悪役は名も無き華
白い花が青く晴れ渡った春の空に舞う。
ひらり、ひらり。
音も無く、誰にも煩われることも無く。
ただ、風に己の身を預け、風に吹かれるままに空に踊るように舞う。
まるであの方達のこれからの幸せを祝福するかのように。
ひらり、ひらり。
全ては神がお示しになられた筋書き通りに。
私が幽閉された塔からは、あの方のお幸せそうなお顔は見受けられない。
けれど、それでも私は願うのです。
どうか、一日も早く幸せになって下さい、と。
それが私が願う、最初で最後の願いで祈り。
「レイチェル・ラウルス・シフィーネ=オーランド、国王暗殺の咎により斬首の刑に処す」
国王の直筆サイン入りの命令書を、滔々と私の前で読み上げるのは、かつての私の幼馴染で婚約者だった人。
彼は決して見目麗しい人ではなかった。
彼は決して顕示欲の高い人ではなかった。
彼はいつも泣いてばかりいた私を慰めてくれる心優しい人だった。
その彼が初めて心の底から想いを寄せられた方が、あの方の腹違いの妹だっただけ。
私がそれを知ったのは、私があの方の妻の候補に挙がった頃のこと。
今のままでは、彼はあの方の妹姫と一緒にはなれないと悟ったのは、あの方の正式な妃候補になった頃のこと。
彼に幸せになって欲しい、いつも笑顔でいて欲しいと願った私に、神は慈悲をかけてくれた。
それは私が私の人生を捨て、最後は私の命を自分に捧げるのならば、私の願いを叶えると言うもの。
私に異論はなかったと言えば嘘になるけれど。
コツリ、コツリ。
一歩一歩、銀色に鈍く煌めく処刑台に上がる私は、きっとみすぼらしいことこの上ないでしょう。
少し前までは、この国の女性で最も至高の地位にあった私。
ヒュルリ、と、一陣の風が吹き、私のすっかり白くなってしまった髪を、悪戯に靡かせ、最後の時を迎える。
両手を後ろ手で乱雑に縛られ、処刑台に頭が乗せられた私の瞳が最期に映したのは、結局最後の最後まで私が想いを打ち明けられなかった相手の、侮蔑に満ちた灰青色の瞳。
そう、それで私の今までが救われる。
私の事など早く忘れ、一日も早く幸せになってくれればいい。
その為に、私は《神》と言う名の《悪》に、魂を売り渡したのだから。
痛みは不思議なほど感じられなかった。
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彼女が変わってしまったのはいつの頃だろうか。
泣き虫だった彼女は、気がつけば己の私欲の為に権力を求め、民の税を湯水のように使い、果てには王の命さえ奪おうとさえした。
花が好きで、雷が苦手だった彼女は、いつの日か彼女ではなくなってしまった。
それでも信じたかった自分を、彼女は莫迦だと嗤った。
目を覚ませと何度言っても、彼女は元の彼女には戻らなかった。
たった今、自分の手で彼女の人生に強制的に幕を卸した自分の顔はどうなっているだろうか。
ころりと転がった彼女の顔は、何故か幸せそうに微笑んでいた。
辺りには彼女の首を切り落とした際に飛び散った紅い液体が所々付着していて。
それを見て歓喜に沸くのは、彼女の振る舞いによって苦しめられてきた民で。
これで良いはずなのに。
これが誰もが望んでいた日常のハズなのに。
それなのにどうして自分はこんなにも苦しいのだろう。
コツリ、コツリと、自分が切り落とした彼女の首のへと歩み寄っていた自分が目にしたのは。
白金色の長い髪と蒼い瞳をもった男の胸に、優しく抱き寄せられている彼女の姿。
男は彼女の閉じられている瞳に優しく口づけを落し、彼女の骸と共に忽然と姿を消した。
男は消える直前に、自分と王にだけ、真相を明かしていた。
もしそれが真実であるのならば。
もし、それが彼女の本心であるのならば。
彼女が男に願った通り、この後、国の安泰は長らく続き、王家は繁栄はしたが、それは見かけだけだった。
彼女が犯したと思われていた罪の多くは、彼女の罪ではなかった。
今、彼女は何処にいるのだろうか。
願わくば、彼女だけには安らかな眠りを願わずにはいられない。
それが自分達の彼女への贖罪なのだから。




