7-4 最終試験
そんなカロたちの衝突があった一方で、明坂ストリートにある教会は静寂に包まれていた。
「――――あら、社長さん! こんにちは。お久しぶりですね」
すると、花壇に水をやりに来たシスターの1人が、入り口に立つ人影に話しかけた。
そこに立っていたのは、スーツをすらっと着こなした――――岩手紫衣羽だった。
「こんにちは。ですが、元社長ですよ。今は公務員です」
「そうでしたわ。ずいぶん経つのに、私ったら……。ところで、岩手さん。今日は何か?」
「……何かないと、来てはいけませんか?」
岩手は悪戯に笑う。と、シスターは顔を赤くして、ドギマギしながら、
「そんなことは……」
と、答えた。
「冗談です。でも、ボクだってこの教会、大好きなんですよ」
「それは、嬉しいです。あ、そうだ。この間の小学校でのチャリティーイベント、子供たちに好評だったらしいですね」
「ああ、良かったです! 会社の方は、もうすっかり半田くんに任せてますから、そう言う声を聞く機会なくって。うちの会社が役に立っているようなら良かったです」
「お時間あれば、今度またミサにも来てください。岩手さんのおかげで、みんな仕事が楽しいって言ってるんです」
シスターは、嬉しそうに作業所を見つめる。
「ええ。必ず。……では、良い1日を」
岩手は世間話という名の近況報告会に一区切りつけると、頭を下げ、教会内に向かう。すると、シスターも丁寧に頭を下げ、その後ろ姿を見送った。
「――――人気だねえ。イケメンは」
しんとした教会内、話しかけてきた男を除いて、今は誰もいなかった。
岩手は並べられたベンチの中を、通路を挟んで男の反対側に座る。十分、会話ができる距離だった。
「あなたも髭を剃れば、真っ当な人間にはみえるんじゃないですか?」
「分かってないねえ。揃えてないようで揃った髭。これが、色男の証なのよ」
男は深く被ったカーボーイハットの下でニヤリと笑い、岩手に指摘された髭を撫でる。漂わせる妖しい雰囲気は、確かに岩手とは違うようだ。
「……それで、話というのは」
「決まってるだろ。あの忌々しい一族を特魔から追放する計画のことさ」
「それでしたら、順調ですよ。もう、最終段階に入っている」
「そりゃ良かった。――――で」
すると、男はにやけ面から急な真剣な顔つきになって、
「分かってるんだろうな。お前を、あのクソジジイから解放してやった理由。俺は、あいつよりお前のほうが使えると思って選んだんだぜ。失望させるなよ。――――やり方は問わねえと言ったが、お前の本題はそっちだ」
と、岩手を睨んだ。
「……教会で使うには、言葉が汚すぎますよ」
そう答える岩手を、男はプレッシャーをかけるようにただ黙って見つめる。
「忘れたことなどありません。ボクの使命は――――禁書の回収、ですから」
その言葉を確認すると、男は、
「そうそう。それでいいんだよ」
と、視線をまた前に戻す。
「で、どうなんだ?」
「そちらの回収も、間近です。……あなたから授かったものもありますしね」
「なら良かった!」
すると、さっきまでの威圧はどこへやら、男は上機嫌になる。
そして、用は済んだと言わんばかりに神に祈ることもなくさっさと立ち上がると、教会から出て行こうとした。
その去り際、男は岩手に、
「そうだ。前祝いに、お前も飲み行くかい?」
と、尋ねた。
「いえ。この計画が成就してからにしておきます」
その答えに男は、
「そういうとこ、好きだぜ。坊ちゃん」
と、再び妖しく笑ってみせると、岩手の方をポンポンと叩いて、教会を後にした。
▼ ▼ ▼ ▼
斑目工業の土地に作られた、魔石具工場。
「――――うらッ!!」
並べられた機械の中を、紫の魔術のムチが軌跡が飛んでいく。しかし、それはいとも容易く切り刻まれると、地面に落ち、やがて消えた。
機械の並ぶ狭い通り道、カロとその後ろに隠れたシズクと対峙するのは――――刀を携えたリトリーだった。
「チッ……!!」
カロが舌打ちをすると、リトリーの刀の柄につけられた魔石が黄色く輝きを放つ。
そして、次の瞬間――――カロが咄嗟に天井に《魔蜘蛛の糸》を放ってシズクと共に跳ね上がったのと同時に、リトリーの刀は振るった軌道の空間を荒々しく削り取った。
「マジかよ……!!」
カロが目にしたその様は、刀で切るというよりはむしろ棍棒で無理やり地面を抉り取ったという方が適切だった。
すると、リトリーの攻撃を回避したのも束の間――――目の端でピチュンッと今度は赤い光が明滅する。
カロは直感でその殺意を察知して、反射的に体をひねる。と、光った方から、真っ直ぐなレーザービームのようなものが飛んできてカロの髪を掠め、ぶら下がっていた《魔蜘蛛の糸》を撃ち抜いた。
「なっ……!!」
一気に支えを失って地面に落ちていく、カロ。――――その下では、リトリーが刀を構えて待っていた。
それを目にすると、カロは、
「いいか! 死んでも生き延びろ!! 勝手に死ぬのは許さねえ!!」
と、釘を刺すように言って、シズクを出口の方に押し飛ばした。
「カロ!!」
シズクは、伸ばした手の先で遠のいていくカロ。
やがて、カロは待ち構えていたリトリーと接触し、腹を切られる。――――ところだった。
しかし、リトリーが刀を振ろうとしたその瞬間――――カロは、空中でビタッと止まる。と、次に空気を蹴るようにして宙返りしながら、刀を振るうリトリーの上を飛び越えた。
バスンッ――――背後を取ったカロが繰り出した蹴りが、リトリーの顔を正面から捉える。
リトリーはのけ反り、近くにあった機械にぶつかる。と、続けざま、リトリーの喉に向かって、カロはムチを振るった。
しかし、リトリーもリトリーでそれを見切ると、無様に倒れ込むようにしながらもそれを回避し、距離を取った。
そして、驚きを隠せないままカロを見つめた。
「今のは《魔術:浮遊》……!! この短期間で、ここまで使えるように……」
その表情を目にすると、カロは、
「そういやあ、4大基礎魔術の最終試験がまだだったなぁ……! 俺がどれだけ強くなったか見せてやるよ、久慈1等」
と、自信ありげに笑う。
すると、リトリーは鋭い目つきに戻って、
「交渉をしませんか。――――あなたに有利な条件ですよ。骨喰特等」
と、冷静な態度で言った。
「今ここで証拠と赤木アザミを殺すことを見逃してくれれば、リトリーが『骨喰特等は赤木アザミを誘き出すために一芝居打った』と岩手様に口添えし、あなたと玉砂シズクの身分を保証します。――――今回の件で、岩手様が実質のトップになれば、あなたたちはそれだけで特魔から解放され、自由を得られるはずです。どうです? 悪い話じゃないでしょう?」
リトリーの提案は、至って理性的だった。
このまま放置しておけば、アザミならびに赤木家は特魔から消滅するだろうし、証拠だってシズクが持っている。
初めにアザミと約束した『特魔のトップになってカロたちを自由にする』という内容も、相手は違うが岩手の元で達成されることだろう。
「確かに。それなら、簡単に自由になれるな。元々、俺はシズク以外どうでもいいしな」
カロは元来そういう人間だった。
かつて新井が悪霊に心を乗っ取られ、学校をめちゃくちゃにした時も、シズクの場所さえ教えてくれれば見逃してやるからと交渉を持ちかけたものだ。
「だが――――断る」
リトリーは眉をぴくっと動かして、
「なぜです?」
と、尋ねる。と、カロは指を立てて、語り出す。
「1つ、そんなことをすればシズクに嫌われる。2つ、あの時の俺とは違う。3つ、岩手隊長ならびにお前らが信用できない。4つ、交渉するなら武器を置け。5つ、このセリフが言ってみたかった。そして、6つ目――――」
そして、その最後にカロはニヤッと笑うと、
「――――俺は、お前のことが嫌いだ」
と、中指だけを立てて言った。
「……はぁ」
その言葉を聞いて、リトリーは本当に呆れたように、そして失望したように身体中に溜まった空気をため息に変えて吐き出す。
「結局、皆、嘘つきなのです。岩手様以外、皆、リトリーに嘘を吐く。――――言ってることがコロコロ変わるあなたみたいな人種が、1番大っ嫌いだ……!!」
そして、懐から黄色い魔力を纏った1枚のコインを取り出すと、
「本気で殺します。――――《A・スカーレット》」
と、唱え、真上に向かって親指でピンッと弾いた。
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