5-3 玉砂シズクの我がまま
「……んで、なんであたし? 連日の調査で疲れてんだけど。あんたらの班の後処理もあるしさ」
「カロ、明日、大変な訓練。美味しいご飯、作って待つ。そのための買い出し」
カロと陽華が街を散策している頃。同時刻。
特魔の寮からそう遠くないところにあるスーパーに向かって住宅街を歩く、シズクとアザミ。
「だったら、明日あんた1人で行ってればいいだろ」
「アドバイス必要。作りたいものある」
そう言って、シズクはメモ帳をカバンから取り出してみせた。
「余計に1人でいいじゃねえか」
「1人だとアザミの好み分からない」
「はぁ?」
「明日、アザミもくる。食事は、みんなと食べた方が美味しい」
「……はぁ!?」
「アザミ、仲間。協力する。お祝いも、一緒にする」
シズクはそう言い残して、立ち止まるアザミを置いてスーパーに足を踏み入れる。と、アザミもハッとして、
「――――ちょ、待て待て待て!!」
と、その後を追った。
▼ ▼ ▼ ▼
「そうですか! 叔父である骨喰ヒュウガから魔術の指導を……」
「ええ。まさか、相対することになるとは、思いませんでしたけど」
フードコート。
カロと陽華は、何気ない会話を重ねていた。
「陽華さんは、やっぱり家柄で?」
「ええ。半分は使命感、半分は親の期待に応えたかったからですね。……お恥ずかしい話、親に褒められたかったと。そういうやつです」
「……なんか、家柄とか跡継ぎとか、失礼ですけど前時代的ですね。赤木家って」
「何も私の家だけじゃありませんよ。今だって財閥の冠が外れただけで、それと似たようなものはいくつも存在しますから」
「はぁえー……。どのみち俺には関係のない話っすねー……」
「……」
「ちなみに、アザミとは仲良いんですか?」
「昔は良かった、と思いますよ。今は隊も立場も違いますから」
「複雑なんすねー……」
陽華はそれから器に残ったうどんをひとすすりすると、紙ナプキンで口元を拭って、
「――――それで、この後はどうしますか?」
と、カロに尋ねた。
「ああ。えーっと……」
それからカロは、枕や給湯器、食器に本や掃除機など必要なものや娯楽品を買い揃えていく。と、その数量は驚くほど多くなり、陽華がレンタカーを借りに行くほどだった。
「すみません。買いすぎてレンタカーまで……」
レンタカーに荷物を積み込む中で、カロはそう謝った。今、買った荷物はカロの両手に抱えられ、さらに陽華の両手にも紙袋がぶら下がっていた。
「つーか、マジでいいんですか? 全部買ってくれるなんて」
「あら、今さら遠慮ですか?」
「……すみません」
「冗談ですよ」
荷物をトランクに詰め、車に乗り込む陽華。すると、シートベルトを閉めたところで、
「先ほどは、お礼と言いましたが、加えてお願いがあるのです」
と、少し真剣なトーンになって言った。
「お願い?」
「これからもし、アザミと私、同時に両方の命に危険が迫るようなことがあれば――――真っ先にあの子を助けてやって欲しいのです」
「命の危険? 何言ってんすか。何より、俺よりも陽華さんの方が全然強いんだし、助けてもらうとしたら俺の方ですよ」
「そうではないのです」
陽華は、伸ばした手でハンドルをきゅっと握り直す。そして、
「白状します。私は――――岩手隊長を排除するために動いているのです」
と、告白した。
それは衝撃半分、やっぱりなという気持ち半分だった。
いくつもの陣営からスパイに誘われた時、陽華は単独で動いているんじゃないかということ自体は予測していた。――――が、一方で、総司令か岩手どっちの陣営に属しているのかも、目的が何なのかも分かってはいなかった。
「……それ、俺に言っていいやつですか?」
「正直、自分でも分かりません。だけど、今だと思ったんです。そして、あなただと思ったんです。この嫌な予感が、実現してしまう前に」
「嫌な予感?」
「……おそらく、この先のどこかで岩手隊長は私かアザミに攻撃を仕掛けてくるでしょう。私の予感が正しければ、それはすぐにやって来ます。それも、赤木家の失墜に関わるような事件と共に。――――そして、その気に乗じて、特魔を乗っ取ろうとするでしょう。そうすることが、彼が特魔にやってきた理由なのですから」
「――――復讐、ですか」
「彼は。間違いなく禁書を持っている。けれど、それがどのように作用するかは分からない。私が手の届かないうちに、何かを仕掛けられてしまうかもしれない。――――だからこそ、あなたにはアザミを守ってもらいたい。無理は言いません。手の届く範囲でいい。あなたと玉砂シズクに危険の及ばない範囲でいい。――――あの子の友人として、あの子を守ってあげて欲しいのです。これは上司ではなくアザミの姉、赤木陽華から骨喰加那太へのお願いです」
「……友人。あいつとは、これまでもそんなつもりないっすよ。目の上のたんこぶではあるけど」
「……あなたは彼女が敬語を使い、ただ押し黙っている姿を想像できますか? 両親をお父様お母様と呼び、文句1つ言わず黙って鍛錬を受け続けるその姿を」
カロの中のアザミと言えば、屋上でいきなり殴りかかってきたり寮に来た初日に押し入ってきたりとやりたい放題な印象だった。だから、カロは首を横に振った。
「そうでしょうね。でも、それがアザミの表向きの姿なのです」
陽華の赤い目が、遠くを見つめる。
「特魔では、あの子は特別な存在です。そして、それは家でも変わらない。……あの子には重圧や立場という向かい風と戦っていく中で、休める場所が、ありのままの自分でいられる場所が少なすぎる。年下とはいえ、言い合える存在がいることがどれだけありがたいことか」
陽華は、少しだけ寂しさを声に滲ませた。すると、カロは、
「……案外、自分のこと分かってないんすね」
と、溢す。
「え?」
「そんだけ自分を想ってくれる人がいるってのも、ありがたいことだと思いますよ。それにあいつ、陽華さんのこと、大好きなんですよ」
その最後にカロは頭の中で、
(……じゃなきゃ、あんなこと俺に言ってこねえって)
と、アザミがカロにスパイになれと持ち掛けてきた時のことを思い出す。その要望は、陽華を守って欲しいというものだった。
「一度くらい、話してみたらどうですか? あいつ、喜びますよ」
そんな言葉と共にカロが柔らかな表情を向けると、一間空いてスーッと静かにハイブリッ’エンジンが高まり、車が動き出す。
と、静かになった後で、
「……そうですね。たまには、姉妹水入らずで」
と、陽華が言った。
その顔は、横から覗けただけだったけど、確かに笑っていたような気がした。
しかし、その時、カロは――――それが陽華の笑顔を見る最後の瞬間になるとは、カロは思いもしなかった。
カバンの中、スマートフォンがブルッと揺れる。――――と、中に入っていたスマートフォンの画面には、
× × × × ×
『招集命令:赤木アザミの一般人に対する魔術不正使用による魔術士規定違反について』
× × × × ×
と、表示されていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
励みになりますので、良いと思ってくださった方は【☆】や【ブックマーク】をポチッとしていただけると嬉しいです!




