8-1 あの頃、陽華は
「骨喰特等。いえ、骨喰加那太くん。あの日、禁書災禍で失われたもう1つの禁書、禁書《盲信》を持っているのは――――私なのです」
時が止まったような静寂。
カロはその言葉の意味を理解するのに、相当な時間がかかった。
「私がそれを手にすることになったきっかけは――――5年前、岩手が特魔にやってきたことでした」
それに構わず、陽華は淡々と語り続ける。
「彼は副司令、そして政府の推薦があって特魔に加入することになります。しかし、追放された一族、それにクラゲ大樹というあり得ない存在まで生み出したその男に、皆は懐疑的な目を向けていました。――――特に、赤木家が特魔を守るんだという使命感を持っていた母は、会議で加入の案が上がった際も猛反発していたそうです」
「そりゃまあ、そうですよね……」
「しかし、特魔も政府機関。上の決定には逆らえません」
「……理不尽すね」
「さらに、それから少しして、母は禁書の調査のために日本を代表してアメリカに行くことになりました。――――その時、私は初めて母から禁書《盲信》を手渡されたのです」
「どうやって手に入れたのかとか、聞かなかったんですか?」
「当然、聞きました。――――どうも、禁書災禍の時に手に入れていたようです。特魔を守る中で、偶然手にする機会があったと。そうですよね 彼は禁書災禍の時、まだ6歳だった。それを手にしようがないんです」
「……何で、特魔に返さなかったんですかね」
「母曰く、禁書災禍で散った残りの禁書を集める際に必要になる力だ、と。――――言葉通り、母は禁書の回収に熱心でした。母がアメリカに行くのも、禁書の調査のためでしたから」
「でも、アメリカに行く際に手放したと……」
「……母は、私に何度も言いました。『アザミを、そして特魔を守るように』と。岩手に対する最後の壁になれるように。母にとってはそちらのほうが大事だったのでしょう。――――だからこそ、岩手はアザミを囮に私を誘き出すことにした。彼の狙いは初めから私と禁書《盲信》だったのです」
「それが、あの工場……」
「……その通り。あの日、魔石工場にいたのは、古本屋で襲いかかってきた青髪の少女でした。確か仲間からは『ルイス』と呼ばれていました」
▼ ▼ ▼ ▼
斑目工業の工場がある村より少し離れたところ。
水耕栽培農園を外れて、梨の果樹園のまばらに散らばる木の陰に陽華が隠れる。
すると遅れて、槍を持った青髪の少女――――ルイスに続いて、人がゾロゾロと入ってきた。
「悲しいなぁ、抵抗するなんて……。それに収穫時期だから、荒らしたらレンに怒られるよぉ……」
「ルイス、どうする?」
「……そうだなぁ。金網が破られてたから、ここで間違い無いと思うし。うん。強襲されて殺されちゃったら悲しいから、2人1組で巡回しようか。『窮鼠、猫を噛む』って言うし……」
指示を聞くと、ルイスと呼ばれた青髪の少女についてきた青年たちはペアに分かれて捜査を開始する。
一方、木の陰では陽華が懐から取り出した――――禁書《盲信》の表紙を睨んでいた。
「何かあるかもとは思っていましたが……」
その時――――陽華は不意に頭を下げる。
と、遅れて陽華の頭のあった位置に、魔力を纏った矢が刺さった。
「チィッ……!!」
矢の飛んできた方向には魔石具の弓を構える男と、警笛を加える男がいた。
陽華は禁書を懐にしまうと、空気を練って玉を作り出し、それを2人に向かって飛ばした。――――そして、同時に走り出す。
すると、2人は空気の弾を喰らって倒れはしたものの、その直後、陽華の背中からピィーッと警笛の甲高い音が鳴った。
至る所から足音が聞こえ出し、追っ手が集結し始めているのが分かる。と、さらに逃げ出した木々の向こうからは、棍棒と剣の魔石具を持った2人が陽華を挟むように現れた。
陽華は2人が振ったその隙間を体を捻るようにして通り抜ける。――――と、両方の武器に一瞬だけ手を触れた。
次の瞬間、2人の武器は所持者の意思に反して、ズシンと地面に縛りつけたように落ちて振るえなくなる。――――陽華は、あの一瞬で《魔術:付与》を武器にかけていたのだった。
その様子に武器を持った2人が困惑している隙に、陽華は抜け出そうとする。
しかし、その足を止めたのが、
「《U・9》――――」
と、息を潜めて、木の影から襲いかかってきたルイスだった。
ルイスの持った槍の先端に纏わりついた青い魔力が魔石と共鳴し、ボコボコと沸騰したように泡を上げ出す。
その光景に陽華は嫌な予感がして立ち止まると、後ろに飛ぶ。――――と、直後、槍の突き刺さった地面には蒸気と溶けた地面だけが残った。
「これは、酸……!?」
陽華とルイスは少しだけ距離をとって退治する。と、ルイスの足元から、青い魔力がどんどん広がり始めた。
「あぁ、これ使うと嫌なことばっか思い出すよぉ……。コントロールできないし……。また怒られちゃうよ……。嫌だよぉ……」
吐く言葉とは裏腹に、ルイスが苦しめば苦しむほど青い魔力が生まれ、地面を侵食していく。
(コントロール不可の酸……? 厄介な……)
そうして、どちらも手を打たずに睨み合いが続くと、さらに陽華の後ろから先ほど襲いかかってきた剣と棍棒を持った2人の男の足音が聞こえきた。
どちらが動くか。――――それだけが、問題だった。
すると、風が吹き、揺れた梨が――――ルイスの酸に落ちる。
その瞬間、陽華は、
「躊躇っている暇はない……!!」
と言って、ルイスに向かって走り出した。
ルイスは、
「これ以上、被害を出さないためにもここで死んで!!」
と、陽華に向かって酸の纏わりついた槍を振るう。――――が、次の瞬間、陽華はルイスの頭上にいた。
(こいつ、魔術で生み出した空気の塊を踏んで――――)
すると続けざま、その思考を遮るように、陽華は空を見上げたルイスの顔を踏みつけ、さらに遠くへ飛んだ。
「――――んがっ!!」
そして、そのまま門を出ようとする。しかし、ルイスもただやられるわけにはいかない。
「……ッ、行かせない!!」
ルイスは倒れる直前、体を捻って槍を再度振るうと、その矛先から放たれた酸は陽華を飛び越え、先に門に到達すると取っ手を溶かした。
「取っ手が……!!」
困惑する、陽華。
ジュワッと溶けるその部分に手を伸ばすということは、自ら酸に手を突っ込むことと等しかった。
すると、その戸惑いの隙に、陽華の後ろからやって来ていた剣と棍棒を持った2人の男が追いつく。
そして、男のうちの1人が、何も学ばずに陽華の足元に向かって剣を振り下ろした。――――はず、だった。
「今だ!」
「あいよ!!」
しかし、学んでいなかったのは、陽華の方だった。
陽華はさっきと同じように魔術を使って上に飛び上がる。――――と、もう1人の男がそれを読んでいた。
「捕まえた!」
ガシャンッ――――そんな音がすると、それから陽華は浮遊感を失って、肩から地面に着地する。
腕を見ると、そこには魔術士用の錠が付けられていた。以前、古本屋で瀬尾に使おうとした時のと似たような代物だ。そして、あの時と同じく、陽華は魔術が1つも使えなくなった。
「また、こんなものを……!!」
その呟きの最中、ルイスが背後から陽華に襲いかかる。このままいけば、酸の槍はまっすぐに陽華を貫くだろう。
「……!!」
しかし、陽華も熟練の魔術士だ。タダでやれる気はない。
陽華は自分に錠をかけた男の方に飛ぶように移動すると、足を払い、男を盾代わりにした。
ここでルイスに仲間ごと貫く無慈悲さがあれば、陽華は死んでいただろう。しかし、幸運にもルイスの槍は止まった。
すると、陽華は盾代わりにした男の背を、酸の槍を手に持ったルイスに向かって押す。と、ルイスは慌てて槍を手放し、男を受け止めた。
ルイスが顔を上げると、陽華はすでに門をよじ上り始めていた。
近くには剣を持った男が、腕を抱えて蹲っていた。きっと、陽華に骨を折られたのだろう。
「すまねえ、ルイス」
ルイスの腕の中から立ち上がると、盾代わりにされた男が言った。
「いや、あれをつけさえすれば魔術は使えなくなるから。それに……」
男を安心させるようにそう首を横に振ってから、ルイスはスマートフォンを取り出した。
「悲しいなぁ……。もう逃げられないのに……」
すると、開かれたチスアプリのマップの上には、陽華の居場所を示す赤い点があった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
励みになりますので、良いと思ってくださった方は【☆】や【ブックマーク】をポチッとしていただけると嬉しいです!




