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第一章『親子』

二、

 おかわりをしたオレンジジュースは、真っ黒い靄の中に取り込まれるとゴクゴクと飲み干す音が聞こえて来る。

 飲み干されたジュースのコップは、靄からヌルッと出て来て、ポトンとテーブルの上に置かれた。

「じゃあ、気がすんだら、そこから出てきて話してくれるかな」

 キラキラと光っていた双眼は次第に光が消えて行くように暗がかった。

「さっきも言ったと思うけど、俺は手段を選ばなくても良いけど。今度は止めてくれる人は居ないよ」

 俺の言葉に、双眼は震える。

 子供だと分かっているからこそ、まるで脅しているようで良い気分では無い。

 だけれど、じっと待っているだけで出て来れるならそもそも地縛霊になりかける事など無いのだ。

 俺は、真っ黒い靄を見据え手を差し出すと、靄の中から白くて細い小さい手がおずおずと出て来た。

 その手に掴まれ、ゆっくりと靄から引っ張ると女の子が産まれたての小さい男の子を抱いて出てきた。

「..赤ん坊もか。だから、靄になってしまっていたのか」

 徐々に真っ黒い靄が消て行くと、小学生低学年位の女の子は俺に赤ん坊を差し出す。

 何の躊躇い無く、赤ん坊を受け取ってしまい、はっとした。

「この子は、君の弟?」

 女の子は、小さく口を開いた。

『うん、わたしの弟なの』

「この子を守っていたんだな」

『だって、つめたいんだもん。ずっとずっとあったかかったのに。今はつめたいの』

 女の子は身体も服も汚れ、痩せ細っている。聞かなくても分かる理由に、胸が痛んだ。

『おねがい。ママには内緒にして』

「うん、分かった。言わないよ。だから、安心して」

 そう言うと、女の子は安心したように弟の顔を覗き込んだ。

「弟の名前は?」

『あゆむ。あゆむって言うの』

「君の名前は?」

『かえで。ねえ、おねがい、あゆむをあたためて。わたしじゃ、あゆむ、あたたかくならないの。つめたいままじゃママが怒るの』

「分かった。それが君の望みなら。でも、俺赤ん坊の面倒なんてみたこと無いんだけど」

『わたし、あゆむが大好きだったタオル取ってくる』

「何処にあるか知ってるのか?」

 女の子は一瞬考えたが、思い付いたかのように双眼がキラキラと輝いた。

『うん』

「じゃあお願い」

『..ぜったいママにはあゆむがここにいること今は内緒にしてね..ぜったい』

「言わないけど、ママもここに来るのか?」

 女の子が不安そうに俺を見上げた。

『分からないけど。ママはずっとあゆむを探しているの。ママがあゆむを見つけた時、あゆむがつめたいとママがかなしむから。あゆむがあたたかくなるまでママには内緒にしてね』

「君は、、」

 と言いかけて、言葉をつぐんだ。

 女の子を見れば、どういう扱いを受けて来たのか痛い程分かる。

「分かった。絶対言わないよ」

 女の子の双眼がゆっくりと瞬きを繰り返し、安心したかのように笑ってすぅっと消えた。

 

「そうか。母親がもしかしたらここに来るってことか」

 この家族についての事情は分からないし、決め付けも良くない事だと分かっていても、腕の中に居る赤ん坊の無垢の寝顔を見ると、俺の心にも真っ黒い靄がかかっていく思いだった。

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