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5-2 岩手紫衣羽の訪問

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 一夜明け、朝。


「おはようございます」


 特魔の寮の扉をカロが開けた時、そう扉の前に立っていたのは――――陽華ではなく、岩手だった。


「岩手隊長?」


「少し歩きませんか? 目的地まで」


「……え」


 そう言って連れ出された駅までの道中、岩手がカロに聞いてきた。


「どうですか? 慣れましたか、特魔には」


「いえ……。慣れないうちに、いろんなことが起こりすぎて……」


「ふふっ、それもそうですね」


 何もない道。中身のない会話。


(……何をするために、連れ出したんだ?)


 カロがそう思いながら歩いていると、


「ところで、今日の赤木陽華補佐の予定は把握していますか?」


 と、岩手が不意に聞いた。


 ――――んでもって、岩手にもある程度お姉ちゃんの情報を渡す。もちろん、重要な情報は除いてな。


 カロは、共同戦線を組んだ日に言われたアザミの言葉を思い出す。


(まあ、これくらいなら共有しても大丈夫か……)


 その判断が正しかったのか間違っていたのか、


「あー、陽華補佐なら、今日は俺と一緒です。街を案内してくれるそうで」


 と、カロがすんなり答えると、岩手は目を丸くした後、


「そうですか! 上手くやっていけているようで良かったです!」


 と、笑顔になった。


「しかし、となると玉砂シズクは……」


「あぁ、あいつなら今日はアザミと出かけたいって」


「赤木アザミ1等と?」


「ええ。なんでか、いきなり。俺もよく分からないんですけどね」


「……そうですか」


 すると、岩手は立ち止まって、


「ま、何にせよ馴染めているようで良かったです。……それじゃあ、ボクもぼちぼち行きます。おでかけ、楽しんできてくださいね」


 と、カロに別れを告げた。



   ▼ ▼ ▼ ▼



「今日は、ありがとうございます。すみません。スーパーは近くで見つけたんすけど、服とか家具とか揃えようとしたらどこがいいか分からなくて」


 カロが頭を下げる。しかし、それに答えるのは、シズクでもなくアザミでもなければリトリーでもなかった。


「いえ。私も紹介しておくべきでした。それに買いたいものもありましたし、お互い様ということで」


 黒髪が、風に靡く。カロの隣に並び立っていたのは――――陽華だった。


 久しぶりの休日。

 カロは、陽華とショッピングモールにくる――――はずだったのだが。


「さて、骨喰特等。着きましたよ。ここが警視庁西駅近くにある中央区公園です」


 その言葉通り、最初にやって来たのは大きな自然公園だった。


「公園、ですか?」


「ええ。休日といえば、まずは1人でボーッとなれる場所でしょう?」


 陽華は、大まじめにそう言ってみせる。


「はぁ……。そういうもんですか」


「あっちの方には、テニスコートや競技場なんかもありますよ」


 それから大きな本屋、ペットショップ、カフェ、水族館とノンストップで巡っていく、2人。その間、カロはずっとぎこちなかった。陽華と2人きりになるのは、初出動以来だった。


「明坂区とは、街の雰囲気がだいぶ違いますね。こう、忙しないっていうか」


「警視庁のある中央区は、再編された東京の中心地ですからね。交通の面でも、経済的な面でも」


 そして、そんな話をしながらたどり着いたのが――――本来の目的地だった。


「ここが、“アンタレ“です。警視庁西(けいしちょうにし)駅直結のショッピングモールで、本に服から家具や自転車、薬、家電まであらかたのものは揃うと思います。まあ、食品に関しては近くのスーパーで買う方が大方安いと思いますが」


 陽華がそう説明しながら、店内に足を踏み入れる。陽華の言葉通り、プチプラからハイブラまで様々な製品が集うそこは、まさにショッピングモールのお手本といった感じだった。


「……こんなものかな」


 カロは初めに服屋に入り、いくつかの服を試着し、カゴに入れると会計に向かった。あの家からまるで家出するかのように飛び出してきたので、靴下から何から服がとにかくなかった。


「15000円になります」


 そう言われて、少しぎょっとする。下着も冬物も買い揃えたので、そこまでデザインや素材にこだわって買ったわけではなかったがプチプラでも値段は張った。


「はぁ……」


 カロは、ため息を吐きながら財布を開く。――――と、その時だった。視界の前に、クレジットカードが差し出される。


「え?」


 顔を上げると、そこには陽華が立っていた。


「これでお願いします」


「――――ええっ!?」


 そのやり取りにカロが困惑している間に、あっさりと会計が済まされていく。


「いやいやいや……。いやいやいやいや!!」


「良いんです。これは、お礼ですから」


「お、お礼……?」


 レジの前で困惑したまま立ち尽くす、カロ。一方で、陽華はそれを無視したまま服の入ったカゴを持ち上げると、


「後ろが詰まってますよ」


 とだけ言い残して、袋に服を詰めるためサッカー台へと向かってしまった。



   ▼ ▼ ▼ ▼



「あの、お礼って……」


 先に店を出た陽華の跡を追いかける。すると、陽華は、


「――――禁書《支配(ヴァーテル)》での戦いについてです」


 と、呟いた。


「え?」


「あの時、アザミはあなたと共闘していたと聞きました。それも、トドメはあなたが刺したと。その時、納得がいったんです。そうか、そういうことかと」


「納得……?」


「いくらあの子が優秀だからと言って、禁書と1人で対峙できるほどの力はまだありません。あの子の魔術は、もっともっと上がある。が、一方で、今はまだ未熟です」


「あー……。前言ってた生得(せいとく)魔術ってやつですか?」


 陽華は頷く。


「あの子の生得魔術は《爆破》です。もっと言えば、《発火》――――火を発生させることにある。――――そして、あの子はそれを上手く使うために、無意識的に周囲の物や空気を原子レベルで分解・再構成・誘導し、自らが作り出す炎で火をつけている。身近なもので言えば、水素や酸素ですね」


「無意識で……。すごいけど。でも、それってなんだか……」


「そう。危険なんですよ。無意識だから。目的のためなら、分解してはいけないものまで分解してしまうかもしれない。――――例えば、より強力な爆発を求めて、塩素ガスを発生させようとした場合、それはどこにでもある2種類の洗剤、塩素系洗剤と酸性洗剤があれば容易に作り出せてしまう。――――塩素ガスは物の燃焼を助けますから、その点では強力です。しかし、それは同時に毒にもなる。少しでも嗅げば、肺炎や肺水腫などのリスクがあるし、もっと高い濃度で取り込めば死ぬこともある。酸性洗剤に関しては、それそのものがなくても酢を使った料理があれば簡単に代替できてしまう。――――そうなると、一時は良くても敵を倒した後、あたりに充満したそれを嗅いで死んでしまうなんてことは十分あり得る」


「ずいぶん詳しいんですね」


「……調べもしますよ。あの子に死なれては困りますから。あの子は、赤木家の当主なんです」


「当主……。そういえば、総司令も赤木ですけど、世襲制だったりするんですか?」


「そういうわけではありません。――――が、特魔は古来より2つの家が支えてきていました。その性質上、むやみやたらに魔術を広めることはしてこなかったので、幼少期より充実した魔術教育を施せる2家が中心となっていったのです。それが、赤木家と……」


 そこで言い淀んで、陽華はカロの顔を見る。


「……?」


「……いえ。もう一方の家は、戦いの中でなくなってしまいました。今は、もう」


「そう、なんすね。だから、よりアザミを大事にしてるってわけか……」


 カロは納得したように呟く。が、その直後、「でも」と切り替えると、


「当主にしては、まだまだ子供すぎる気がしますけどね!」


 と、言った。


「え?」


「だって、口が悪いし、人の話聞かねえし……。あ、でも当主だから、わがままなのか!」


 自身のアザミに対する見解と相違があって陽華は驚き、言葉が出てこなかった。すると、カロは、


「つーか、年上にも思えねえし。陽華さんと姉妹って知った時びっくりしましたよ、全然違いすぎて」


 と、お構いなしに続けた。


「言っときますけど、俺、部外者だから気とか使わないっすよ!」


 そして、そう最後に宣言する。――――と、同時に、カロの腹がぐうっと鳴った。


「……そうですか。あなたの前では、そうなのですか」


 それを見て、ふっと陽華が頬を緩ませる。一方で、カロは、


「これは、その、朝からなんも食べてなくて……」


 と、陽華の呟きなど聞こえないまま、ただただ恥ずかしさから言い訳を重ねた。


「ありがとうございます、骨喰特等」


 そんなカロに向かって、陽華は不意にそう言うと、それから、


「何か食べましょうか」


 と、フードコートに向かって歩き出した。


「……なんで、感謝? ……陽華補佐も、腹減ってたのかな」


 そう思いながらも、カロはその疑問をぶつけることはなかった。


 カロは足早に歩き出し、その横に並び立つと、


「何にしますか? 好きなものを……」


「あ、じゃあここくらいは払わせてください。……でないと、申し訳なさで飯の味がわからなくなりそうです」


「……それじゃあ、お願いします。それと、公的な場以外では“補佐“とつけなくていいですよ」


 と、2人はそんな会話をしながら、人混みの中へと消えていった。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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