第16話 白鬼の里
重い門が背後で閉ざされると、肌を焦がすような熱気は嘘のように引き、静寂が三人を出迎えた。
峡谷の起伏に沿って道なりに進むと、外界から切り離されたかのような盆地が現れた。
そこに、ひっそりとたたずむ集落がある。
敷きつめられた白砂の先には、原木を組み上げ、わらを敷きつめただけの家々が立ち並ぶ。
軒先には干からびた菜っ葉が吊るされ、細々と煙を上げるかまどからは、貧しい煮炊きのにおいがかすかに漂っている。
人の気配は薄く、ただ風が建物のすきまを寂しげに通り抜けていくだけの、ささやかな里だった。
これまでに遭遇した紅い肌のオニ、紅鬼とは、明らかに異なっていた。
不意に物陰から姿をのぞかせた数少ない住人たちは、一様にやせ細り、その頭上には、小さく白い角が生えている。
戦うすべなど、持たないのだろう。
目の粗い衣服をまとった彼らは、見たことのない人間の姿を発見すると、言葉を失い、身をこわばらせた。
「似ているね、なんだか……」
「ここまでしけちゃいねえだろ」
こう答えてはいるが、クロウもモモと同じ印象を持ったことは疑いがない。
モモたちが暮らしていた貧困街は、今でこそ違うかもしれない。
けれど、幼いモモがはじめて目にしたあの場所は、誰からも見て見ぬふりをされている、見捨てられた区域に思えたものだった。
この里の光景は、その記憶と重なるのだ。
物珍しい旅人を、何事かとのぞき見る幼子がいた。
きょとんとする、その年端もいかない子オニと目があうと、モモは安心させるように微笑んだ。
幼子はその優しい表情に笑い返そうとするが、かたわらに立つ大男の姿を見るなり、顔をぐしゃぐしゃにして泣き出してしまった。
それに気づいた母親が駆け寄ると、幼子の目をおおうように抱きかかえ、はじかれたように家々の影へと逃げこんでいく。
残されたオニたちも、足早に散っていった。
ガタガタと頼りない板戸が閉まり、内側からかんぬきをかける音が、あちこちの家から響いた。
「俺……のせいか?」
「僕たち全員のせい、だよ」
シキが、戦いの汚れが残る衣服をひらりと振ってみせた。
意気消沈したモモとクロウ、平然としているシキが、静まり返った里を進む。
やがて、板戸が一つだけ開き、数人の男たちに背をうながされ、一人の老人が姿を現した。
長く白いひげをたくわえ、ひび割れた杖を突いたその老白鬼は、三人の前へと進み出た。
その薄い紫色の瞳には、深い警戒心が宿っている。
「……何者じゃ、お主らは」
かすれた、だが威厳の感じられる、意思を振りしぼるような声だった。
長老は三人のたたずまいを、特にシキの抜かりない構えとクロウの大剣を凝視し、杖を握る手をふるわせた。
「あの関所を越えて、この里へ足を踏み入れさせた人間など、これまでに一人としておらん。よもや、グレンの差し金か。我らのなかに不穏な分子がいぬか探りに来た、紅鬼どもの刺客か」
老人を支配する、困惑と恐怖。
その警戒心を少しでもやわらげるため、シキは構えを解き、一歩前へ出た。
「落ち着いてほしい。僕たちは誰の刺客でもない。ある目的があってこの島へ渡り、ここへたどり着いた。あなた方に、どうしてもお聞きしたいことがある。少し、話をさせてもらうことはできないだろうか」
礼を尽くしたシキの言葉に、長老はわずかに眉をひそめた。
それでも、握りしめた杖のふるえは収まらない。
「話を、じゃと? 何をたくらんでいるかは知らんが、これ以上勝手をされては困る。お主らの不始末のせいで、あの紅鬼どもの怒りがどちらに向くか、考えたこともないのじゃろう」
長老の背後では、すきまだらけの板戸の奥から、幾重ものおびえた視線が三人へと注がれていた。
ここで暴挙を起こされれば、一族が破滅する。
老人の拒絶は、その悲壮な責任感の裏返しだった。
「民を代表して聞く。お主らの目的は何じゃ。何をすれば、この里から立ち去る」
その詰問を受け、モモはシキの背から進み出た。
そっと服の袖をまくり上げ、右手を長老の前に差し出す。
「わたしは、この手の秘密を知りたいの」
差し出された人差し指の先は、青白く、変異した結晶に蝕まれていた。
「これはまさか……長老、依り代さ――」
背後に控えていた男が、声を荒らげた。
あまりの衝撃に、握りしめていた農具の柄が、ガタガタと音を立てる。
その言葉が言い切られるより早く、長老は鋭い目つきで振り返り、男の胸元を杖で打ちすえていた。
男はうめいて口をつぐみ、長老は余計な言葉を断ち切るように、厳しくにらみつける。
しかし、その反応こそが、何より雄弁だった。
モモは身を乗り出し、すがるように長老の顔をのぞきこんだ。
「何か、知ってるのね?」
言葉を失った老人の顔から、血の気が引いていく。
長老はしばらくの間、値踏みするようにモモを見つめ、沈黙していた。
やがてあきらめたように深く息を吐き出すと、裏手の山かげをあおぎ見た。




