7-7 赤木家に住む絶望
「――――陽華、どこへ行っていた」
「お父様……」
カロに語った思い出の続き。
赤木家、玄関。
対峙していたのは、姉の陽華と――――総司令であり父である赤木清流だった。
その様子を、まだ幼かった私は壁の向こうから覗いていた。
「何をしてきた。また、ほっつき歩いていたのか」
何をしていたと聞く通り、姉は晴れの日に全身びしょ濡れというおかしな格好をしていた。
「……通り雨に当たってしまって。山の天気は変わりやすいですから」
「真面目に修行もせず、気楽なものだ。――――だが、お前には役目がある」
「……」
「それは、アザミの模範となることだ」
『アザミ』――――父の口から出たその言葉を聞くと、姉の拳の中で爪がグッと手のひらに食い込む。
「天日叔父様のようになるな、ですよね。お父様の、弟の」
「……いや、お前にはもう期待していない。あいつのように一般人になったって構わないさ」
「――――ッ!」
「だが、この家にいるうちは、せめてアザミが高校生になるまでは、彼女の見本となりなさい。魔術が使えなくてもいい。だが、その不貞腐れた態度は許さない」
伏せた顔の下、陽華がどんな表情をしていたかは私には分からない。けれど、
「バカにしやがって……」
そう口を動かしたのが、はっきりと見えた。
「何か言うことは?」
父が問う。と、姉は腹の中の思いをグッと堪えて、
「……いえ、アザミの姉としての自覚が足りませんでした。以後、気をつけます」
と、頭を下げた。
「風呂に入ってきなさい」
立ち去る父の背を見る、姉の目つき。
もしそれを自分に向けられたらと思うと、私は怖くなって足音を立てないようそそくさと部屋に戻った。
そんなことがあってから、私は立場とか遠慮みたいなものを覚えていって、徐々に話さなくなっていって。――――だけど、それでもまだお互い少し気まずいだけの、ある意味正常な姉妹関係でいられたと思う。
が、訪れた成人の日――――私は姉の一言で、本当にショックを受けたのだった。
「成人、おめでとうございます。アザミ様」
18になった春、4月22日。
朝、母に連れられてやってきた赤木家の道場。
寝ぼけ眼にくらったのが、姉のそのひどく他人行儀な言葉だった。
ふざけて“様”をつけているわけではない。喧嘩もしていない。ましてや、いじっているわけでも、冷かしているわけでもない。――――これが、赤木家なのだ。
「これからもアザミ様が、ご当主として赤木家、そして特魔や魔術士たちのために邁進していけますよう、1魔術士としてアザミ様をお支えしていければと思います。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」
そう言って、姉は頭を下げた。
続けて、父が当主としての覚悟とやらを母が姉と同じように挨拶をする。しかし、内容など入ってこなかった。
「――――お姉ちゃん!」
挨拶が終わると、私は真っ先に姉を呼び止めた。しかし、姉は立ち止まってくれはしたものの、冷たい表情をして振り返ると、
「アザミ様。姉などと呼ばなくて結構です。次からは、どうか陽華と呼び捨てに」
と、体の前でぎゅっと拳を握りながらそう言った。
その時、私は、
(……ああ。この人も、赤木家の人なんだ)
と、体と心が冷えていくのを感じた。
▼ ▼ ▼ ▼
「――――アザミ、大丈夫?」
アザミが顔を上げると、シズクが玄関にしゃがみ、こちらを覗いていた。
「……そういえば、お前も残ってたんだっけな」
いつの間にか思い出の中に引きづり込まれていたようで、アザミには時間の感覚がてんでなかった。
「どれくらい経った? あいつらは……」
すると、シズクが、
「それなら、帰ってきた」
と、アザミの背後を指差した。
振り返ると、廊下の向こうからカロが現れる。――――そして、その後ろには姉、陽華もいた。
「さて、行きましょうか」
と、陽華が言い、
「どこへ?」
と、アザミが問うと、
「ヒュウガさんの――――俺の叔父さんの家にだよ」
と、代わりにカロが答えた。
▼ ▼ ▼ ▼
「……確か、ここだったはずだよな」
車から降りると、カロが言った。
赤木家から2時間。
そこは、片田舎の大きな山だった。近くには大きな川も流れていて、無人駅がポツポツと存在している。
「何が?」
シズクが尋ねると、
「道」
と、カロは当然のように答える。
「道?」
だが目の前には、道などなかった。ただ、入っていけないほどの竹藪が密集していた。シズクの目がおかしいわけではない。
すると、カロは、
「3人とも、これを体に貼ってください」
そう言って、3枚の魔術布を差し出した。
「貼る?」
陽華は魔術布のうち1枚を手に取って、そこに刻まれた魔術式をジロジロと見る。
「そう。こんな風に」
その傍ら、カロは残った2枚のうち1枚を、シズクのおでこにポンッと貼ってみせた。その姿は白い肌も相まって、まるでキョンシーだった。
ひらひらと風に吹かれて、魔術布がシズク顔の上で揺れる。と、次の瞬間、
「これは……!」
と、魔術布を胸元に貼り付けた陽華が、驚きの声を上げた。
視線を辿っていく。と、シズクも目を丸くせざるを得なかった。
なぜなら、目の前には、さっきまでの竹藪は消えて――――代わりにまるで人が整備したような綺麗な道が、山の中へと続いていたからだった。
「さ、これがヒュウガさん家に繋がる道です。行きましょう」
そう言って、カロは先頭を歩いていく。そして、シズクがその後に続くと、アザミと陽華も少しの困惑を胸に抱えながら、後に続いた。
「どうして、ここを?」
陽華が尋ねる。
「まあ、子供の頃、何度か来たことありますから」
「この魔術布もですか? しかし、子供の時の記憶でよく再現を……」
「あ、いや、それは違くて。俺の左目って義眼なんですけど、それを掃除する時に何か裏に刻まれてるなーって思ってて。それが、ここに入るための鍵代わりの魔術式だったんです」
「義眼……」
「ヒュウガさんが言ってたんです。俺の魔力を、俺自身とシズクのコア=俺の元あった左目とを繋いでるって。――――でも、それならシズクの中に俺の左目があればいい。なら、この義眼は何の役割が? 魔術式の意味は? って、ずっと引っかかてたんですよ」
長く続いた小道の先、現れたのは庭というには広い草原と2軒の建物だった。それも、洋風の。
「そんで、陽華さんに魔術の鍵の話を聞いた後、ちょっと調べてみたら鍵の魔術式と義眼の魔術式の一部が合致しまして。まあ、車で下に来るまでは半信半疑でしたけど。魔術式も見よう見まねですし……」
カロは遠慮なしに近づいていく。その後を陽華が、その随分と後ろにアザミが、それを気にするようにシズクが少し前を歩きながら続く。
「よくよく考えると、ヒュウガさんと会う時は2人きりが多かったし、俺を引き渡す時も家じゃなく、駅で待ち合わせたり送ってくれたり。――――それに、禁書を使ってシズクを生み出したってのに、よく特魔に見つからなかったなって。つまり、どこか隠密とか大規模な障壁魔術をかけてるんじゃないかと思ったんです」
「確かに……。我々は、あの事件の日まで特定することすらできませんでした」
そうして、ドアノブに手をかけると、ドアにかかっていた鍵の魔術が解除された。おそらく、それも込みで義眼に刻まれていたんだろう。
それから扉を開いて入ると、カロは埃の舞う家を見て、
「あー……。とりあえず、換気しますか」
と、言った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
励みになりますので、良いと思ってくださった方は【☆】や【ブックマーク】をポチッとしていただけると嬉しいです!




