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第一章 『親子』 

 一、

 例えば、急に枕元に死神が現れ、明日が寿命ですと告げられた場合、大抵の人は、夢だと思うだろう。

 なぜなら、死神自体、根拠あるいは実体が無いからである。

 そして、そう言った話は、大抵嘘である。

 まして、本当の寿命など、いつ来るのかなど分かるものではない。想定していても、突然やってくるのが寿命そのものなのだから。


「急に電源が落ちたんだって。オレはキーボードしか触ってないし。電源なんて触れないだろ?」

 春生は、そう言いながらバシバシとディスクトップを叩いている。

「キーボードでも、電源は落とせるよ」

 と言うと、春生の表情は強張り、パシパシと叩く手が優しくなった。

「電源を入れてもうんともすんとも言わないな」

「機械だって寿命が来るじゃん。寿命なんだよ。コイツ」

「でも、さっきまでは動いてたのに?」

 俺の言葉に益々バツが悪そうな表情になって行く。 

 そもそも、用があると家に来ておきながら、機械音痴の春生がパソコンでゲームがしたいと言って、俺のパソコンを占領し、オンラインの対戦ゲームをして熱くなったのだ。

 春生も、『オイコラ』とか言葉が悪くなるくらい熱狂していたのも確かだが、まあ、実際に熱くなったのはパソコンの方だ。

 パソコンはかなり古く、何回も熱暴走していたので、寿命が来たと言うだけだが、春生はそれを知らない。寿命がいつ来ても良いようにデータのバックアップを取っていたおかげで、俺は冷静だったが、春生は内心やってしまったと思いパニクっているのが分かった。

 その後、何回か軽く叩きながら、どうしようと考えてあぐねいているのが見えて、意地悪はこれでおあいこにした。

「叩いたって直るもんか」

「なんでだよ。言うこと聞かねぇやつは、拳で分からせんとだろ」

「どこの、ヤンキーだよ」

『寿命が来ただけだから気にすんな』と言う表情だけを向けて、壊れたパソコンを名残惜しそうに見ている春生の背中を押して部屋から追い出した。

 リビングに行き、隣のキッチンからオレンジジュースとコップをテーブルに置いた。

 そもそも、俺に用事があって家に来たのを知っている。

「それで、何の用?」

 春生の分と俺の分、次いでに、良く分からない春生にくっついている人物(?)の分のオレンジジュースを注ぐ。

「なんの用って、分かってんじゃん」

 テーブルに3つ分のジュースを注いでいる俺を見ながら春生は呆れたように言った。

「それで、きみは隠れているつもり?」

 良く分からない人物(?)は、春生の左後ろから、ちらりとこちらを伺い見ていた。本当は、目を合わせたり、安易に話しかけたりなんてしない方が良い、らしいんだけれど、見えるものは仕方ないし、居ない事を否定する事は出来ない。

 まして、見えているモノに対して無視は気が引ける。

「春生に、何か用があるの?それとも、他に誰かに用があるの?」

 良く分からない人物(?)は、小さい子供位の背丈の黒い靄で、その子供がソファの上で立っている時の顔の高さに双眼だけが浮かんでいる姿だった。ちらりとこちらを覗いている双眼は、大人には見えない大きさで、黒い靄とは似つかない純粋無垢な瞳をしていた。

 浮かんでいる双眼は、暫く俺を見つめた後、春生の方を見つめた。

「春生に用はなさそうだよね。春生から離れる気がないなら、子供でも手段を選ばないけど」

 春生に、手を伸ばすと春生の方が俺の手を叩いた。

「そんな、無理強いしなくたっていいじゃん。こいつは、ただ寂しいだけなんだよ」

「寂しいからって、生きてる人間にくっつくのは、その子にとっても良くないよ。いずれ、この世界から離れがたくなって、自縛する」

「こいつだって分かってるよ。そんな事」

 黒い靄の子供の方を見ると、知らなかったと言わんばかりに目を見開き驚いていた。

「自縛すると、もう、次へは行けないし、何百年と祟りだと恐れられて、余計に人が寄り付かなくなって、今よりも寂しい思いをするんだよ。知ってる?それにいずれ、一定の場所から動けなくなるんだよ」

「そんなおどすなよ..」

 黒い靄の子供を見据えて続けた。

「君はそれでいいの?本当は誰かに用があるんでしょ?」

 彼らに必要なのは、実は簡単な言葉なのだ。

 簡単な言葉さえ、彼らはそれを見つけられず、この世界をさ迷い続けている。

 彼らに何がしたいのかを訊ねられる事が出来るならば、彼らは生きていた時を思い出して、この世界から離れて行ける。

 例え、自縛霊になったとしても、訊ねてくれる人間がいればいいだけのなのに、動けない彼らは、そんな人間を待つしかない。

 だからこそ、何百年もこの世界に居続ける事になって、我を忘れて怨霊になって行くのだ。


「それで、春生、どこで拾ってきたの?さっきの子供」

 春生から離れた黒い靄の子供は、まだ、何かあるらしく、俺の周りをウロウロしている。

 春生はそれに気付かないまま、離れた事を安堵し、ジュースを飲み干した。

「よく分からん。気付いたらくっついてきたっぽい」

 春生は、霊ついては見えないのだが、本質はかなり霊感が強くて、磁石のように良く何かをくっつけてくる。

 くっつかれるとその者の負の感情が入り込んでくるらしく、大変らしい。そんな訳でちょくちょく言葉使いが悪くなるんだと言うが、元々彼の性格なのは知っている。

「どんなヤツだったの?」

 春生はお茶請けに出したポテトチップスを頬張った。それを黒い靄の子供は羨ましいそうに目を輝かせて見つめている。

 俺は、その子供の前にお皿に分けたポテトチップスを置くと春生の手が止まった。

「まだいるの?」

「うん。俺の隣に座ってる。春生がバリバリとポテチを食べるから、またくっつきそうだったよ」

 更にオレンジジュースも前に置いてあげると、双眼はキラキラと俺を見つめてきた。

「それで、子供がどんな姿か知りたいんだっけ」

 意地悪く訊ねると、春生は立ち上がった。

「そういえば、に、荷物が届くんだった」

「帰るの?」

 春生は、顔を引き攣らせて、じゃあと手を挙げた。

「パソコンはごめん。弁償するから」

「はは、寿命だったから気にしないでいいよ。元々廃棄する予定だったし」

 今度は言葉に出すと、春生は怪訝な表情を浮かべて「ほら、オレのせいじゃなかったじゃん」と口をへの字に曲げて言った。

「ごめん。だってさ、春生もパソコンを叩くから。俺のパソコンなのに。ちょっとした意地悪だよ」

 玄関まで見送りながら笑っていると、春生は不服そうな表情で溜息を吐いた。

「ほんとに焦ったんだからな」

「あおいこだろ。電源落ちたのは熱中して春生がゲームしていたからなんだから。

 あ、今日は商店街を通って帰る方がいいよ。夕方だし、人が多い方が君は紛れるから」

 玄関を開けた春生は、また不服そうに俺を見ると

「わかったよ。今日は、疲れたからそうする」と言って扉を閉めた。


 春生を見送った後、リビングに戻り、ちょこんとソファに座っている黒い靄の子供の姿を見ると、どっと疲れが押し寄せて来る。

 俺だって、本当は疲れる。

 この世界に居ないモノと話すのは。

 それにいつだって、簡単に行くわけでもない。

「オレンジジュースのおかわりはいる?」

 多少、うんざりしながら訊ねると、またキラキラとした双眼は俺を見つめた。


続く

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