6-end 証拠を求めて
陽華がカロに電話をかけた、同時刻。
警視庁より少し離れたところにある、川沿い。
「……話とは」
そう言って、スーツ姿の男がベンチに腰をかける。それは、アザミの父――――総司令だった。
「犯人が見つかったようです。赤木アザミの、一般人を殺害した事件のね」
答えたのは、先に来ていた副司令だった。
副司令は新聞で顔を隠し、一方で総司令はリストラされたサラリーマンのようにただじっと恨めしく川を眺める。
「犯人?」
「赤木アザミは、はめられていた」
「やはりか。猶予期間を設けたのは正解だったな」
「……そうですかね」
「違うのか?」
「その犯人とは、赤木陽華ですよ」
「……! そんなはずは!」
総司令の――――赤木陽華の父の顔色が変わる。
「現在、岩手隊の者たちが追っているそうです。曰く、動機は嫉妬、と」
「嫉妬……?」
「赤木陽華は妹を恨んでいた。その才能に嫉妬していたのです。心当たりあるでしょう。あなたはあんなにも、赤木アザミという才能に期待していた」
「……それは」
「どうやら、赤木陽華は禁書《盲信》の力を用いたんそうです。――――禁書災禍の日に消えた“望んだものを生み出す力”、あなたが探すように指示しているその代物をね」
その言葉に、総司令は目を丸くする。
「禁書だと……!?」
「岩手隊が接敵した時、使っていたようです。場所は、斑目工業……」
「なぜ、そんなところで衝突が!」
「なんでも、今回の事件の被害者、飯原ヶ丘はそこに借金をしていたそうです。そして、岩手隊の1人がそこに今回の事件の原因があるんじゃないかと調査に向かった。すると、そこにいたのは赤木陽華だった」
「そんな……!」
「赤木陽華は、岩手隊隊員の顔を見るなり襲いかかってきた、と。ここまでが報告で聞いた話ですな」
総司令は、そこで直感する。
(そうか。陽華に禁書所持の疑いを押し付けて、それを回収させる。そうすれば、自分は安全に禁書を手放すことができ、一方で赤木家は禁書無断使用及び一般人殺害の責任を負って特魔を追放される。――――そうすれば、奴は副司令と共に特魔を支配できる……!!)
それだけは、なんとしても避けねばならない。
「だが、決定的な証拠は……!!」
「禁書は、許可なく所持しているだけで罪だ」
副司令は持っていた新聞を畳むと、立ち上がり、それを座っていたところに置く。
「それに、ご存知でしょう。魔術とは感情に強く影響されるもの。故に、強き魔術士とはひどく情動的な人間とも言える。だからこそ、特魔の理念とは過干渉をしないことにあったのです。――――そして、皮肉なことに赤木陽華という魔術士は非常に優秀だった。あなたの教育の賜物ですよ」
「特魔の理念だと……? それを崩したのは、奴ら、岩手隊じゃないか! クラゲ大樹で見せびらかすように日本を救い、政府の後押しを受けながら、ひっそりと存在していた特魔という組織を公安に組み込ませ、さらに魔石具なんてものを持ち込んで……」
感情の昂りを隠せず、少々語気の荒くなる総司令。しかし、そこではたと気づく。
「……待て。どうして、嫉妬と分かった」
身なりを整えていた副司令にそう問うと、返ってきたのは、
「さあ、そのあたりは岩手に聞いてください。どのみち、この事実は、特魔内に公表しなくてはなりません」
という冷たい言葉だった。
「なら、私は……。もし、特魔が陽華を指名手配に――――この事件の首謀者にするというのなら、私は容疑者から外れたアザミを解放しますよ」
「どうぞ、ご自由に。明日、会議を開きます。そこで赤木陽華の追放を」
「いや、それはさせない」
「と、言いますと……」
「十分な証拠がない以上、追放はさせない。せめて、捕まえてくるまではな」
「……ふん。冷静に議論ができますかな」
「私はあいにく、情動的な生き方はやめたんです」
立ち去る副司令と、その場に残る総司令。目は合わせなくとも、互いに背中で語り合う2人の間にあったのは静かなる闘争の残り香だった。
▼ ▼ ▼ ▼
「――――お姉ちゃんが、指名手配!?」
翌日、午前8時。アザミは解放された。陽華の電話からは、すでに17時間が経過していた。
アザミは、カロの部屋でこれまでの顛末を聞いていた。一言も発していないが、そこにはシズクも当然いた。
「ああ。ついでに、禁書《盲信》を持ってるんじゃないかって容疑もかけられてるらしい」
「あのクラゲ大樹の騒動は、絶対に禁書がなきゃできないはずだ。……岩手、禁書《盲信》を盗んだ罪までお姉ちゃんに押し付けようってのか……!!」
「そのこともあって、主任務が禁書調査だった岩手隊は、赤木陽華を捕獲する任務につくことになった。俺たちの班は待機命令が出ていて、今はまだ何も言い渡されてないがな」
「なんで、お姉ちゃんが……!!」
すると、アザミは立ち上がって、カロの部屋を出て行こうとする。
「どこ行くんだ!」
「お姉ちゃんを探しに行くんだよ!」
「アテはあんのか!」
カロは、アザミの手を掴んで止める。
「焦るなって! まずは冷静に……」
「焦りもするさ!!」
「良いから話を――――」
「――――お姉ちゃんは、生得魔術が使えないんだよ!!」
「……え?」
生得魔術。それは、魔術士1人ひとりが持つ、自分に最適にデザインされた固有の魔術。つまりは自分だけの力だ。しかし、アザミは今、それを陽華は持っていないと言ったのだ。
「お姉ちゃんは、生得魔術を使えないんだよ。――――それどころか、《魔術:障壁》だってそこまで強度もない。戦いは、能力の使い方と身体能力で何とかなってきたけど、いつだって危なっかしかった。いつも、自分を投げうって戦うような。だけど、禁書相手ならそうはいかない。ここぞで頼れる魔術がないまま戦って倒せるなんて、そんなことなかったろ。あれは。――――あたしたちの時だって、あんたが《魔蜘蛛姫ノ綴織》を土壇場で発現できてなかったら、あたしは死んでた」
アザミは、顔を伏せる。そして、グッと拳を握ると、
「だから、じっとしてらんない!!」
と、言って、再び部屋を出て行こうとした。――――が、その時だった。
「だから、証拠を取りに行くんでしょうが!!」
と、カロがアザミの肩をガシッと掴んで、扉に押し付けた。
「俺たちがやるべきことは、陽華補佐が捕まるより先に証拠を集めて、指名手配を撤回させることだ。そうすりゃ、特魔全体で助けに行ける。ついでに岩手も追放できる」
初めてカロとアザミの目が合う。と、それからカロは、
「お前だけが陽華さんを助けたいんじゃねえ。なめんな」
と、アザミの顔を指差して忠告するように宣言した。
その言葉を聞いて、アザミは渋々納得したのか、
「……離せよ」
と、カロの手を払う。と、それから、
「そっちは、アテはあんのか」
と、尋ねた。
「それが、アザミと迎えって言ってたから、それと関係のある場所だとは思うんだけど……。後は、最後に花火って……」
「――――!」
その一言で、アザミの顔色が変わる。と、アザミは、
「確かに、花火って言ったんだな」
と、カロに確かめた。
「ああ。花火が上がるって言ってた気が」
カロの答えを聞くと、アザミはドアノブに手をかける。そして、
「ついてこい。心当たりがある」
と、部屋にいるカロとシズクに向かって言った。
▼ ▼ ▼ ▼
「ここは……?」
車を降りるなり、カロが尋ねた。
そこは、山の入り口だった。ただし、前に滝行に来た山ではなく、もっとなだらかな山だった。
「赤木家所有の山だ」
さらっと、アザミが言ってみせる。と、カロとシズクは目を丸くした。
「赤木家の!?」
「アザミ、金持ち」
「……代々受け継がれてる土地なんだよ」
そんな取り止めのない会話をしたところで、腕時計型のデバイスが鳴った。黒魔術の反応だった。
「間違いない。この魔力量――――禁書だ。岩手は、やっぱ禁書を持ってたんだ。そして、お姉ちゃんはそれに追われながらも、ここ証拠を隠した」
慣れた手つきで道なき道を登りながらアザミがそう言うと、カロは、
「でも、ここがその花火ってやつと何が関係あるんだ?」
と、問いかける。すると、アザミは、
「……昔、お姉ちゃんと遊んでたんだ。この山で」
と、決して明るくはない声で答え、それから山を登る中、姉との思い出を語り出した。
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