トイレの花子さん(OL編)
私の名前は山中花子。
今年、大学を卒業したばかりの22歳の新OLだ。
今日は新人歓迎会。
同じ部署の先輩方との飲み会だ。
いい感じの料亭っぽいお店に連れて行かれて、
うわーー、こんなところで食べれるんだ!
と、気分は急上昇。
入口からして違う。
静かで、落ち着いていて、なんかちょっとだけ場違いな気がするくらい。
でも、その違和感よりも、
「タダで食べれる」という現実の方が勝っていた。
個室へと案内され、歓迎会は開始される。
「今日は新人歓迎会だ!存分に親交を深めてくれ!長い挨拶も嫌われるから、手っ取り早く、じゃあ、乾杯!」
なんて言う先輩か分からないけど挨拶のあと、飲み会は始まった。
こんなお店でタダとはラッキー!
いい気分の中、出される料理とお酒に舌鼓。
料理はどれも美味しいし、お酒も進む。
正直、最高だった。
そして、調子に乗って飲み食いをしていると、サバのお刺身が出て来た。
生け簀で泳いでいるなとは思ってたけど、まさか出されるとは思ってもいなかった。
「先ほどまで、そちらの生け簀で泳いでいたものです。鮮度はバツグンなので、是非お楽しみください」
と、自信満々に中居さんは告げると奥に戻って行った。
私も、先輩達も、
「これは美味い」
「流石、鮮度バツグンだ!」
といい感じにいただく。
確かに美味しかった。
口に入れた瞬間、舌に張り付くような感じがして、
そのまま、ぬるっと喉の奥に滑り込んでいく。
……ちょっとだけ、変な感触だった気もする。
でも、美味しかったから気にしなかった。
いい感じに場も温まっているので、先輩達のご機嫌を取るために、お酌をして回ることにする。
「新人の山中です。よろしくお願いします!」
といい感じに顔を売りながら回っていると……
なんとも言えない腹痛が、
最初は、違和感だった。
あれ?くらいの。
でも、それがすぐに「痛み」に変わる。
「……っ」
みぞおちの辺りが、じわっと重くなる。
内側から押されてるみたいな感覚。
(なにこれ……)
少しずつ、確実に強くなる。
「すいません……ちょっとお花を摘みに行って来ます」
「ああ、わかった」
と、答えられるも、もう私の耳には入らない。
部屋を出るまでは平静を装う。
でも。
襖を閉めた瞬間。
私の戦いは始まった。
内股になりながら早歩き。
歩幅は小さいのに妙にスピードの速い歩き方だ。
探すはトイレの看板かお店の人。
そう、私はトイレの場所が分からない。
なんで、このお店、やたら広いの!
さっきは「高級感」で済んでいた広さが、
今はただの迷宮にしか思えない。
廊下が長い。
曲がる。
また曲がる。
似たような景色が続く。
さっき通った気がする場所を、もう一度通ってる気がする。
(まだ!?)
痛みが増す。
しかも。
なんか、おかしい。
ただの腹痛じゃない。
奥で、何かが動いてるような、
「……え?」
一瞬、止まる。
でも、すぐにまた痛み。
ズキン、と鋭く。
(今……動いた?)
そんなはずない。
でも。
確かに、内側から「触られた」みたいな感覚があった。
「もうっ!どれだけ広いの!」
だんだん腹が立ってきた。
正直、もうお腹は限界だ。
しかもめちゃくちゃお腹が痛い。
何これ!私、何か悪いことした!
なんか、吐き気さえ催して来た。
でも吐けない。
喉まで上がってくるのに、何も出ない。
ただ、気持ち悪いだけ。
そして、やっとのことでトイレの看板を見つけて、急いで駆け込む!
さっさと脱ぐものを脱いでトイレに!
出すもの出した。
……けど。
痛みは治まらない。
「……なんで」
むしろ、強くなってる。
みぞおちの辺り。
そこ一点が、明確に痛い。
いや、違う。
痛いというより。
何かに「噛まれてる」みたいな。
(え……)
嫌な想像が頭をよぎる。
でも、考えたくない。
考えたくないのに、
勝手に想像してしまう。
中で、何かが動いている。
小さい何かが、くねくねと。
「……やめて」
声が漏れる。
誰に向けてるのか分からない。
でも、止めてほしい。
痛い。
とにかく痛い。
今までに経験したことが無い痛みだ。
子供を産む時の痛みってこんな感じなのかなとか、今はどうでもいいことすら頭に浮かぶ。
もう、どうすればいいか分からない。
ただ、やれることは限られている。
やれることと言えば、もう……、
「神様!ごめんなさい!
私、何か悪いことしましたか!
もう悪いことはいたしません!
だから、もう勘弁してください!」
息が乱れる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
痛みのたびに、言葉が漏れる。
とトイレの中で一人で騒いでいると、
「お客さま、大丈夫ですか?」
と声を掛けられる。
「す、すいません……」
「トイレをしたのですけどお腹の痛みが治まらなくて……我慢できない痛みが今も……冷や汗が止まりません」
「どんな感じの痛みですか?」
「みぞおちの辺りがすごく痛くて……あと、吐き気もあります……」
「あーー、恐らくですが、それってアニサキスかも知れません」
その言葉で、全部繋がった。
サバ。
さっきの感触。
あの違和感。
中で動く感じ。
(いる)
確信した。
「救急車を呼んだほうが良いと思います」
「お、お願いします!」
*
その後、私は救急車で病院へ。
診断はアニサキス。
胃カメラで直接除去。
画面に映ったそれは、
白くて、細くて、
くねくねと動いていた。
私の中で。
*
その後、その時の話が出回って、
裏でコソコソと
「トイレの花子さん」
と呼ばれているのを私は知っている。
もうサバなんて食べない。
……いや。
正確には。
食べられない。
今でも時々、
みぞおちの奥が、
ピクッと動いた気がするから。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回は、ちょっとした日常の中にある「リアルにありそうな怖さ」をテーマに書いてみました。
アニサキス、名前は知っていても実際に当たると本当に大変らしいですね……。
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