とある王妃の生涯
自己満足な作品でごめんなさい。
淡い金髪に冷たそうな蒼い瞳の持ち主でもあるその人が選んだ相手は、幼い頃からの婚約者だった公爵家の娘の私ではなく、零落した貧乏男爵家の《灰被り姫》こと、シンシア嬢だった。
その途端、私に向けられた視線は嘲りと同情と好奇心。
人はある意味自分に素直だから、付き合っている相手にこれ以上の旨みが無いと知れば、すぐに縁を切り、離れていき、更には今の今まで虚仮にしていた新たな権力者達に呆気なく取り入り、媚びを売る。
私はそれを悪い事だとは言わない。そうしなければ陰謀渦巻く貴族社会では生き残っていけないと知っているから。もしその波に乗り遅れでもしたら、結果的には民の生活が守れなくなることだってある。
だから私はそれを非難しないけれど、婚約者だった人には一言だけ伝えておきたい言葉があった。
今夜の為に、そしてこれから背負うべき未来の日の為に、幼い頃から磨き続けた容姿と一流の振る舞いに気を配りつつ、私は自分でも驚くほど落ち着いた声で、その言葉を口にしていた。
「殿下、本当にアリィーディア家のご令嬢で後悔はなさいませんのね?」
「グレイス・・・。」
「お答えください。――これが最後です」
言葉が少なく、表情もあまり動かなかった殿下が、シンシア嬢と出逢った瞬間、人が変わった様にがらりと豹変した。
側近の方々とは冗談を言い合ったり、気軽に言葉を交わすようになったり。
そのせいか、陰鬱だった城内もいつしか活気づいていた。それは、殿下には私がいなくても平気なのだ、私が支えなくても良いのだと言われているようで、今夜まで落ち着いて眠る事すら出来なかった。
でも、その不安な答えもこうしてハッキリと出たのだから、もう遠慮はいらない。
「お答え下さいませ、殿下。殿下には私は必要が無いのかどうか、はっきりと仰せになって下さいませ。」
今、私と殿下以外言葉を交わしている人はいない。
ただ、アリィーディア家の令嬢だけが、殿下を不安げに見上げ、殿下はご令嬢と私を見比べ、やがてゆっくりではあるが、確かに首肯した。
それだけで私は殿下の導き出した答えを知った。
この世に生まれてきてから17年。
次期王妃となる為だけに教育されてきた私の人生は終わりを迎えた。
「もう解りました。お答え下さらくても結構ですわ。どうかお幸せになって下さいませ。――私は領地に帰りそこで結婚致します。永のお別れにございますわ、レオンハルト殿下」
「恐れながら殿下、私も職を辞し、息子や妻ともども、娘と共に領地に引籠りとうございます。――お許しを。」
いつの間にかお父様とお母様、そして今夜は殿下の護衛だったはずのお兄様までもが、私と同じく膝を折り、領地に引籠り、今後王家とは距離を取ると宣言していた。
これには流石に多くの貴族がざわついた。
それもそうだろう。
お父様は陛下の右腕でもあり、良き理解者であり、王家の暗部を司っていたのだから。その関係をより深いものとする為に私と殿下の婚姻はなされるはずだったのだが、それも殿下自らが断ち切った。
それはもう、我が公爵家の力は必要ないと次期国王陛下が下されたも同然。要らないと言うのだから、もう近くにいる必要も無いだろう。
「失礼致します、殿下」
最後にもう一度だけ殿下の顔を見て、王宮の広間から去る。
今はきっと恋に浮かれているからあの娘を選んだのだろうと思う自分と、最初から必要とされてなかったのよと思う自分が必死に心の中で鬩ぎ合っている事を、きっと殿下はご存じない。
それに以前、殿下は私の事を知っているのかと私に問われた。
それに対し私は《殿下》の事は理解しておりますと答え、《レオンハルト様》の事は知っているとは言わなかった。事実、私は殿下から《レオンハルト様》の好みや、モノの捉え方を明かして貰えなかったのだから、それを誰が責められよう。
黙っていても判って貰えるという安易な考え方は、乳幼児にしか許されない。
私は昔一度だけ、《私》自身を知って欲しくて、殿下の前で素を晒したけれど、殿下はそれを婚約者として相応しくないと、《私》を冷たく拒絶した。
その事があって以来、私は《私》を封じ込めた。
時は緩やかに過ぎ去り。
その後、夜会での宣言通りに領地にあっさりと引きこもった私達家族は、7年間に渡る王家からの度重なる詫びと懇願により、王都へ返り咲き、私は何故か王妃と言うこの国の女性の最上位の御位に就く事となった。
七年ぶりの殿下との再会時には、私は三才の娘と息子の双子を同伴していた。子供たちの父親は、子供たちが生まれた翌年、流行病で病死していたからこその可能な再婚だった。
もしあの人が生きていたのなら、私は殿下よりもあの人を選んでいた事だろう。
あの人は、私を愛してくれ、《私》を否定しなかった。
どんなに癇癪を起しても私を愛してくれた。認めてくれた。
それはどんな贅沢よりも贅沢で、甘美で幸福な時間だった。
「おかあたま、このひと、だぁれ?」
「・・・ちちうえじゃない。」
人見知りな娘に、あの人を未だに大好きな息子は、多分、殿下に懐く事はないだろう。それでも今日からは私と一緒に殿下と暮らさなければならない。
私は私を愛してくれた人との間に生まれた双子を抱きしめ、安心させるように微笑んだ。
「この人は、この国の王様で、お母様の新しい仕事先の人で、旦那様よ。でもお前達のお父様は死んだお父様だけよ。」
「かぁさまは、いまでもちちうえのこと、あいしてますか?」
「おとうたまのこと、すき?」
子供達はそれが心配だったのだろう。
私が自分達の父親を忘れ、新しい人を選ぶのではないかと。
その二人の不安を払拭する為、私はあえて、殿下の前で二人の子供達に誓ってみせた。
「お母様の本当の旦那様は、私とアナタ達を一生懸命愛してくれたお父様だけよ。今でも愛してるし、好きよ。だって、お母様を否定しなかったもの」
その答えで満足したのだろう。
子供達は礼儀良く、殿下と、殿下の横にいる女性にぺこりと頭を下げて、私の後ろに直に隠れた。
幾ら賢く礼儀正しいとは言え、この子達はまだ幼子。
親である私が支え、護ってあげなければ、簡単に社交界と言う闇に飲み込まれ、潰されてしまう。それだけは何とかしてでも阻止しなければ。
私は此方を涙目で見つめる女性と、小さな男の子を真っ向から睨み据え、今はこの国の至高の身分となった殿下から、王妃の証であるティアラの戴冠を受け、王妃の位についた。
当然のことながら、私と陛下になった殿下は数年は完全なる仮面夫婦であったことをここに書き記しておこうと思う。
でもその裏で。
「ちちうえ、ははうえはにぶいのです。すきならすきとつたえなければ、ははうえはりかいしてくださいません。」
「おとうさま、おかあさまにすきになってほしくはないのですか?」
「・・・。」
小さな子供達に励まして貰っていた事を、私は死の間際まで知ることはなかった。




