La lettre de l'amour de minuit
映画・テレビ・ネットにゲーム。
今の日本には多くの娯楽が数えきれないほど溢れている。けれど、そんな日本も少し前までは、新聞とラジオだけが人々の生活に必要な情報と娯楽を提供する唯一の存在だった。
新しいモノは確かに優れてはいるけれども、それでも忘れないでいて欲しい。
これはそんな想いを秘かに綴った、ラジオ越しの真夜中のラブレター。
――2005年、2月11日深夜23時45分
都内のとある小さなスタジオで、その女性は急遽、今、最も世間から注目を浴びている若手女優の代役としてラジオ番組の生放送の司会進行を務める事になった事に対し、正直なところ、煩わしささえ感じていた。
彼女の名前は一条 郲那、28歳。
彼女はかつてはテレビ業界を騒がせた《お騒がせ女優》ではあったが、今は身体全体にくたびれた印象しかない、何処にでもいる普通の主婦にしか見えなかった。
以前の彼女は、男は自分のアクセサリー、恋は遊び、セックスは暇潰しと、次から次へとスキャンダルを引き起こし、同業者を始め、異性からにも嫌われてもなお、その破天荒な態度を改めようとはしなかった人物で、今、小さなラジオ番組のスタッフの前に立っているような、黒いデニムパンツに、ハイネックの臙脂色のセーターと、大手衣料品メーカーの大量生産のダウンジャケットを羽織るような人ではあり得なかった。
面影を何とか探し出そうとすれば、それはまず無理だと断言できるほどまで、彼女の印象は急変していた。
常に挑発的だった傲慢なまでな強い眼差しは暗く陰り、毅然と前を向いていた顔は俯くか逸らし、一年中露出気味だった肌は、今では指先まで覆う様にすっぽりと包まれていて、髪の色は重い印象を与える黒一色になっている。
そのあまりの代わり様に、郲那にこの仕事をオファーを出した番組の責任者は、彼女に本当にこの仕事が務まるのかどうなのか不安になったが、生放送の時間が近付き、代役を探す暇もない事から、とりあえず今回だけと言う条件で、彼らは郲那に仕事を依頼した。
今日から放送するそのラジオ番組のコンセプトは、《La lettre de l'amour de minuit》。
意訳すれば、“真夜中のラブレター”となる。
つまり、真夜中にこっそり、ひっそり、想いを寄せる相手へ言葉を紡ごう、と言うワケである。
本来、この番組の司会進行にとオファーを願い出た女優は清純で純粋と言う言葉が似合っていて、昔の郲那では皮肉的で嫌味な印象しか感じ取れなかったのだが。
果たして今の彼女は、一体どんなキャラクターを作りだすのか。
番組スタッフの胸の中に、8割の不安と1割の落胆、そして残りの1割に微かな興奮と期待を抱かせ、郲那の戦いは始まった。
番組の内容はネットやファックス、電話から寄せられるリスナーの声に、番組の進行者やサポート役や、たまに招くゲストが答えて行き、意見を交わすと言う、在り来りな内容だ。
非常にシンプル過ぎると思われようが、シンプルだからこそ難しいものとなっている。
郲那はパイプ椅子に座り、瞳を閉じ、深呼吸をして心を落ち着かせて6年ぶりに公の電波に自らの声を乗せ、流した。
――こんばんは。今夜から始まる《La lettre de l'amour de minuit 》の司会代役を務めさせていただく白河 郲那です。
皆さんは私の事を覚えて下さっているでしょうか。もしかしてまだしぶとく生きてたのかと呆れ果てる方々もいらっしゃるかも知れませんが、今夜だけは私に付き合って下さい。
私は今は芸能界をお休みと言うか無期限活動中なのですが、どうしてもと言うお言葉に、今夜だけお手伝いさせて頂く事になりました。
理由は簡単です。
単に今の生活の生き抜きです。
滔々と語られて行く言葉には、明るさや笑いを誘うモノばかりで、本人から受ける暗い印象は全く無い。それ以上に驚いた事は、彼女の言葉遣いの丁寧さと、リスナーへ対する返答の内容だった。その中でも特に心に残った言葉は。
「子供さんに手を挙げてしまうのは良く判ります。それによって自己嫌悪に陥ってしまうアナタの気持ちも。
――今は抱きしめてあげる事は出来ないかも知れません。ですが決してここで諦めないで下さい。諦めてしまえば、アナタとお子さんは一生抱き締め逢う事は叶いません。最初は少しづつ、慎重に。
手を挙げそうになったら、御子さんから顔を逸らしてみてください。それだけで、何かが変わると思います。」
悩んでいる問題を抱えているのは、決してアナタ一人ではないのだと勇気づける言葉の数々と愛の言葉は、その日、偶然にも番組を視聴していた人達の心に確かに響いたが、郲那の想い人だけには終ぞ届かなかった。
そうして15分だけのささやかな放送は終了し、郲那は再び公共の場から姿を消したのだった。
素直に言えない想いを胸に抱いたまま。




