第10話 「最初の限界」
誰も、すぐには動かなかった。
目の前の黒い塊。
さっきまでと違う。
強い。
それだけじゃない。
通じない。
「……どうする」
蓮斗が低く言う。
「このまま突っ込んでも、削り切れない」
白峰が冷静に返す。
「じゃあ逃げるか?」
その一言で、空気が止まる。
逃げる。
それも選択だ。
祖父が言う。
「逃げるなら、今だ」
その通りだった。
これ以上引き延ばせば、崩れる。
全滅もありえる。
選べ。
戦うか。
逃げるか。
俺は、前を見る。
黒い塊は動かない。
余裕がある。
舐められている。
「……いや」
小さく呟く。
「まだ、やれる」
根拠はない。
でも。
分かる。
今までのやり方じゃ、無理だ。
だから。
変える。
「……役割、崩すぞ」
「は?」
蓮斗が振り返る。
「崩すって、どういうことだよ」
「今のままだと読まれる」
白峰が、すぐに理解する。
「……固定をやめるのか」
「そうだ」
祖父が短く言う。
「続けろ」
「蓮斗、前だけじゃなくて動け」
「お、おう!」
「玲奈、削りじゃなくて“引け”」
「……引く?」
「囮だ」
一瞬、空気が止まる。
でも。
「……分かった」
玲奈は迷わなかった。
「白峰、読むな」
「……は?」
「考えるな。直感で動け」
「非効率だ」
「今はそれでいい」
少しの沈黙。
「……了解」
ぴーちゃんが、小さく揺れる。
「……こわい」
「……大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように、呟く。
「行くぞ」
動く。
今までと違う。
形を崩す。
玲奈が先に出る。
「……こっち」
黒い塊が反応する。
速い。
でも。
読めない。
だから。
逆に読まれない。
蓮斗が横から入る。
「ぶっ壊す!」
当たる。
浅い。
でも、通る。
「……入った!」
白峰が動く。
いつもの位置じゃない。
「ここか」
迷いながら。
でも、確実に。
ズレる。
ズレるから。
敵の動きも、ズレる。
その瞬間。
「今だ!」
叫ぶ。
玲奈が踏み込む。
傷を無視して。
「……削る」
深く入る。
黒い塊が、大きく揺れる。
「効いてる!」
蓮斗がさらに押し込む。
連携じゃない。
でも。
崩したからこそ、通る。
最後。
「そこだ」
自然に言葉が出る。
全員が動く。
同時に。
黒い塊が、崩れた。
静寂。
誰も、すぐには動かなかった。
「……はぁ……」
蓮斗が座り込む。
「……なんとか、なったな」
「……最適ではない」
白峰が言う。
「だが、有効だ」
玲奈が、小さく息を吐く。
「……崩した方が、通る」
祖父が、短く言う。
「覚えとけ」
頷く。
今、分かった。
崩れない形は、強い。
でも。
崩せる形の方が、生き残れる。
ぴーちゃんが、小さく揺れる。
「……すごい」
その一言で。
少しだけ、実感した。
越えた。
小さいけど。
確実に。
前に進んだ。
でも。
これは、まだ最初だ。
この先にあるのは。
もっと強い敵。
もっと厳しい選択。
そして。
まだ見えていない“何か”。




