一連――ハジマリノトキ
ここは、天国と人間界の間に潜む「妖精界」。
ここでは、二種類の妖精たちが、私たち人間と同じように暮らしていた。
闇の妖精は、夜の力を操り、静けさと記憶を守る者たち。
光の妖精は、朝の光とともに、芽生えと希望を運ぶ者たち。
でも、二つの世界は、普通は決して交わることができない。
なぜなら、二つの世界をつなぐためには、ある”儀式”をする必要があるから。
その儀式の名は、まだ、誰も知らない。
けれど、今――
不思議な気配が、この世界に満ちていく―――
「ん・・・」
ああ、もうこんな時間か。
「大人か・・・」
私は、一つつぶやいた。
私は、十年前の“事件”で生まれた。闇の妖精と、光の妖精。本来なら、決して交わらない二つの存在。
その二人が出会い、私は生まれた。私は、妖精界で唯一の「儀式をしなくても闇の妖精の世界と光の妖精の世界を行き来できる妖精」。
昨日は、私の十歳の誕生日だった。妖精界では、十歳から成人だから、成人式もあわせて。
光の世界では、白い花の咲きそろう野原で、光の妖精たちが歌い、やわらかい風が私の髪をなでていた。
「あなたは、朝の希望と、未来の始まり」と讃えられ、
純白のドレスを着て、光の精霊から“祝福の羽”を受け取った。
闇の世界では、星のない森の中、深い青の灯りがともった。
闇の妖精たちは私を囲んで踊り、「君は、夜の静けさと、秘密を宿す者」と称えた。
闇の精霊からは、沈黙の宝珠”が贈られた。
そんなふうに一日がすぎた。
今は、光の世界にいる。この野原は心地がいいから、ついつい寝ていたんだ。
昨日はずっと起きていて眠いから、もう一度まぶたを閉じようとしたその時。
『大人になるって、どういうことだと思う?』
不意に、声が聞こえてきた。優しくて、どこか遠いような声。
起き上がって辺りを見渡しても、そこには誰もいない。
でも―――
野原の草が、優しく揺れていた。よく見ると、一本だけ、白と黒が入り混じった不思議な花が咲いている。
なんだか、その花が、私に語り掛けているような気がしたんだ。
声は続ける。
『あの”儀式”は、まだ解けていない。けれど、きみだけは――鍵を持っている』
『もし……本当にふたつの世界をつなぎなおしたいのなら、その“問い”に、こたえてみて』
私は、さっきかけられた問いの答えを考えた。
「私は、まだ大人になっていないから、わからない」
気が付いたら、そう答えていた。
「だって、まだ、大人になったっていう実感がわかないから。本当に、心の底から私は大人になったんだっていう気持ちになる時が、本当に大人になる時なんだよ」
『そうか・・・それが、きみの出した答えなんだね』
声がそういうと、不思議な花がぼうっと光りだした。
『きみには、みせてもいいかな』
「・・・へ?みせる?」
次の瞬間、あたりが真っ暗になった。
”視界が開けた。
元いた場所に、光の住民たちが大勢立っている。
あの花は、もうない。
大きな火のまわりに立ち、妖精界によく生えている植物「ソルケイノ」の葉を持って踊る住民たち。
囂々と燃える火は、だんだんと大きくなり――
踊る人々を、飲み込んでいった。
何とか生き残って火を消した人達は、「やっぱり、本に書いてあった通りだ」と嘆いている。本?
そう思った瞬間、闇の世界に移動していた。
こちらの住民たちは、天にまで届くはしごをかけて、一人ずつ上っていった。10人目が上り始めた時、空がピカッと光り、光は上っていた人々を突き落としていった。そのあとも、妖精界の住民たちが謎の儀式をしては失敗するのを繰り返し見ていた。
そして、二十回目。
それは――ちょうど十年前の光景だった。
妖精界に、巨大な竜巻が起きていた。
世界ごと、全てを巻き込んでしまうような暴風。
そして――
静寂。
空は、変わっていた。
光でもない。
闇でもない。
どちらでもない、空。
この時だけ、光の世界と闇の世界は…つながっていた。
そして、二人の妖精が、それぞれの世界から、かつて壁があった場所に、歩み寄ってきた。
私は、すぐにピンときた。この人たちが、私のお母さんとお父さんだ。二人は、そこで結婚し、子供…私を生んだ。お母さんが私を生むまで、空は、世界は、戻らなかった。まるで世界が、私の誕生を待ってくれているようだった。
お母さんが私を生むと、闇の世界にいた光の世界の妖精は光の世界に戻され、光の世界にいた闇の妖精は闇の世界に戻されて、壁が元の場所にできた。でも、壁にはアーチ状に穴が開いていた。私は、その中に、入っていた。その穴は―――まるで、私のためだけに開いたようだった。”
ふと気が付くと、私の周りは、もとに戻っていた。元通りの野原にいて、元通りの風が吹いていて、そして、足元には、元通りの花が咲いていた。
「今のは、なに?」
『・・・忘れられたことは、なかったことになると思う?』
花は、答える代わりに、私にそう聞いた。
どこか、寂しげだった。
「?」
『―――そんなことより、空をみてみなよ』
「え・・・うそでしょ・・・」
空を見上げて、私は仰天した。
空が―――変わっていたのだ。花が見せてくれた物の中で、一番最後に見たものと同じように。
「!まさか・・・」
頭の中で一つの可能性を考えたときには、もう体が動いていた。向かうは、あの「境目」。私だけが、通れる場所。
『・・・頑張ってね』




