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6-1 飯原ヶ丘炉々を追え

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)



 『飯原ヶ丘(いいはらがおか)』、そう表札のついたアパートの一室。手袋つけて中に入る。


「ここが、赤木アザミ1等に爆破された人のお宅ですか」


 リトリーの言葉に、陽華が頷く。


「ええ。なぜ、アザミと被害者女性――――飯原ヶ丘炉々(ろろ)が接触することになったのか。その理由になるものを探し出してください」


 部屋に入ってすぐ右隣にキッチン、そのそばにはトイレと風呂。

 キッチンの奥には、2つの洋室へ繋がるスライドドアが並んでいる。そんな、2Kの間取り。


 一行は、カロが洋室Aを、陽華が洋室Bを、シズクとリトリーは残ってキッチンを探索することとした。


 洋室Aは、整理整頓されていた。

 写真縦サイズの小さな鏡が机の上にあったり、ハンディの掃除機、ドライヤー、くし、綿棒その他もろもろ。一般的な部屋といえよう。


 カロは、机の上のファイルやノートを読み進めていくが、家計簿に書きかけの日記、特に問題は見つからなかった。机の上の目につくものはあらかたさらい終わり、次に押入れを開ける。と――――。


「おわわわっ……!?」


 押し詰められたダウンコートの山が、カロに向かって降りかかってきた。


 服の間からモグラのように顔を出して「ぷはっ」と息をする、カロ。

 すると、物音につられてか、リトリーが部屋を覗き込んで、


「捜査で遊ばないでください」


 と、冷めた声で言った。


「遊んでねえよ!」


 一方、そんなリトリーもキッチンの散策を終え、一段落したところだった。

 リトリーは、ゴミ箱を一瞥する。


(……ビニール袋が抜き取られている。身辺整理は全て済ませていたようですね)


 すると、リトリーの傍ら、シズクが浴室へと足を踏み入れる。


 そこは、ユニットバスだった。

 洗面台にはバリカンが置かれ、さらに排水溝には女性のものというには短すぎる髪の毛があった。そして、その傍には――――。


「――――リンス、イン、シャンプー」


 他にも、大容量などと表面に書かれた液体パックが、大量に並べられていた。


 それから、しばらく捜査を進めていると、陽華が部屋から出てきて言った。


「おそらく、この家には2人の人間が住んでいましたね。それも、母と子」


「子供……?」


 カロがそう尋ね返すと、


「こっちの部屋に、こんなものがありました」


 と、陽華が見せたのは、サッカーボールだった。


「そうですか。こっちはゴミ袋に何かあればと思いましたが、特に何も……」


「俺のほうも、普通の人の部屋って感じで……」


 続けて、カロとリトリーも捜査結果を報告をする。そして、最後にシズクが、


「こっちも、バリカンあった」


 と言うと、陽華は納得したように頷いた。


「……でも、子供がいたとして、そいつはどこに行ったんですかね」


 すると、カロが言った。


「俺、子供がいたら残して死んでいくようなことはしないと思うんです。というか、親ってのはそうであって欲しいというか……」


「願望や同情は、考えを鈍らせますよ」


 リトリーが、腐すように口を挟む。


「自らの子供を捨てる親だっている。自分の子供を道具としか思わない親もいる。親は血が繋がっただけの他人です」


「かもな。……でも、悲しいよ。そんなの」


 キッチンは、しんとした雰囲気になった。


 すると、陽華は、


「……ともかく、今は彼女を知る人から情報を集めるしかありません。聞き込みが始まって何かが分かったら、逐一布告しましょう。お互いの情報を組み合わせれば見えないものが見えてくるかもしれません」


 と、気を取り直すように言った。


「骨喰特等と久慈1等は、この子供の行方を追ってください」


「陽華補佐は?」


 カロが尋ねる。


「私は、もう少し彼女の――――飯原ヶ丘炉々のことを追ってみます」


 どこに調査にも赴くも、一度データを漁るために警視庁に戻ろうと意見が一致する。

 これから、2手に分かれて、午後からはやっと本格的な調査が始まる。気合を入れて、3人は陽華の運転する車に乗り込んだ。


 しかし、その日の午後。――――陽華は姿を消した。

  


   ▼ ▼ ▼ ▼



「飯原ヶ丘さん、ですか?」


 飯原ヶ丘の自宅に行った、午後。

 カロは、リトリーとともに飯原ヶ丘の働いていた会社に来て、聞き込みをしていた。


 今は、飯原ヶ丘と仲が良かったという女性と話をしている。


「そうです。どんな人だったとか、ここ最近の変化とか」


「どんな人って、うーん……。あまり、明るいタイプじゃなかったかな。お昼も1人で……。あ。あとは、お金を貸したことがあったかな」


「お金ですか?」


「うん。まあ、3万とかだけど。子供の入学費にいくらか足りないから、本当に貸せるだけでいいからって。家族とも縁切られてるらしくて」


「……! やっぱり、子供がいたんですね」


「うん。それで、縁切り代って考えればいいかと思って、3万貸した、っていうよりはあげたのよ。事情を聞いて何もしないのは、それはそれでなんかじゃない?」


「はあ……」


 手に持った手帳に『子供のために借金?』と、カロは書く。


「ま、結局は返してくれましたよ。急にもう良くなったからって。……家族と仲直りでもしたのかな」


「もう良くなった、ですか……」


「うん。それにしても、飯原ヶ丘さんが事件の関係者かー。ね、どんな事件なんです?」


「それは言えません。規則なので」


 飯原ヶ丘が()()()()、ということに関しては現在、箝口令が敷かれていた。少なくとも、アザミの処遇が決まる1週間後までは。


「えー、けち~」


 すると、女性はカロに媚びを売るようにボディタッチをし、甘ったるい声で迫ってくる。

 それにカロは初心な反応を見せる。――――が、直後、シズクはカロと女性の間に無理やり割り込むと、女性に向かって威嚇を始めた。


「す、すみません!」


 驚く女性にカロはすかさず謝罪をすると、怪しまれない内に「早く、次行くぞ」とシズクの首根っこを掴んで、あきれ顔のリトリーと共に次の聞き込み相手の元へと向かった。


「――――飯原ヶ丘さんねえ」


 次に話を聞いたのは、飯原ヶ丘の上司だった。


「彼女、別に問題はなかったよ。態度はそんな良くなかったし、残業もここ何年かはしなくなってきたけど、全くしないってわけでもないしねえ。だから……」


 上司は1口コーヒーを飲むと、少し目を伏せながら、


「……辞めちゃった時は、残念だったなぁ」


 と、漏らした。


「辞めた理由とかは?」


 その質問に、上司は首を振る。


「一身上の都合、とだけ。まああんまり深く聞くと、モラハラとか言われちゃうからねえ。退職代行とか、親を連れてくるとか、それよりはちゃんと自分で言ってくれて良かったよ。それに、仕事の引継ぎもちゃんとしてくれたし。まあ、そこまで業務も抱えてなかったみたいだし、マシなほうだね」


「急に、スパッとという感じですか……」


 上司が頷くと、


「子供のこと、知ってる?」


 と、シズクが口を挟む。


「ん、ああ……。詳しくは知らないなぁ……。5、6年前くらいに1回休職したんだけど、戻ってきた後も写真も見たことなければ、話題に上がることもなかったかな。こっちから聞けば、セクハラ扱いになるしね」


 時計を確認して、「もういいかな」と上司が聞く。カロは了承すると、その背中を見送った。


「子供……。借金……」


 メモを眺めるカロに、


「で、どうします。次は」


 と、リトリーが尋ねる。すると、カロはパタンッとメモを閉じて、


「ともかく、実家に行ってみるか」


 と、言った。


「先ほど、家族には縁切られたと」


「俺たちゃ公安だぜ? 籍抜いてようが、辿れるだろ」


「なるほど。……で、移動は? リトリーは運転できませんよ」


「……俺もできん」


 窓の外、電線にカラスが止まる。


「飯原ヶ丘の実家は、ここから4時間ですか」


 そんなリトリーの呟きに、カラスが「アホ―ッ」と鳴いた。




 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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