれ、ぽろっと零れ落ちる本音。ため息といい、本音といい、良子の口からは簡単にいろいろな大切なものが落ちてしまうな。
良子は寂しがり屋だ。友達と別れてすぐに携帯電話を取り出した。メモリーにはそんなにはいっていないから、掛ける相手は大抵いつも一緒。今は、この寂しさを紛らわすために、明るい友達がいい。出るかな?メールにしようか迷ったけど、すぐに会いたかったのでやっぱり電話にしよう。
「・・・んっんと」
押してみた。ぷるると呼び出し音が鳴る。この友達は呼び出し音など変えていない。興味がないのだろう。少しして、留守電になっちゃうかな?なんて思っていたら、声がした。
「良子?何か用?」
ディスプレイに名前が出るから「もしもし」なんて言わない。電話の向こうの人物は、声だけでわかるほど元気そうだ。良子が答えるとうれしそうにしている。
「今、暇なの?」
「うんうん。いつでも暇だよ」
「そうか。じゃあ、またいつもの駅にいるから」
「わかった。30分ぐらいで着くよ」
「うん、分かってる。待ってるから」
「オッケー」
がちゃ。電話を切った。駅で一人、友達が来るのを待つ。待っている間、一人でいる間、思うのはやっぱり彼の事ばかり。待つと言ったけど、早く来て。と、今は矛盾を願うことしかできない。
友達が、面白いようにきっちり電話から30分後に丁度来た。来るまでに、上下で何本電車が来たことだろう。5本目ぐらいからもう覚えていない。電車がどれだけ通ったかなんてどうでもいいことだ。
「待った?」
「ううん。早くいこ」
「ああ、行こう良子」
「外じゃ名前で呼ばないでって、いつも言ってるじゃない。付き合ってるって思われるでしょ」
「今からホテルに行くってのに、名字で呼ぶとしらけるだろ」
「分かってるよ。分かってるから、今日は・・・思いっきり・・・その、抱いてね」
「おっ!珍しいな。良子からそんなこと言ってくるなんて」
「いいから!それに、名前で呼ばないでって言ってるでしょ!!」
「はいはい。結局抱くときは名前で呼んでって言うくせに」
良子と友達は、いつものホテルに入っていく。良子は今日2度目だ(正確にはホテルには初めて。さっきのは一人暮らしの友達の家だから)。さっきの友達では良子の恋心を紛らわすことができなかったけどこの友達ならどうだろう?駄目ならまたほかの友達に頼めばいい。でも、せっかくホテル代を出させりゃうんだから、1回ぐらいはちゃんと付き合ってあげなきゃ。それが礼儀。うんうん。
良子はご要望通りに激しく抱いてくれる順応な友達に身をゆだねながら、きしむベッドの上で友達が多いことに感謝しながら、いつものように思いっきり名前を言わせた。錯覚でもいい。大好きな彼に自分の名前を呼ばれていると想像しながら。
「昨日渡した本・・・読んだか?・・・1日で全部読めるとは思わないが、それでも多少は読めただろう?」
三上が嫌なことをあっさりと聞いてきた。今日の講義もすべて終わり、時間はもう15時を回っていた。身支度も何もないが今行なっていた講義の道具を鞄にしまい、特に意識せずに教室も校舎を出た時に待ってましたと三上が話しかけてきたのだ。
待ち伏せ?ほかにも学生たちが直人の前後を行きかっている。まだ、次の時間も講義はあるから、一概には全員帰るとは思えない。サークルだってやっている奴はいるのだから。皆、適当にばらばらに歩いているようでちゃんと目的地を持っている。殺風景の大学だが、風だけはみんなの後押しをしてくれているのだろう。きっと直人だけだ。この風が向かい風になって体ごと優しく押して地味な障害になっているのは。
三上は風の影響も受けずに近づいてくる。足音は他の学生たちのそれに紛れて聞き取れない。むしろ、風は彼にさわやかな印象をプレゼントしてくれているようだ。ボタンも止めないスーツが風にひらひらと揺らされている。
いい年して自分の書いた本の感想が聞きたいようだ。本を書くとそんなものか?直人も感心した。三上も人らしいところがあるんだな。なんて思ったからだ。三上の問いにもじもじしながら答えないでいると、さわやかさとはかけ離れ、表情が険しくなってきている気がした。あれこれ考えてれば話も流れるかと思ったが、そうはいかないか。観察している場合じゃないな。直人は慌てて答えた。
「よ・・・読みましたよ。す・・・少しだけ(冒頭だけどー)」
その一言を聞いて、三上は心まで読みとるように深い瞳で見据え、察したようにため息を吐いたが風に紛れて消えた。消えないで出てきたのは汗だ。額に汗が浮き出たのも見られた。頭が痒い。さっと、掻いた。見えないように、何気ないように。視線もどこを見てるかわからない感じでいて三上の目線をしっかり見据えていた。見られていないとは思わなかったが、当然のように三上もちゃんと直人の視線を見据えていた。
「君が妙な敬語を使う時はやましいことでもあるのだろう。私は別に感想なんか求めていないが、あの本を読んでもらわなくては話が進まない」
本当に脳内の細胞まで読めているのか?何の感情も込めてはいないが、すぅーと直人が小ばかにした想像を打ち消してきたところは抜け目ない。隠さずに頭を搔いた。隠していないのに誰も見ようともせず通り過ぎていく。しかし、そうは言われても、俺は意外と忙しいんだ。何が忙しいか考えながら、また、ちらっと三上を見ると、見透かしたように目が合った。学生たちも目的地になりえないこの場から、随分いなくなってきた。
「ら・・・来週、レポート提出とかあるんだけど」
嘘をついているようにそういうと、ますます感情をなくした穴のような瞳が見下したように直人を見る。本を読めない理由がそんなのかよ。目玉の部分に空いた穴は、口のようにはっきりとそう言った。ならさっさとレポート終らせろよ。それも聞こえた。まばたきは口パクのようだ。しかしですね、先生。一つ言ってもいいですか?レポートってのはめんどくさいんですよ。ぼかぁね、バイトとかもやってるんすよ。彼女とかも一応居ますし、いろいろこう見えて大変なんですよ。目をぱちぱちさせて訴えてみた。(つ・・・通じるのか?)
「・・・分かった」通じた。「じゃあ、今月中までには読んでおいてくれよ。でなければ、本当に話が進まない。君が話を終わらせたいのなら、それはそれで構わないが」
(そもそもなんの話を始めていたんだろう?)心にもそんなことは思わせなかったので直人は無音で沈黙した。ただ、じっと三上を見ていた。
三上が懇願するような目をしてきたのは気のせいだろう。なんだろう?なんだかかわいそうに思えてきて同情した。こんなにも生徒と積極的に話すこともないのだろう。周りに学生はほとんどいなくなった。そういえば、誰かこの教師に挨拶を言って行ったものはいたのだろうか?多分、答えはNOだ。
普通、大学で教授に挨拶をしようとする者はいない。ゼミとかで習っているなら或いは。三上には教授同士でも友達どころか仲間・・・話し相手も少ないのではないのか?正直、目の前のスーツの男は身なりこそしっかりしているが、考え方はそうとうぶっ飛んでいる。常に誰にでも他人行儀だし、授業は一応まともだが、普段言っていることはかなりイカレている。
「・・・まあ、分かりましたから、少し待っててくださいよ。必ず読みますから。時間はかかるかもしれませんが」
なるべく早くしろよ。そういうと三上は授業があるらしく教室に向かい、立ち去った。後姿がかわいそう(哀愁と言った方がまだ救われるか?)だが三上にはやはり、惹かれるものがある。立ち去った後でも、三上の雰囲気が残っている気がする。それはにおいだとか残像だとか、なんなのかはわからない。痕跡というべきか、三上は人間としての存在感が強すぎる。だから、直人は惹かれるのであり、結果、三上に敵ができやすいのも分かる。
実際、敵がいるかどうかも知らないが。
「さあ、帰るか。・・・って!俺も今から授業じゃねーか!忘れてた!!」
呑気に帰る算段をしていたばっかりだが、すっかり次の時間の講義のことを忘れていた。消えてった三上の後姿を慌てて追った。当然、受ける授業は今追っている教授の授業だ。三上のやつのちょっとした悪意を感じた。やっぱり、三上は三上だった。かわいそうなんて思うだけ無駄だった。むしろ、そう思ったことすらも見透かされて、返されたのだろう。
「・・・今日は休もうかな」
と思っていることすら、あの男は見透かしているのだろうな。やな奴だ。だから、本当に休めばきっともっとやなことをやってくるのだろう。そういう人だ。
てかさ、講義があるならその後に言ってくれればいいだろ。本のことは。・・・なるほど、帰ろうとしていることに気が付いたからそう言ってきたのか。ははーん。
あの男の授業も終わり(一度だけ目が合うと、にやりと笑ってきた)、今日はバイトもないので本を読もうと思ったがやっぱりレポートを書くことにした。余計なことをさっさと終わらせないと、こちらも始められない。困ったもんだ。そういえば、奈美恵にもメール返さないと。めんどくせー。いろいろめんどくせーよ。メール読んだ感じだとなんか怒ってるぽい。また携帯を見るも、またメールが入っている。奈美恵と三上からだ。本当にやれやれだ。
「って、三上って普通にメールしてくるんだな!!」
読んでくれた方、ありがとう(@_@)




