12月6日 火曜日
陽菜は携帯電話を手に、たった今送ったばかりのメールを見返していた。たった一言、おはよう、と送った久しぶりのメール。机の上に置いて、化粧を始めた。
ぶぶ、と携帯電話が震えた。
見ると、昨夜「おやすみ」とメールを完結させた、合コン相手からだった。
思わずもう一度携帯電話を置き、鏡とマスカラを手に取った。返信を待っていた相手ではなくてがっかりしたものの、このままメールが返ってこなかったらどうしようという不安が、少し軽くなっていた。自分のことを気にかけてくれる人がいるということに、心がほっこりと暖かくなる。
30分後、おはようメールを送った相手からも返信が来た。おはよう、と返してくれた言葉に、今日の彼の仕事のことを一言添えている。
陽菜は、彼とのメールが好きだった。もともとメールは好きではないが、この少ない文字数で何度も送り合うのが楽しくて携帯電話を何度も確認するうちに、自然と彼以外とのメールも増える。彼とメールをしていない時の陽菜は、非常に筆不精なのだ。
こうしてたった一言、何の意味のないメールにすぐに返信してくれるのが嬉しい。そうしたメールがその日何度か続き、夜までメールをした。
終業後、暗い路地を陽菜は家に向かって歩いていた。カツカツとヒールの音が響く。
(好きになった方が、負けか)
今回の恋、あの“男友達”への気持ちは、叶いそうもない。都合のいい相手として思われてもいい。それでも、彼がいることで、もっと色んな人と関わって、もっと色んなことがしたいと思える。
(メールくらいが、一番いい距離なのかもしれない)
陽菜の恋愛経験と言えば、付き合った人数が3人、身体だけで終わった相手は“男友達”も含めて3人。
(付き合った人は、3人ともが向こうからメールしてくれて、電話してくれて)
そのため、自分の方の気持ちが大きいときにどう頑張ったらいいのか分からない。恋愛がパワーゲームなら、一度負けてしまったらそこからどう覆せば逆転出来るのか見当もつかないのだ。
(好きになってくれた3人とも、結局たいして深く関わることもなく、プラトニックなまま終わっちゃったな)
周囲には、恋愛の話題に事欠かないと言われている。しかしその割に、陽菜には恋愛の土台となるものがなかった。そのアンバランスで不安定な価値観を隠したままここまで来てしまったことが、現在の陽菜の弱さに繋がっている。
恋愛が出来ないなら、お見合いでもいい。
それとも、もう一人で生きていく覚悟を決めて、そのための術を身につけることに専念してしまおうか。
(その選択肢も悪くはない)