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6-2 班目工業を訪ねて


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 カロとリトリーが飯原ヶ丘(いいはらがおか)の通勤していた会社を訪ねている頃――――陽華は、とある村に来ていた。


 バタンと車のドアを閉じ、砂利道に降り立つ。

 と、目の前に映し出されたのは、水耕栽培、農作ロボットによる管理、より機械的な農園。


 そこは、第一次産業指定地域と呼ばれる場所だった。

 一昔前の”村”と呼ばれる地域とは、想像できる景色が違うかもしれない。けれど、相変わらず自然は広大だし、大きなビルなどどこにもなかった。


「ここが、斑目工業(まだらめこうぎょう)の工場がある村……」


 陽華は、手に持った紙に目を落とす。そこには、『借用書:飯原ヶ丘炉々(ろろ)。金額:500万円』の文字があった。


 陽華はスマートフォンで地図を見ながら、石の散らばる道を探り探り歩いていく。機械音は聞こえるものの、そこにも人の気配はなく、家にはどこかハリボテのような印象を受けた。


 遠くで鳴った、か細い隙間に流れ込むようなピーィッという鳥の鳴き声のようなものが、静けさによく響く。あとは、陽華が砂利を踏みにじった時に出る、ぐしゃっとした足音だけだった。


 そうして歩き進めると、やがて唯一人の気配がある工場に行き着く。『斑目工業』と看板を掲げる、陽華の目的地だった。


「あの、すみません」


「――――あ?」


 入り口で休憩していた、少しガサツそうなオレンジ髪の若い男に声をかける。と、男は要件を聞くより早く、その鋭い目つきを陽華に向けた。


「公安のものなんですが、少し聞きたいことが……」


 男は訝しげな視線を向けながらも、


「噂が立つといけねえから、中に」


 と、首をクイっとさせて促した。


 工場の中は、機械の喧騒でいっぱいだった。


 ガラスで区切られた部屋の向こうでは、真っ白な作業服を着た人々が積まれた稲を機械に通し、米と(わら)に分けていく。分けられた藁は、また別のコンベアに乗っていずれ牛の餌となる。米は、吊るされた袋に詰められると、トラックに積まれどこかへ出荷されていくようだ。


 さっきの村の街並みを見てみても、農業と呼ばれるもの全般を生業にしているらしい。調べたところによると、運送業なんかもやっているようだ。


「……この村で事件なんかないはずだけど」


 陽華が後に続きながら工場を観察していると、オレンジ髪の男が言った。


「この工場の関係者に関して、聞き取りをしていまして……」


「関係者?」


 陽華は、男に先ほどの借用書を見せる。男が受け取ったそれには、貸主の欄に『斑目工業』の記載があった。


「……飯原ヶ丘、炉々」


 すると、陽華が辺りを見回して問う。


「ずいぶん、若い人ばかりなんですね」


 目に映るのは、野菜や穀物類の梱包作業を行なっている機械と、それらを監督・監視する人々だった。そして、そのどれもが10代後半から少なくとも20代中盤の見た目をしていた。


「ああ。子供たちは、学校。大人は農園の監督か、うちで働くか働きに出るか」


 そう言いながら、男は『事務室』と書かれた部屋の扉を開けた。


 そのまま中に入ると、男は、


「適当にかけて」


 と、告げ、窓を開けた。


 窓の向こうには、小屋が見えた。

 男は小屋のある方に向かって、ピィーッ、ピィーッと口笛を鳴らす。と、しばらくして、どこからか小鳥が飛んできた。


「……で、何が知りたいんです」


 男は餌の詰められたペットボトルを振って、穀物のクズのようなものを小さな器に何粒か乗せる。そして、器を窓際に置くと、そのまま餌を食べ続ける小鳥を眺めた。


「飯原ヶ丘さんが、借金をしていたのは事実なんでしょうか」


「ああ。事実なんじゃないか? それがあるってことは」


 男が言う”それ”とは、机の上に置かれた借用書のことだろう。


「どうして、彼女にお金を貸すことに?」


「さあね。なんでも、社長の知り合いだそうで」


「社長? そのかたは、今どこに……」


「あそこだよ」


 男は顔を上げて、遠くにある小屋を見た。


「会いに行くかい?」



   ▼ ▼ ▼ ▼



 オレンジ髪の男は、事務室のドアを開けると「おい、昼休憩だ。みんな、弁当取りに行け」と従業員に伝える。すると、波立つようにスーッと従業員たちは工場から姿を消した。


 陽華と男の2人は、村にある他の施設と同じようにすっかり人のいなくなった工場の中を通り抜けて、離れに出る。その間、陽華も男も無言だった。


「どうぞ」


 男は、気怠そうに道を譲る。陽華は前に出て、小屋をぐるっと見回した。


「こんな小さな場所に、社長が……?」


「ああ。開けて、確かめたらどうだ?」


 扉に鍵はない。陽華は、男の言葉通りノブに手をかけ、扉を押そうとする。――――が、その時だった。


 バチンッと、後ろに手が弾かれる。もちろん、静電気でもなければ、開戸の向きを間違えたわけでも引き戸と間違えたわけでもない。これは、もっと異質な――――。


「――――魔術の、障壁……!?」


 身に覚えがある。――――これは魔術で作られた鍵だ。

 きっと、この扉のどこかに《魔術:障壁》の命令を宿した魔石が埋めてあるのだろう。


「悪いね。鍵かけっぱなしだったわ――――」


 その時、背後から男が声をかける。そして、陽華が振り返ろうとしたその刹那――――陽華は背中を思いもよらぬ力で蹴り飛ばされ、自身が無意識的に発動した《魔術:障壁》を砕かれた。


 勢いのまま扉にかかっていた《魔術:障壁》もまとめて砕くと、そのまま地下の暗闇に向かって永遠と続くような階段を転げ落ちていく、陽華。


「……ッ! 《魔術:強化(きょうか)》……ッ!!」


 しかし、なんとか転げ落ち切る前にそう唱えて、大きく跳ね上がった時に階段を蹴り、自らの体を宙に放り出す。と、地面になんとか着地することができた。


 陽華は、すぐさま顔を上げる。と、その赤い瞳に映し出されたのは、


「これは……。魔石具……?」


 いま口にした”それ(魔石具)”を作るための、――――地下に広がる巨大施設、魔石具工場のラインだった。


(魔石具を開発し、特魔に持ち込んだのは――――)


 直後、奥からまばらな足音が聞こえてくる。すると、青く長い髪を垂らした先頭の女が言った。――――あの日、古本みちくさ堂に火をつけた女だった。


「悲しいなぁ……。悲しいなぁ……。あの人の言う通り、本当に何も気づかず、ここまで来ちゃうんだもの……。妹が殺されたからって、焦って急いで……」


 その手には、青の魔石がはめられた槍のようなものが握られている。


 続けて、その後ろから色とりどりの魔石を埋め込まれた魔石具を持つ、男女合わせて7名ほどの青年たちが姿を現す。

 中には、陽華がカロにつけたような手錠を持っている者もいた。――――それらは、先ほどオレンジ髪の男の合図で弁当を取りに行った者たちだった。


 青年たちが出揃う。と、先頭の青髪の女は、


「嫌だなぁ……。嫌だなぁ……。失敗して、あの人に嫌われるのは……。だからさ……」


 と、髪をだらんと前に垂らし、それから、


「……ちゃんと死んでくださいね?」


 と、光のない黄色の瞳で、陽華を見つめた。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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