1-8 手紙の真意
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おっす、カロ!
前にあったのは、5つの頃か。約束した魔術の訓練してるか?
ダラダラとした前置きはなしにして、要件を伝える。
ケースには、女の子が入っている。それを、お前に守って欲しい。
がっかりしたか? お前のことだから、魔術の道具とでも思っただろ!
よもや、女の子とはな! あ、えっちなことはしちゃダメだぞ~!
目安としては、1年。世話を頼む。ま、学校まで連れて行けばなんとかな
るから。土人形につき、ご飯は与えなくて大丈夫。ってことで、よろ☆
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カロが体を起こして、教室に戻ろうとした――――その時、冒頭の2文。
『おっす、カロ!』
『前にあったのは、5つのころか。約束した魔術の訓練してるか?』
これらの頭の文字に光が落ちる。カロの目には、ふと『お前』と横に並んだ2文字が映し出される。
――――カロ! 見ろ! 横文字で『チン子』って書いてあるぞ!!
カロは、『おっす、カロ!』の『お』のう部分に指を置く。と、それから縦に言葉をなぞっていく。
「『お』『前』『ダ』『ケ』『が』『よ』『目』『る』……。『お前だけが読める』……!?」
と、その時――――どこからやって来たのか、突然3階から屋上へ向かって大量のカラスアゲハが通り抜けていく。
「うわっ!!」
カロのいる踊り場は、一瞬にして台風のなかに置かれたように風の暴力に包まれる。
カラスアゲハは扉を押し破ると、初夏の青空へと勢いを止めず飛び出す。
カロはその間、手紙を話すまいと抵抗しながらも、風の勢いと強さに思わず右目を閉じた。――――その刹那のことだった。
手紙の上に魔力を帯びた紫色の文字が浮かび上がっているのが、瞬いた視界の隙間から覗き見えた。
カロは両目を閉じてカラスアゲハの大行進をなんとか耐え切る。
と、くしゃくしゃになった髪もそのままに、もう一度手紙を見つめた。
『お前だけが』
カロは、徐に右手で自身の右目を押さえる。
そして、左目――――叔父の作ってくれた義眼だけで、手紙を再び見つめた。
× × × × × × ×
カロ、俺とお前の絆を信じて、ここに真実を記す。
俺は降霊術に成功した。
薄々分かっているとは思うが、シズクさんは俺の初恋の人だ。
俺はシズクさんに、22歳で死んだシズクさんにもっと世界を見てほしかった。
だから今回、彼女を冥界から呼び寄せたんだ。禁書に記された魔術と俺の命を使って。
ただ冥界にいた期間が長かったのと、土人形に魂を張り付けたから、魂自体の反応が鈍くなってる。
だから、人の言葉は理解できても、初めは赤子みたいな行動をとるはずだ。
だが、魂が定着するたびにシズクさんは人間に近づいていく。おそらく1年かけて。
だから、その間、シズクさんの魂を取り返しにやってくる悪霊や、シズクさんを霊に戻そうとする警視庁警備局特殊魔術対策課――――“特魔“と呼ばれる公安の連中がやってくるかもしれないから、お前がシズクさんを守り通してくれ。
大丈夫。もしシズクさんの体が崩壊してしまっても、コアの役割をしている赤い玉を壊されなければ死ない。
ただし、悪霊は一定の形をしていないし、特魔の連中は聡い。気をつけろ。
そして、頼む。もう一度、彼女に人生を。
× × × × × × ×
元々あった文の上に、魔力で書かれた文字が浮かび上がる。
それは横文字も、気を衒った言葉もない、叔父の思いが込められた手紙だった。
『俺の命を使って』
その言葉が、何より衝撃的だった。
(そこまでして、あいつを……。玉砂シズクを愛していたのか……)
命を賭けてまで、あの少女を――――玉砂シズクを現世に呼び戻したのは、究極の愛と言う他なかった。
嫉妬心すら覚えるほど、純粋な。
そのために生きていたと言っても過言ではない。
なんせ、人生を捧げたんだから。
カロは、叔父の手紙の一端をグッと握り潰す。
「ヒュウガさん……」
しかし、その余韻に浸っている暇はない。
遅れて、カロの横を1匹のカラスアゲハが通る。
と、カロはハッとして、その後をついて屋上に出た。
空は、暗く歪んでいた。
そして、校庭の中央には、円柱状に渦巻いて群れているカラスアゲハたちがいた。
まるで、悪意を可視化したようなその存在は、カロの前にいた最後のカラスアゲハが合流するとやがて解け、中央に2つの影だけが残った。
1つは、ツギハギだらけの体に黒い蝶の羽、鋭く尖った爪を持つカラスアゲハもとい悪霊の集合体。
そして、もう1つは――――土人形の少女、玉砂シズクであった。
「あいつ……! なんであんあんところに!?」
カロは魔術のムチを出し、屋上の手すりに巻きつけて、いますぐにでも少女の元へ向かおうとする。――――が、地面を見た瞬間、足がすくんでしまう。
カロは葛藤を胸に屋上を飛び出し、階段を飛び出して玄関口へと向かった。
▼ ▼ ▼ ▼
「な、なにあれ……!! 人!? って、真ん中にいるの……」
「なんか、玉砂さんに蝶々が集まっていきなりああなったらしいよ」
「私、見た……! 玉砂さんがカラスアゲハと一緒に、玄関の方に向かう姿!」
「そ、それより、先生!」
「警察は!?」
と、流石にここまで霊が集まると魔術に疎い人でも見えるのか、窓から校庭を眺める群衆からそんな声が聞こえてきた。
「……なんでだよ」
カロは、歯を食い縛る。ズキリと、左目が痛んだ。
▼ ▼ ▼ ▼
校庭。
少女は、首を絞める悪霊の両腕をどうにかして解こうと抵抗する。
が、悪霊はものともしない。体を蹴っても腕を掴んでも、ただ少女の顔を睨んでいた。
まるで、1人だけ現世に戻った少女の魂を恨むように。
つぎはぎの悪霊は、いくつもの顔が張り付いたような頭部を持ち、両頬に1ずつ口を持っている。
そして、そのどれもから言葉にならない呻き声が漏れていた。
と、頬に張り付いた口は金切り声を上げ、ぐっと悪霊の爪が少女の首に食い込む。――――が、その時だった。
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